[花のように]


 西暦2520年の夏。数ある地球連邦軍空軍基地のひとつで、新型機「シルバーガン」のテストは順調に行われていた。ある日の夕方、バスターとガイがいつものように夕食に誘おうとレアナの姿を探していた。
「あいつ、どこ行ったんだ? ま、こんなへんぴな場所じゃ、行くところも限られてるけどよ」
「へんぴでも広いからな。おまけに施設も結構充実してるし」
「なんでこんな辺境の高地の基地が、豪華なんだ?」
 がりがりと頭をかいて疑問を口にしたガイに対し、バスターは周囲を見回しながら答えた。
「だからだよ。辺境だからこそ、きちんとした施設や娯楽がなくっちゃ、人間、どっかにガタが出てきちまう。それにここだって、重要な防衛拠点には変わりないからな……おい、あそこにいるの、レアナとクリエイタじゃねえか?」
 バスターが指差した方向、そこは花が咲く広大な中庭だった。今はヒマワリが大輪の花を咲かせており、一面が黄色く染まっていた。その片隅に、見慣れた丸いフォルムのロボノイドと、白を基調にしたパイロットスーツの少女が座り込んでいるのが見えた。
「あんなところで何やってんだ? おーい! レアナ! クリエイタ!」
「あ、バスター! ガイ!」
 バスターの呼びかけに、レアナは笑顔で立ち上がった。バスターとガイが近づいて見てみると、片手に小さなスコップを持っていた。
「お前ら、こんなところで何やってんだ?」
 そう言ってバスターが花壇のほうを見ると、長身の彼でもうずもれるほどの高さのヒマワリの中に更に埋もれて、小さなヒマワリが数本、生えていた。
「コノヒマワリヲ サイシュシテ イルノデスヨ」
 クリエイタはニコリと目で笑った。
「この小さいのをか? いいのか?」
 ガイがしゃがみこんで小さな花に触ると、レアナは立ったまま答えた。
「いいの! ちゃんと許可ももらったもん。それにここに咲いてたんじゃ、お日様だってちゃんと当たらないままじゃない。これに植えかえて、テトラにかざるの」
 レアナが自分の足元を指差すと、小型の植物育成ポッドが置かれていた。それは一般でも売られている、肥料や人工土がセットされた鉢植えで、水さえやり忘れなければ、よっぽどの園芸オンチでもない限り、植えた植物が枯れないことは確かな製品だった。
「へえ、そうか。でもこんなところに埋もれてたような大きさのヒマワリ、よく見つけたな」
 バスターが感心したように言うと、レアナはしゃがみこみ、手に持ったスコップを動かし始めた。
「うん。あたしもおととい、ここを散歩してて見つけたの……よいしょ。クリエイタ、お願い」
 レアナはいつもそうだった。小さいもの、弱いものに敏感なのだ。それはかつて、両親を奪われた彼女が同じであったからかもしれない。レアナはヒマワリを一株掘りあげると、クリエイタに渡した。受け取ったクリエイタは手際よくポッドにヒマワリを植えこんだ。そうやって数株をポッドに移し替えていった。バスターとガイもそばにしゃがみこみ、その様子を見ていた。本音を言えば二人とも手伝ってやりたかったのだが、道具がないので出来なかったのであるが。やがて、レアナは小さなヒマワリが生えたポッドを自慢するかのように、バスターとガイに見せた。
「できた! ねえ見て、きれいでしょ?」
「確かに。花壇で他のヒマワリに埋もれてるより、こっちのほうが映えるな」
 バスターが小さな花輪にそっと触れた。小さな数株のヒマワリの花は、まだ明るい夏の夕陽を反射するかのようにまっすぐに咲いていた。


「あ! ねえねえバスター、これ覚えてる?」
 バスターはTETRA内の通路で出くわしたレアナに、ひとつの鉢植えを見せられた。そこには、小ぶりのヒマワリが数本、背こそ低いし花も小さかったが、しっかりした茎を伸ばしていた。
「え? これって……ヒマワリだろ?」
「そうだよ。ほら、あのとき花壇からもらったやつだよ?」
 何も気付いていないバスターにやきもきしたような口調でレアナは答えた。バスターはしばらく脳内でレアナの言葉を反芻していたが、ようやく思い当たったようだった。今は西暦2521年7月上旬。レアナがヒマワリをTETRAに持ち込んでから、ちょうど1年が経っていたのだ。
「ああ! あのときのか! 出来た種を植えたのか?」
「うん。たくさん取れたんだけどね。大きくて丈夫そうなのを選んでまいて、今日、花が咲いたの。去年のに負けないくらいきれいでしょ?」
 レアナはバスターに笑顔で返した。バスターはふーんといった様子でヒマワリを眺めた。
「そうだな。でも、なんか去年のより茎とか細くねえか?」
 バスターの言葉に、レアナは少し笑顔を曇らせた。
「うん……栽培ポッドで育てたのは枯れる心配はないけど、どうしても花壇とかで育てたのには少し負けちゃうみたい……」
 しゅんとしてしまったレアナだったが、その肩にバスターがとんと優しく手を置いた。
「じゃあ、このヒマワリの種は地球に撒いてやろうぜ。それか、このポッドの株ごと植え替えるって手もあるな。今はちょうど7月に入ったばかりなんだし。季節的にもちょうどいいだろ?」
 衛星軌道上を周回しているTETRAは、今月中旬に地球降下作戦に入ることが、先日のミーティングで決まったばかりだった。作戦成功率ははっきり言って低すぎる。だが、彼らにはもう他に道はなかった。だから降下作戦は暗い話題のひとつになってしまっていたが、バスターは作戦は成功するのが当たり前のように、先の言葉を言っていた。心中に不安はあっても、それを表に出すことはない楽天家の彼らしかった。レアナは両手でポッドを抱えたままバスターを見つめていたが、やがて笑顔に戻って、嬉しそうに頷いた。
「……うん!」
「な?」
 バスターも笑みを浮かべ、レアナの肩に置いていた手を彼女の頭に乗せ、そっと撫でた。二人の間では小さなヒマワリが、バスターの手の動きに合わせて、ほんの少しふるえたようにも見えた。


「オヤ? コレハ……」
 緑に覆われたTETRAの残骸が鎮座する地で、クリエイタは見慣れぬものを発見した。バラバラになった機体の各パーツが乱雑に積みあがった隙間から、黄色い花がその背を一杯に伸ばして咲いていた。ヒマワリだった。
「コレハ……マサカ アノトキノ……」
 クリエイタは記憶中枢をひっくり返し、数秒の後に驚愕と共に思い出した。今日と同じような夏の夕方に、レアナと一緒に植え替えたヒマワリ。その翌年、TETRA内で種からその花を咲かせたヒマワリ。まさかこの残骸の中で数年も代替わりして生き残っていたとはクリエイタは思わなかったので、またも驚いた。よく見ればそのパーツの隙間には日の光が差し込んでおり、ヒマワリは地面から直接生えていた。あの惨劇を生き延びたヒマワリが散らした種が、地面に落ちたらしかった。
「ソウデスカ……アナタモ カエッテキテイタノデスネ……コノバショニ……」
 クリエイタは感慨深そうに言った。ヒマワリは爽やかな風にその精一杯伸びた茎を揺らした。まるでクリエイタの言葉に応えたかのようだった。
 クリエイタはもっと土のいい場所へ植え替えてやろうと思ったが、隙間が狭く、根ごと掘り返すのは無理なようだった。少し落胆したクリエイタだったが、すぐに思い直した。このヒマワリもまたやがて種を実らせる。そのとき、その種を取って、撒き直してやろうと。

 それからは、そのヒマワリに水をやるのがクリエイタの日課になった。今まで水を与えられずとも生きてきたのだから、もし水をやらなくても大丈夫だろうとはクリエイタも思ったが、少しでも恵みを与えてやりたかった。
 ある日の夕暮れ。ヒマワリに水をやったクリエイタは、夕陽とヒマワリを見比べながら、しばし思いにふけった。このヒマワリが何代も生きてきたように、今、連邦軍中央司令部だった建物の地下で眠りながら成長しているバスターとレアナのクローンも、目覚めた後にはその命を子孫に託していくことは間違いない。その末裔がまた罪を繰り返すのか、それとも罪の連鎖は断ち切られるのか、それは分からないが、クリエイタは二人に全てを託そうと思っていた。罪深くも愛しい「人間」という種の最初の二人に。命は全て繋がり、幾つもの未来へ通じるのだから。
 夕陽が沈むのを見届けたクリエイタは、中央司令部へと戻っていった。ヒマワリは、夕陽の残渣の中で、その花を誇らしげに咲かせていた。そう、数年前の夏と同じように。



あとがき


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