[Light Wind]


「バスターはタバコ好きなの?」
 青空の広がる快晴の日の昼過ぎ。午前中のテスト飛行をこなし、昼食も食べ終えたバスターは、飛行訓練場の片隅で細い紫煙がゆるやかな風に揺らいでいる様を見ていた。そこへ不意にレアナの声が飛んできたのだ。だがレアナの口調や態度からは非難などかけらも感じられず、それは純粋に好奇心からのものだった。未成年であるバスターが本来はタバコを嗜好品にしてはいけないという常識も、この純粋過ぎる少女はおそらくは知らないのだろう、多分。
「好きって言うか……まあ、嫌いじゃあねーなあ」
「そうなの? この前も吸ってたから好きなのかなあって思ったんだけど……艦長がお酒を好きなのとは違うの?」
「艦長は別格だろ。アルコールがまるで燃料みたいに飲んでるしよ」
 バスターの冗談まじりの言葉に対して笑いながら、レアナはバスターの横に腰を下ろし、足を揃えて組んだ。風がからみつき、二人の髪がすっとそよいだ。
「いーい天気だねー……」
 レアナはうーんと声を漏らしながら背伸びをし、言葉を続けた。
「ねえ、地上テストももうじき終わりだよね」
「ああ。あらかたな」
「次は宇宙でのテストかあ……バスターは宇宙に出たことある?」
 組んだ足を両手で抱えこむと、レアナは人懐っこそうにバスターの顔を覗きこんだ。それがなぜだかバスターにとっては照れ臭くなったため、煙をひとすじたゆらせると、頭上の空を見上げるように視線を上に向けて答えた。
「あ、ああ、あるぜ。TETRAに配属になる前にな」
「そうなんだ。ガイも出たことがあるって言ってたから、宇宙に出るのが初めてなのはあたしだけなんだね……地上とは全然ちがうんだよね。どんななのかなあ。うまく操縦できるかな」
 両足を抱えこんだままレアナは膝に顔をうずめた。その仕草からは初めての宇宙に対する不安がおぼろげながらも確かに感じられた。バスターはくわえていたタバコを右手で持つと、母親が子供をあやすように、余った左手でレアナの背中をぽんぽんと叩いた。レアナが振り向くと、そこにはいつものバスターの自信たっぷりの表情が浮かんでいた。
「慣れちまえば簡単だよ。俺やガイと比べたって、お前の操縦の腕前が劣っているなんて、少なくとも俺は思っちゃいねえぜ? 実際、お前の2号機のテスト成績はいちばんバランスが取れているみてえだし。安心しろよ」
「そう……?」
 レアナはすぐ傍らの青年に笑顔を作りながらも自信なげに問うた。
「大丈夫だって。俺だって最初は色々不安だったけど、すぐに慣れたしな。お前は操縦センスがいいんだから、な? そうだろ?」
 そう言うと、バスターはレアナの髪をくしゃっとかきあげるように撫でた。レアナの不安まじりの表情は一転し、満面の笑顔が代わりに浮かんだ。
「……うん!」
「……な?」
 レアナの笑顔に釣られたようにバスターの口にも笑みがこぼれた。それから再びタバコをくわえたが、いつの間にどれほどの時間が経っていたのか、タバコはもう吸える限界に達していた。バスターは手馴れた様子で携帯灰皿を取り出すと、吸殻を無造作に捨てた。そうして間もなく、体のバネをきかせて勢いよく立ち上がった。
「さーて、昼休みもそろそろ終わりだな。艦長のところへ行こうぜ、レアナ」
「うん、そうだね。遅刻したらおこられちゃう」
 二つの人影は目的地へと向かって歩きだし、次第に小さくなっていった。穏やかな風は変わらずに、辺りに吹きそよいでいた。



あとがき


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