[そのすべてに魅せられて]
夜を迎えたTETRA内の一角のバスターの個室。薄暗い部屋の中の寝台の上にはバスターとレアナが横たわっており、二人は共に生まれたままの姿だった。
今夜も深く激しく愛し合った二人は裸のまま、身を寄せ合って眠っていた。だが、ふと、レアナがくぐもった声を漏らして目を覚まし、その視線は自然と目の前のバスターの寝顔へと寄せられた。
慈愛に満ちた穏やかな表情でバスターの静かで柔らかな寝顔を見つめながら、レアナは心の中で愛するバスターに問いかけていた。
(ねえ、知ってる? ちょっとだけ昔、あたしはあなたの瞳がほんの少しだけど怖かったんだよ?)
眠るバスターにそう問いかけながら、レアナは幼い頃から閉じ込められるように育てられた場所である連邦軍の実験施設から十数年ぶりに外の世界へと出て、同じ軍の所属とはいえ他の組織に――TETRAに配属となって、やはり初めてバスターと出会った日のことを思い出していた。
バスターは飄々とした態度で明るくレアナに接してくれたが、レアナはその明るさの中に何かしらの違和感を感じ取っていた。例えるならば、お菓子を味わうときに感じる純粋な砂糖の甘みではなく、一粒の強烈に苦々しい薬の苦みを隠すためにコーティングされた糖衣の人工的な甘み、そんな感じの明るさだった。
だが、バスターと親しくなるうちに知った彼が生まれ育った境遇や、父親との確執を始めとした彼の過去を知るごとに、バスターという人をもっと知りたい、人と関わることで傷ついて人を信じられなくなった彼の心をいたわってあげたいという気持ちがレアナの中では日ごとに大きくなっていった。
その感情はレアナが生まれて初めて知ったもので、その頃のレアナはその感情の名前が「恋」だということは知らなかった。そしてレアナの中で生まれたその「恋」は、バスターへの揺るぎない「愛」へと次第に変わっていった。
眠るバスターをなおも見つめながら、レアナは心の中でバスターに語りかけ続けていた。
(でもね、出会ったときと同じ紫色の瞳なのに、いまはその瞳で見つめられることが嬉しくてたまらないの。だって……とってもやさしくてあったかい瞳なんだもの)
そこまで語り終わると、レアナは片腕を伸ばし、バスターのあざやかな赤い髪の毛をそっと撫でた。バスターの洗いざらしの髪を撫でているあいだ、レアナの顔には自然と微笑みが浮かんでいた。
それからおもむろに顔を近づけてバスターの頬にそっとキスを落とすと、レアナは小さな声でささやいた。
「バスター……あなたのことを誰よりも愛しているから……おやすみなさい……」
そうつぶやくとレアナはそっと瞳を閉じ、そのまま深い眠りの海へと沈んでいった。
レアナがぐっすりと眠りに落ちた頃、バスターはゆっくりと目を開いた。
レアナに髪を撫でられ、頬にくちづけを落とされたときに、バスターは実は目が覚めていたのだが、敢えて眠っているふりをしていたのだった。
バスターはレアナがそうしたように片腕を伸ばし、レアナの絹糸のように繊細な淡い色の髪の毛や滑らかな白い頬をいとおしげに撫でた。
微笑みを浮かべたまま眠り続けるレアナを見つめながら、バスターもまた、心の中でレアナに優しく問いかけた。
(なあ知ってるか? お前に出会うまでの俺は、自分でも自覚していたくらいやばい奴だったんだぜ?)
その問いに答える声はもちろんなかったが、レアナを愛してやまないバスターの温和な紫色の瞳にはその代わりに、バスターのほうを向いて穏やかに眠るレアナの寝顔が映りこんでいた。
(でもそんな俺を、お前が無償の愛で癒してくれたんだ。お前のこと、なんて子供っぽい女なんだって初めて出会ったときは思っていたのに……お前が隠し持っていた寂しさや、お前の信じられないほどの純粋さに惹きつけられて……いつの間にか、お前に夢中になっていたんだ。もうお前なしの人生なんて考えられないし考えたくもない……)
バスターは彼と同様に裸のレアナの体を抱き寄せ、両腕でしっかりと抱きしめた。その顔には彼の腕の中で眠るレアナと同様に、優しさに満ちた笑みが浮かんでいた。
「俺もお前を愛している……レアナ、おやすみ……」
レアナの耳元でそうささやき、彼女の額にくちづけを落とすと、バスターは瞳を閉じ、ほどなくレアナと同じように眠りに落ちていった。
裸のままで抱き合って眠るバスターとレアナ。愛し合う二人を邪魔するものは何物も存在しなかった。
あとがき
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