[めぐりあう魂]


 かつて地球連邦軍中央司令部だった残骸が横たわる瓦礫の山。その無慈悲な光景は、夏の夕日で赤く染まっていた。
 宇宙へと退避した「石のような物体」への、おそらく最後の戦いとなる再攻撃を決めたバスターは瓦礫の一つに寄りかかってタバコを吸っていたが、そこへ、レアナが歩み寄ってきた。
「バスター……」
「どうした? レアナ?」
 バスターは吸い終わったタバコの火を片手に持っていた携帯灰皿でもみ消し、吸い殻をその中に捨てた。今や瓦礫の山だらけのこの場所でタバコの1本や2本を投げ捨てたところでこの景色の殺風景さが変わるわけでもないのに、そうはしなかったところにバスターの几帳面な部分が表れていた。
 レアナはバスターのすぐそばまで寄ってくると、いとおしそうに自分の腹部に両手を当てた。レアナの顔にはガイとテンガイの死に直面して号泣した跡がまだうっすらと残っていた。
 だが、いまバスターの目の前にいるレアナは少し恥ずかしそうに微笑んで、あまりにも重大すぎる事実をバスターに打ち明けた。
「あのね……あたしのお腹にバスターの赤ちゃんが……たぶん、いるんじゃないのかなって思うの」
「……なんだって!?」
 これ以上ないと言うほどの驚いた表情で、バスターはレアナの細い肩を両手で掴んだが、レアナは変わらず微笑んだままだった。
「クリエイタにちゃんと検査してもらったわけじゃないから、確かじゃないけど……なんとなく、ここ数日、体がいつもと違うような感じがして……これって、今度こそ本当にバスターの赤ちゃんができたのかなあって……」
「俺の……子供が……」
「本当なら今朝の出撃前に言ったほうがよかったよね。そうすれば、クリエイタに検査もしてもらえたし、ガイや艦長にも教えてあげられたのに……言い出せないままでこんなことになっちゃって……ごめんなさい……」
 レアナは片手を腹部に当てたまま、もう片方の手で再びこぼれ出した涙を懸命に拭った。そんなレアナを、バスターは優しく抱きしめた。
「バカだな……そんなこと、謝ることじゃねえのに……ガイも艦長もあの世で許してくれてるさ。それどころか祝福してくれてるんじゃないか? だからもう泣くなよ……な?」
「うん……うん……」
 レアナが落ち着きを取り戻したのを確認すると、バスターはレアナの髪をゆっくりと撫でながら話しかけた。
「じゃあ……宇宙には俺だけで出撃する。お前は地球でクリエイタと一緒に……」
 バスターがそこまで言いかけると、レアナは頭を横に振って彼の言葉を遮った。
「ううん……あたしもバスターといっしょに行く……」
 思いも寄らないレアナの言葉に、バスターは腕の中のレアナをまじまじと見つめ、心の底から心配そうな顔をして話しかけた。
「そんな……お前の体はもうお前だけのものじゃ……」
 レアナのみならず、彼女の体に宿るまだ見ぬ我が子のこともバスターは気にかけていたが、レアナはまたふるふると頭を横に振った。
「だって……あの石のような物体は一年前に地球の人たちを一瞬で消しちゃったんだよ……? いまでもあの石の目的が人間をみんな消すことなら……ここにいても、戦いに行っても……同じでしょう?」
「けど……俺は守りたいんだ。お前も……お前の腹にいる俺達の子供も……」
 バスターの言葉を聞いたレアナは、自分を抱くバスターのたくましい体に力を込めて抱きついた。
「バスター……! でも……おねがい……あたし、お腹のバスターの赤ちゃんももちろん大事だけど……できる限り、バスターといっしょにいたいの。それに……バスターだけが石との戦いで死んじゃったら……あたしもお腹のバスターの赤ちゃんも、どうすればいいの……?」
「レアナ……」
 バスターはレアナを強く抱きしめると、言葉を交わす代わりのように深いくちづけを何度も交わした。レアナもそのくちづけを拒むことなどせず、バスターと密着して抱き合い、むしろ積極的にバスターの唇を求めていた。最愛の人であるバスターを決して離すまいと言わんばかりに。
「あ……ん……バスター……大好き……」
「レアナ……わかった。一緒に行こう、レアナ。お前とお前の腹の子のことは、必ず守ってみせるからな。愛してる、レアナ……お前も、もちろんお前の腹にいる俺達の子供も」
「バスター……ありがとう! 安心して、無茶はしたりしないから……」
「ああ、それはもちろんだ。ところで、レアナ……その……腹を触ってもいいか?」
 気恥ずかしかったのか、顔を少し赤らめてそう尋ねるバスターの姿に、レアナはクスッと笑ったが、バスターの右手を取ると、そのまま自分の腹部へと導いた。
「イヤなわけなんてないじゃない。この子のお父さんはバスターなんだから……ほら、お父さんだよ?」
 レアナの腹部は一見しただけではまだ何の変化も見られず華奢なままで、そうと知らなければ、この中に子供がいるとはとうてい思えなかった。子供はおそらくまだ人の姿すら取っていないほど小さいに違いない。
 それでもレアナの腹部に触れるバスターの手のひらには、彼女の体に宿る小さな命、すなわちバスターとレアナの愛の結晶たる二人の子供の力強さのようなものが間違いなく伝わってきていた。
 手のひらに感じるその小さな感覚にバスターは感動し、まだ見ぬ我が子への想いを、そして自分の子供をその身に宿してくれた愛しいレアナへの愛を、改めて静かに深めていた。
「レアナ、俺達の子供は……確かにこの中にいるんだな」
 レアナの体に宿る我が子の息吹を確信したバスターの顔には、自然と笑みが浮かんでいた。そんなバスターに対して、レアナもまた、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだよ、バスター……バスターの赤ちゃんだよ。バスターがあたしのことを、いつもうんといっぱい愛してくれたから……あたしのお腹にできたんだよ、バスターの赤ちゃん」
「そ、そうだよな。お前が身ごもっているのなら、間違いなく俺の子供だ……なんだか照れくさいな」
 毎夜、レアナを心からいとおしいと想うあまり、夢中になって彼女を激しく愛してしまっていた自分を省みたのか、レアナの腹部に右手を当てたまま、バスターは少々狼狽し、先にも増して赤面した。愛するバスターの夜とはまるで異なるそんな様子に、レアナは無邪気に反応して笑った。
「ふふっ、バスターってば」
「まいったな……」
 バスターは赤面したまま、レアナの腹部に右手を当てていたが、不意にしゃがみこんでレアナの腹部に頭をくっつけると両目を閉じ、そのまま彼女の体を愛しげに両腕で抱きしめた。
「バ……バスター……」
 バスターの突然の行動にレアナは顔を赤くしたが、バスターは目を閉じたまま、心底、嬉しそうに笑って、しみじみとした口調でつぶやいた。
「人類が滅びる寸前だってのに……俺はこんなに幸せでいいのかな……。誰よりも愛する女の……お前の腹の中に……俺の子供がいるんだからな……」
 バスターのつぶやきを聞いたレアナは、自分の体を抱きしめるバスターのあざやかな赤毛の頭を両腕で抱えこむと、慈愛と幸福に満ちた笑みを浮かべた。
「バスター……あたしも幸せだよ……。あたしのお腹に大好きなバスターの赤ちゃんがいて……バスターもこんなに喜んでくれてるんだもの……」
「ああ……俺はいま、本当に嬉しいし……幸せだよ……」
「バスター……あたしの大切な人……」
「レアナ……愛している……」
 二人はつかの間、そうして抱き合っていたが、やがて名残り惜しげながらもバスターはレアナの体から身を離して立ち上がり、彼女の手を握った。
「さて……行くか! これ以上、クリエイタを待たせるのもなんだしな」
「……うん!」
 地面に散乱する大小様々な瓦礫でレアナが転ばないように、彼女の足下を気遣ってバスターがレアナの手を握ったまま、二人はクリエイタが待っている、二機のシルバーガンが不時着している場所まで戻っていった。

 それから約一時間後。石のような物体との激しい死闘を戦い抜いたバスターとレアナだったが、石のような物体の攻撃が止んだ次の瞬間、石がまぶしいばかりに光りだした。一年前に地球上の全人類を一瞬で滅ぼしたあの光だった。
「まずい! 逃げるぞ、レアナ! 最大出力だ!」
「う、うん!」
 バスターとレアナがそれぞれ駆るシルバーガン1号機と2号機はすぐさま反転して光から逃れようとしたが、無情にも巨大な光は二機のシルバーガンを造作もなく飲み込んだ。
「もう……間に合わない! バスター!」
「レアナ! 俺達は、俺達は……最後まで生き延びるんだ……!」
 それが、二人の生前の最後の言葉となった。

 石の光も収束し、静まり返った宇宙空間。その中に淡く光る人の姿をした意識体が二つ、浮かんでいた。バスターとレアナ、二人の魂に他ならなかった。
『レアナ……すまない……俺はお前も俺達の子供も……守れなかった……』
『ううん……バスターは最後まで……あたしもお腹のバスターの赤ちゃんも……守ろうとしてくれたよ……。ねえ……地球のあの光のほう……なんだか暖かそう……バスター……行ってみようよ……』
『ああ……そうだな。行こう、レアナ……。お前の体の中のもう一つの、ほんの小さなその光……俺達の子供も、一緒に……』

 西暦2521年7月13日。地球の衛星軌道上に待避していたTETRAクルーも全員死亡したことで、人類は完全に滅亡した。最後の生き残りだったバスターとレアナのみならず、レアナの体に宿ったばかりだったあまりにも小さな命も、両親であるバスターとレアナと共に。
 だが、クリエイタが生み出したバスターとレアナのクローンという形での二人の生まれ変わりのもとに、産まれずして消えた小さな命は再び帰ってくる運命にあった。
 転生して地球へと戻り、世界をもう一度やり直すすべての人類の父と母となったバスターとレアナ。その二人の最初の子供として産まれ出てくる新しい命は、続けて産まれてくるはずの何人もの弟や妹らと共に、両親の愛を受けて精一杯、生きてくれるだろう。自身の生を未来へと繋げてくれるだろう。それは、前世からの父であるバスターと、同じく前世からの母であるレアナの心からの願いでもあったのだから。



あとがき


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