[それぞれの胸の想い]


 夕食が済んでからしばらく経った頃、定期的に行っているシルバーガンの内部回路のメンテナンスのため、ガイが格納庫を訪れたとき、格納庫の扉が開いたままなことと、中の照明が灯っていることにガイは気づいた。
 そのため、既に先客が――バスターかレアナか、あるいは二人ともがいるのだということにもガイは気づいた。どちらにせよいつものことだと思ったガイが格納庫の入り口に足を踏み入れかけたとき、赤いシルバーガン2号機のコクピットハッチが音を立てて開いた。
 格納庫にいたのはレアナだったのかとガイが声をかけようとしたそのとき、コクピットにはレアナと一緒にもう一人――バスターが座っているのが見えた。
「よし、これで大丈夫なはずだぞ」
「よかったあ。急にエラーが出たからどうしようって思ったんだけど、バスターがいてくれて助かったよ。ありがとう」
「俺も前に同じエラーに遭遇したことがあったからな。ずっと動かしてないから、1号機もこいつもうっぷんが溜まってるのかもな」
「あはは。そうかもね」
 聞こえてくる会話の内容から、シルバーガン2号機の整備中にエラーが発生したもののレアナでは対処方法が分からず、以前に同じエラーに出くわしたことのあるバスターが助け船を出してやったらしいことがガイにも分かった。
「これで2号機のメンテは終わったな。お前は先に部屋に戻ってろよ」
「バスターは?」
「俺はまだ1号機のメンテが終わってないんだ。なに、もうほとんど終わりかけだったんだから、そんなに時間は食わねえよ」
「……ごめんなさい。あたしのほうを後回しにしてくれればよかったのに」
「お前が謝ることなんてねえよ」
 バスターが自分の膝に座るレアナを抱きしめると、レアナも同じようにバスターに抱きつき、そのまま、二人はお互いに求め合うような自然な動作でまぶたを閉じて唇を深く重ねていた。
 全く予想もしていなかったバスターとレアナが睦まじく愛し合う様子を見てしまった瞬間、ガイは自分がここにいるのはまずいのではないかと急に罪悪感を抱き、思わず後ずさって素早く通路のほうへ引き返すと、格納庫の開いたままの扉の陰にとっさに身を隠した。
「……じゃ、先に戻ってるね」
「ああ。1号機が片づいたら俺も戻るから……そんな顔するなよ。ちゃんと戻るからよ」
「うん……待ってるからね」
 構造上、音が響く作りになっている格納庫の中の会話は、入口のすぐ外の扉の陰に身を潜めているガイの元へもうっすらとだが聞こえてきた。シルバーガン2号機からバスターと共に降りたレアナが入り口のほうへ向かってくる足音も聞こえ、ガイは自分の心臓が音を立てて緊張しているのを感じた。だが、入り口から出てきたレアナは居住区のほうへまっすぐに向かい、反対方向に隠れていたガイには少しも気づいていなかった。
 レアナが通路の角を曲がってその姿が見えなくなった後、胸を撫で下ろしたガイは自分を落ち着けるために一度、大きく深呼吸をすると、たった今に来たばかりのように振る舞って、格納庫の中に入っていった。
「よ、よう、お前もいたのか? バスター」
 出来る限り冷静をよそおって、稼働ランプが灯っているシルバーガン1号機のほうへ声をかけると、青い機体のコクピットハッチが開き、バスターが顔を出した。
「ああ。ついさっきまではレアナもいたぜ。2号機のメンテは終わったから先に戻ったけどな。会わなかったか?」
「あ、ああ。さっきすれ違ったぜ。じゃあ、俺様もさっさとメンテを終わらせねえとな」
 ガイはそう返すと、そそくさと自分の機体である黄色いシルバーガン3号機のほうへ向かった。3号機に乗り込もうとしたガイからは、1号機のコクピットハッチが閉じるのが見えた。
 シルバーガン3号機のメイン画面と向かい合ってメンテナンスを進めながらも、ガイの脳裏からは先ほど見た情景が離れなかった。そんなもやもやした思いをガイが抱いていたとき、コクピットの外からバスターの声が聞こえてきた。
「ガイ! 俺のほうは終わったから、先に戻るぜ。お前も終わったらここの照明と空調、消すの頼んだからな」
「わ、わかった!」
 ガイはそう返答したものの、胸のもやもやとした感情はどうにも晴れなかった。バスターが入り口から出て行こうとしたそのとき、ガイは3号機のコクピットハッチを開きながら、バスターに大声で呼びかけた。
「バスター!……すまねえ、お前に謝ることがあるんだ!」
 突然響いたガイの声にバスターは振り返って驚いた表情を見せたものの、ガイの切羽詰まった表情に何かしらを感じたのか、黙って3号機のほうへと歩いてきた。
「なんだよ、そんな顔して……とりあえず、降りてきたらどうだ?」

「……ってわけなんだ。お前らがその……キ、キスしたところまで見ちまって、気が回らなかったってことにさすがに気づいてよ。本当に悪かった……すまねえ」
 開いたままのシルバーガン3号機のコクピットハッチの縁に並んで腰を下ろしたまま、ガイはバスターに謝っていた。ガイの隣に座っているバスターは黙ったままだったが、ガイがさらに言葉を続けようとした瞬間、おもむろにバスターが口を開いた。
「いや……別にそんなこと、お前が謝ることじゃねえさ。俺のほうこそ、レアナと二人きりだって思い込んで配慮が足りなかったんだ。お前は何も悪くねえよ」
 てっきりバスターは顔を真っ赤にして恥ずかしがるのではとガイは想像していたが、今、目の前にいるバスターは全く違っていた。あまりに真剣すぎるバスターの態度に、ガイは戸惑いながらもなんとか言葉を出した。
「け、けどよ……!」
「……あいつがそばにいると、俺はどうも理性のタガが外れちまうのかもな」
 ガイが口に出そうとした言葉を途中で止めてバスターを見ると、バスターは真剣な表情で真正面の床を見つめていた。
「あいつと……レアナと一緒にいると、どうも俺の調子が狂っちまうってのは、最初に出会ったときから何回も、それこそ数え切れないくらい思ってきたんだが……それは俺がレアナに惹かれているからなんだって、1年前に『石』が暴走したあの日の少し前に気づいたんだ」
 ガイは返す言葉が見つからず、ただバスターの横顔を見ていた。ガイのかしこまった視線を受けながら、バスターは言葉を続けた。
「けど、そんな気持ちは心の奥に仕舞ったまま、ずっと過ごしてきて……だけど、レアナが俺のことを心から慕ってくれているって分かったとき、俺も自分の気持ちをレアナに打ち明けて……レアナを初めて抱いた夜、レアナの寝顔を見つめながら思ったんだ、『守りたい』って。でも同時に……『死にたくない』ってもな」
 自分とレアナとの関係を赤裸々にそこまで語ると、バスターはどこか自嘲気味に笑ってガイのほうを向いた。
「おかしいだろう? 俺は今まで生きてきて、自分が死ぬことなんて考えたこともなかったし、そんなこと大したことにも思わなかったんだ。なのに、レアナを愛してるって気持ちに気づいて……レアナも俺を愛してくれているって分かったとき……初めて『死にたくない』なんて思ったんだぜ?」
「お、おう……」
 ガイが戸惑いながらもなんとか返事を返すと、バスターはまた真正面の床を見つめ直し、言葉を続けた。
「俺がレアナを何よりも愛しいって思う気持ちも、レアナとこのままずっと一緒に生きたいって想いも、今でも一日ごとに、レアナを抱いて同じ夜を過ごすたびに、強くなるんだ。なんなんだろうな、俺はいつ死んだってそれが自分の運命だって投げやりに生きてきたのに……『守りたい』って思うのはともかく、今さら『死にたくない』なんてな。弱点が出来ちまったよ」
「い、いや……それは当然だと思うぜ、バスター」
 ガイの言葉に、バスターが彼のほうを向くと、ガイが戸惑ったような顔をしながらも、真剣にバスターに向き合っていた。
「お、俺様は女と、そ、そういう関係になったことはないけどよ……けど、惚れた女が出来て、その相手と一緒にいたい、守りたい、死にたくないって想いも生まれるってのは……当たり前の感情だと思うぜ?」
「ガイ……」
「俺様だって、このTETRAに乗ってる奴らのことはみんな大事だからな。もちろんバスター、お前だってその中に入ってるだぜ?……あ、でもお前がレアナに持ってるような感情じゃあねえからな!? レアナに対してだって、男が女を見るような目では見てねえんだからな!?」
「分かってるさ、そんなことくらい。俺だって、レアナだけでなく、お前や艦長やクリエイタのことだって、レアナに持っている感情とは別のベクトルで大事に思ってるんだからな? 俺の……家族同然の存在だからな」
 それだけ言うと、ガイの慌てふためいた様子があまりにおかしかったバスターは思わず吹き出した。そんなバスターの様子に釣られるように、ガイもどこか安心したように笑っていた。
「そうか……『家族』か。俺様がこのTETRAに乗っている全員に持っている感情も、きっとお前と同じなんだろうな……と、そ、それはさておき……と、とにかくだな、お前が『死にたくない』って思ったって、俺様はお前が臆病者だなんて思わねえぜ。艦長やクリエイタだって同じだろうしな。レアナだって、お前に先に死なれたらいちばん悲しむのは誰でもないあいつだぜ。お前の代わりなんて、誰もなれねえんだからな?」
 ガイはそこまで話すと気を取り直すように咳払いをして、腕を組んだ。
「だからよ、お前はお前らしく、もっと堂々としてろよ。俺達はあの『石』の攻撃から逃げ延びただけでも、生きて何かをする義務を背負ったんじゃないかって思うんだ。近いうちに地球に降下するときが来て、『石』の野郎と向き合うときも来たら……思いっきりぶっ飛ばしてやろうぜ。そのときまで……ふてぶてしいくらいに生き延びてやろうぜ」
「ははっ、ふてぶてしいくらいに、か。そうだな」
 バスターが笑い出したのを皮切りに、どちらともなく、二人は向き合いながら笑い合っていた。ひとしきり笑った後、バスターは笑いを残しながらも真剣な表情で改めてガイの顔を見た。
「だけど、いちばん危なっかしいのはお前だぜ、ガイ。血が昇ると何をしでかすか分かったものじゃねえからな。1年前のあの日、俺もレアナも、もちろん艦長もクリエイタも、お前が飛び出していって無事が分かるまでは気が気じゃなかったんだからな」
 まるでいたずらをやらかした弟をやんわりと叱るようなバスターの言葉に、ガイはせわしなく頭をかき、しどろもどろになりながらも反省して、自身の犯した後先を考えなかった行動の恥ずかしさを繕うような顔を見せた。
「そ、そうか……あのときはついカッとなって、何も考えられなくて……敵に捕まって、やっと冷静になれたようなもんだったんだ」
「まったく、敵に捕まっていても無事だって分かったから、俺もレアナも軽口を叩く余裕が生まれたようなもんだぜ?」
「そ、そうか……悪かった。けど……ああくそ! レアナにも同じことを言われたってのに、またお前にも言われちまうとはなあ」
「レアナにも? ハハッ、あいつもそれだけお前のことを心配してたってことなんだぜ?……冗談じゃなく、命は大事にしようぜ、ガイ。死にたくないって思うことは恥ずかしくない、ふてぶてしく生き延びてやろうって言ってくれたのはお前だろう? お前はさっき、俺の代わりなんて誰もなれないって言ってくれたが、それはお前だって同じだぜ?」
「バスター……ああ、そうだな」
「だろう?」
 それだけ言うとバスターは立ち上がり、格納庫の壁に設置されている時計に目をやった。
「さて……じゃあ、俺は先に戻らせてもらうぜ。お前もあんまり遅くなる前にメンテ、終わらせろよな」
「おう。言われずとも分かってるって。それにお前はレアナを待たせてるんだからな。早く戻ってやれよ。お前がなかなか戻ってこなくて寂しがってるんじゃねえのか?」
 ガイの冗談めいた言葉に、バスターの顔はさあっと赤く染まった。
「な……! そ、そんなことは……! 確かにあいつは小さな子供みたいに寂しがり屋だけども……って、おい!? これじゃ誘導尋問じゃねえか!?」
「悪りい悪りい、思わず茶化しちまった。けど、いつものバスターに戻ったみたいだな、安心したぜ。あんな神妙な顔で落ち込んでるお前なんて、全然、お前らしくないからな」
「……まあな。さっきはお前にもグチっちまったし……けど、ただグチを吐き出しただけでなく、お前に聞いてもらえて、俺も助かったよ……感謝するぜ、ガイ」
「そんなのいいってことよ。気にするなよ、バスター」
「ああ……それじゃあな、ガイ」
 バスターはそう言うと、格納庫の入り口へと歩いていき、扉を開けたまま出て行った。去って行くバスターの後ろ姿を見送ったガイは、開いたコクピットハッチの縁に座ったまま、格納庫の高い天井を見上げていた。
 不意打ちでバスターとレアナが親密に愛を交わす光景に出くわして動転はしたものの、今や彼のかけがえのない『家族』である二人には一緒に幸せであってほしいことには変わりない――そんな真摯な想いを胸に抱えたまま。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system