[UNFORGIVEN]


 最後に望んだものは何だったのか。

 最後に願ったことは何だったのか。


「……TETRAの食料は出来る限り節約してきたが、もう限界に達しつつある……明後日、つまり7月13日、地球上へ降下する。おそらくあの敵機は今だ地上を徘徊しているだろう。各自、各々の機体を万全な調整に合わせておくこと。降下予定時刻は7月13日10時30分だ」
「いよいよあの「石」と再会するって訳か?艦長」
 バスターは普段の彼らしくなく、極めて真面目な表情と口調で口を開いた。ブリッジに集まったTETRAクルーの間に重々しい空気がのしかかっていた。
「そうだ……」
 テンガイが険しい表情で答えた。レアナはうつむき、ぽつりと呟いた。
「地球上で生き残っている人なんて、いないよね……あたしたちだけなんだよね……」
「今までPENTAや他の巡洋艦からの通信もないんだ……生き残っているのは俺達だけだろうな……」
 バスターはレアナをなだめるように髪をなでながら、先ほどの真面目な口調とはやや優しげな口調で答えた。その横で、ガイはグッと拳を握り締めて声を荒げた。
「あの「石」みてえな野郎……子供も何もかも「人間」ってだけで殺しやがって……見てろよ……オヤジの仇も含めて、ぶっ壊してやるからな。自分のことを神様とでも思ってるんじゃねえだろうな」
「ガイ、先走るな。確かにあの物体の力は驚異的だ。一瞬にして地球上の人間を抹殺したのだからな……だが、ワシら人間にとて生きる権利はある。たとえ可能性が低くとも、奴を倒して生きる権利を奪い取ってみせようではないか」

 テンガイはそこまで話すと、解散命令を出した。ブリッジからクルー達が出て行くのを見届けるようにしながら、テンガイは傍らのクリエイタに話しかけるように呟いた。
「クリエイタ……あの「石」にとって、ワシ達人間は「許されざるもの」だったのかもしれんな……だから、あんな行動を取ったのかもしれん。だがな、ワシら人間にとってみれば、「石」こそが「許されざるもの」だ……さっきのガイ達の様子を見ても解るだろう? もしかすると、あの「石」は神にでも近い存在なのかもしれん。だが、あの「石」がどんな巨大な存在であれ、「ヒト」という種族を絶滅の危機に追いやり、そして、今度はバスターやレアナ、ガイ達のような若者の「未来」まで奪うつもりなのかもしれないのならば……ワシはそんなことは絶対に許せん……「許されざる敵」としてワシはあの「石」に挑むつもりだ……」
 クリエイタは何も答えられなかった。ただ、この世に冷酷きわまりない「許されざるもの」が存在しているということ、そしてそんな存在とテンガイ達が争わなくてはいけないこと、それがなぜだか悲しく思えた。


 ――その後、最後の人類、バスターとレアナが「石」に殺されて20年。クリエイタには自身の寿命が刻一刻と迫っていることが解っていた。だが、自力でメンテナンスをしてももう直せる箇所はなかった。大掛かりな「人」の手によるメンテナンスが必要だった。クリエイタはガタガタになったボディを引きずるように歩き、バスターとレアナのクローンが眠るカプセルに近づき、ふたりの寝顔を眺めてニコリと笑うことがしょっちゅうだった。ふたりのクローンを生んだときから、自分の寿命はもう20年前後だろうとクリエイタは予測していた。だから、クリエイタの機能が停止したと同時にふたりが目覚めるようにセットを施したのだった。

 本心を言えば、一言でもいい、もう一度、自分の「家族」だったふたりに再会したかった。だが、ヒトは自分自身の力で歴史をやり直さなければいけない。クリエイタの存在がこれから作られる歴史に大きな影響を与えることは避けなくてはならない。だからこそ、クリエイタは苦渋の思いで自身の寿命の終焉を「最初の人類」の出発点としてセッティングしたのだった。過去に囚われてほしくない。未来を見て生きてほしい。それ故、それぞれの人格は限りなくオリジナルに近づけたが、過去のあの悪夢――「石」が行った粛正などの記憶は措置しなかった。

 果たして「許されるざるもの」は「ヒト」と「石」のどちらだったのか。いや、もしくは互いのエゴがぶつかりあった結果、このような輪廻が続いているのか。クリエイタには最期のときまで、その答えを出すことは出来なかった。だが、最期の瞬間に、クリエイタはほんのわずかだったが、何者かに祈っていた。


 最後に望んだものはただひとつ。新しい家族から出発するふたりが幸福になれるようにと。

 最後に願ったこともただひとつ。いつかこの輪廻を絶ち切ってほしいと。



あとがき


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