[共に在り続けること、永遠に]


 TETRAの冷えきった艦内通路に、レアナはぽつんと一人で立っていた。どこか違和感を覚えたレアナは真っ先にバスターの部屋へ行ってみたが、そこに部屋の主であるバスターはいなかった。次にガイの部屋、テンガイの部屋と続けて訪ねたが、どちらの部屋にもガイもテンガイもいなかった。
 クリエイタがいるかもしれないと医務室や食堂なども覗いたがやはり誰もおらず、レアナはTETRAの隅から隅まで、自分の知っている限りのエリアを探し回ったが、どこにも誰もいなかった。
 我慢していた涙が一粒こぼれ落ちると、レアナは両手で顔を押さえ、絞り出すような悲痛な声をあげた。
「みんな……どこに行っちゃったの……! あたしを一人にしないで……!」

 次の瞬間、レアナは暖かなベッドの中にいた。頬に片手で触ると涙でぐっしょりと濡れており、目元には涙が溜まっていた。それらの涙を手で拭い取るよりも先に、レアナは自分を後ろから抱え込むぬくもりのほうへ体を向けた。
 そこには彼女にとって何よりも愛しいぬくもりが――バスターがレアナを両腕で抱きながら穏やかに眠っていた。レアナは涙で濡れた目や頬もそのままに、バスターの胸にしがみついた。
 バスターもレアナもパジャマも何も身につけていなかったので、しがみついた裸の胸からはバスターの体温が直接、レアナに伝わってきた。そのぬくもりのもたらす安堵感に、レアナの両目からは再び涙があふれ、レアナはひっくひっくとしゃくりあげていた。
「レアナ……? どうした?」
 バスターの胸にかじりついていたレアナが顔を上げると、いつの間にか目を覚ましたバスターが心配そうな顔でレアナを見つめ返していた。堰を切ったようにそれまで以上の涙がレアナの両の瞳からあふれ出し、バスターのたくましい胸に顔をうずめ、わんわんと泣き出した。
「ほ、本当にどうしたんだ……?」
 バスターは泣きじゃくるレアナに困惑するばかりだったが、レアナの背中に両腕を回して彼女を抱きしめ直すと、レアナを抱いたままベッドから上半身を起こし、ヘッドボードに背中をもたれかけた。そうして、レアナを抱きしめたまま、バスターは彼女の白い裸の背中をゆっくりと撫で続けた。
 どれくらいの時間が経った頃か。ようやくレアナの涙が止まり始め、しゃくりあげる音も小さくなっていた。
「落ち着いたか?」
 バスターが赤ん坊をあやすかのようにレアナの背中をぽんぽんと叩くと、レアナはぐすっと鼻を鳴らした。バスターがベッド脇のサイドテーブルからティッシュを何枚か取り出してレアナに渡すと、レアナは目元をティッシュで拭いた後にチンと鼻をかんだ。使用済みのティッシュをゴミ箱に投げ入れると、レアナはやっと落ち着いたようだった。
「うん……」
 そんなレアナの様子にバスターはようやく胸を撫で下ろし、レアナの両肩を抱いて、改めて真正面から向かい合う形になった。
「また怖い夢か悲しい夢でも見たのか?」
「……うん。すごくこわい夢だった……小さい頃にお父さんとお母さんがいなくなったときの夢よりも、ずっとこわかった……」
 両親が国の政治的陰謀でこの世から消えて、突然、ひとりぼっちになったときの記憶。それは幼いレアナにとって、あまりにも恐怖に満ちた恐ろしく悲しい記憶だった。それだけに、今のレアナにとって第二の家族と言っても過言ではないTETRAクルーが消える夢もまた、恐怖と悲しみに満ちたものだった。
「お前がひとりぼっちになる夢か?」
 悲しみをこらえて自分が言おうとしたことを先にバスターに言われたレアナは目を丸くした。
「え……うん。でも……どうしてわかったの?」
 レアナが不思議そうに尋ねると、バスターは片方の手でレアナの赤い頬を包み込み、ニッと笑った。
「お前が一番怖いのはお化けとかじゃなくて、ひとりぼっちになることだろうからな。それに、ひねくれてる俺がお前への気持ちをさらけ出せたのも、今、俺達がこうして同じベッドの上で一緒にいられるのも……お前がさっきみたいに泣き出しちまった、あの夢がきっかけだっただろう?」
「そ……そういえば、そうだけど……」
 バスターの言葉に、レアナはバスターと初めて共に過ごした夜を思い出し、ひどく泣いたせいで赤くなっている頬が更に赤く染まった。
「……バスターはすごいね。色んなことを知ってるし、なんでも当てちゃうんだから」
「伊達に裏街道を生きてきたわけじゃないからな。それよりもお前の泣き虫のほうをどうにかしないと。怖い夢を見ちまうってのは仕方ないことだけど……少なくとも、ひとりぼっちになる夢を見ちまっても、夢は夢だ。だって、俺はお前のすぐそばにこうしているんだからな」
 幼い子供に言い聞かせるようなバスターの言葉に、ああ、自分はこの人の、この包み込むような優しさに惹かれたんだとレアナは心の底から安堵していた。
「うん……そうだね……」
「だろう? だから、ひとりぼっちの夢をまた見たとしても、大丈夫だからな? 俺はお前のそばにいつもいる。何があってもお前を離したりしない……絶対に破ったりしない……破られたりしない約束だ」
 バスターはそう断言すると、先ほどの笑みよりも更に優しさを秘めた笑みを浮かべた。その笑顔に、レアナは今、自分がどれほど幸福な存在であるかを実感していた。
「……ありがとう、バスター」
 レアナはそう返答すると、膝を立てて上半身を少し持ち上げ、バスターの唇に自身の唇を重ねた。バスターはほんの少しだけ面食らった表情を見せたが、すぐに笑顔に戻り、目を閉じてレアナをしっかりと抱きしめると、自らも積極的に彼女の甘い唇を味わった。
 互いの唇の熱さと感触を直に感じながら、バスターとレアナは共に至福の時を過ごしていた。特にレアナにとっては、バスターに熱く深く愛される幸福な時間と言っても過言ではなかった。
 バスターが自分を離さないと言ってくれたのだから、自分はもう決してひとりぼっちではないのだし、自分もバスターをどこまでも信じようと、レアナは心の中で静かに誓っていた。
 バスターは――この赤毛の青年は少しばかり素直ではないけれど、誰よりもレアナを大切に想い、揺るぎない愛と大きな優しさで包み込んでくれる存在なのだからと――。



あとがき


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