[たった一つの笑顔]


「ねえ……バスター……」
「どうした?」
 自分の左腕を枕にしているレアナの問いかける声に、バスターは彼女のほうを見て、汗で額に張り付いている髪の毛を指でそっと剥がしてやった。
「バスターは……今までもたくさんの女の人とこうやってつきあってきたんだよね?」
 予想もしなかったレアナの言葉にバスターは面食らったが、すぐにニッと笑い、レアナの頬を撫でた。
「なんだ? 妬いてるのか?」
 バスターのその台詞に、レアナの顔はさあっと赤くなり、しどろもどろの状態になってしまった。
「え……えっと、イヤかそうじゃないかって聞かれたら、イヤだけど……でも、バスターなら仕方ないのかなって……」
「どうしてそう思う?」
 バスターの問いに、レアナはすっかり赤くなってしまった顔を隠そうとするかのようにうつむき、ぼそぼそと小さな声で答えた。
「だって……バスターはかっこいいし……地球の連邦軍基地でも他の女の人にもやさしかったから……」
 レアナの返答に、バスターは思わずクスッと笑いを漏らした。レアナの言い様はまるで幼い弟や妹に親を取られた子供のようだったが、その幼さがかえって彼女の可愛らしさを際立たせていた。
「……まあ、今まで女とつき合ったことがなかったって言ったら嘘になるな」
「やっぱり……」
 レアナは寂しげにそう呟くと、バスターに白い裸の背中を見せ、向こうを向いてしまった。
「おいおい、どうしたんだよ、急に」
 バスターが少し驚きながら声をかけると、また寂しげに、そして小さな声でレアナは言葉を返した。
「だって……バスターとつきあってきた人たちは、あたしの知らないバスターのことも知っているんでしょう……? そう思ったら……なんだか寂しくなっちゃったの。あたしはバスターのこと、少ししか知らないんだなって……」
 レアナの言葉に、バスターはこの腕の中の少女への自分の想いが大きく膨らむのを感じた。バスターは確かに数多くの女性とつき合ってきた。だが、男女の仲になってもだらだらと遊び感覚で一か月も持てばいいほうで、大抵は二、三度、ベッドを共にするだけの関係だった。こんなにも毎晩を共にしている女性はレアナが初めてであったし、それだけバスターが彼女を真剣に愛している証拠だった。
 バスターはレアナのむき出しの肩に手を置くと、そのまま手を腕に滑らせていき、レアナの右手を握った。
「レアナ……確かに俺は節操もなく大勢の女と寝たよ……」
 バスターの言葉に、彼が握ったレアナの手がびくっと震えるのが分かった。
「……けど、その沢山の女達の誘ってくるような顔よりも、俺に笑いかけてくれるたった一つのお前の笑顔のほうが俺にはずっと価値があるんだ」
 レアナはゆっくりとバスターのほうへ体の向きを変えると、どこか不思議そうな表情でバスターに尋ねた。
「ほんとう……?」
「ああ、本当だとも。お前が俺に笑顔を見せてくれるだけで、俺は何よりも嬉しくなるんだ」
「うれしい……」
 レアナはそう漏らすと、嬉しそうに笑ってバスターの胸に体を寄せた。
「ほら、な。その笑顔を俺に見せてくれるだけで、俺は本当に嬉しいんだからな。それに、今までつき合ってきた女達よりも……お前だけが知っている俺の素顔のほうが多いと思うぜ」
 バスターの言葉に偽りはまるでなかった。もちろん、バスターはレアナの何もかもを愛してしまっているから、レアナがバスターと愛し合うときにだけ見せる、官能に満ちたとろけるような表情にも、バスターは毎夜、とりこになっていると言ってもいいほど魅せられていた。
 だが、バスターが一番好きなレアナの表情は、先の言葉通り、彼女の笑顔だった。レアナが自分に笑いかけてくれる、それだけで、バスターは自分の心が満ち足りていることに、今この瞬間、初めて気づいていた。
 そして、レアナだけに見せている自分がいるという言葉も決して嘘ではなかった。レアナと愛し合う時だけ、バスターは心の奥底に追いやっていた本来の自分をさらけ出しているようにさえ自分自身でも感じていた。
「なあ、もっとこっちを見てくれよ」
 バスターはそう言うと、レアナのあごに手で触れ、くいっと彼女の顔を持ち上げた。バスターの少々強引な行動にレアナは少し戸惑った表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。
「バスターってば……ほんと、強引なんだから……」
「悪りぃ悪りぃ。けど、それだけの価値がお前の笑顔にはあるんだからな。だから……もっと笑ってくれよ」
「うん……うれしいよ、バスター……」
 レアナはそう言って太陽のように笑うと、自分からバスターに抱きついてきた。
「バスターがあたしの笑顔を好きだって言ってくれるのもうれしいけど……あたしがいちばん、他の人が知らないバスターを知っているってのも……うれしいな」
「俺と同じだな、レアナ……」
 バスターはそう言うと、自分もレアナの体を抱きしめ、彼女と唇を重ねた。それは深く甘い、バスターにとってもレアナにとっても極上の口づけだった。ベッドサイドのランプが点いただけのうす暗い部屋の中で、バスターとレアナ、二人は誰にも邪魔出来ない愛に満ちた空間に包まれていた。



あとがき


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