[残されし記憶に]


「クリエイタ、これはこの棚でいいの?」
 レアナは医薬品をケースにまとめると、それを持ち上げてクリエイタに尋ねた。医務室の奥でやはり片付け兼掃除をしていたクリエイタはひょこっと顔を出して答えた。
「ハイ。ソコニ オネガイシマス」
「りょうかい!」
 レアナは指示された場所にケースを片付けると、棚の脇の診察デスクに置かれた一枚の写真が目に入った。レアナは何かと思って手に取り、そして少し驚いたように口を開いた。
「ねえクリエイタ! この写真、いつのまに撮ったの?」
 再度、名を呼ばれたクリエイタがやってきて、レアナの手にある写真に気付いた。
「ア ソレハ……キョネンノ チジョウテスト サイシュウビノ モノデスヨ」
「うん、そうだよね。あたしとバスターとガイと、みんなしておそうじしてるもん」
 レアナが言うとおり、その写真には、TETRAの外壁をクリーニングする3人の姿が写っていた。日差しからくる暑さからか、3人ともパイロットスーツの上着は脱いでおり、手には外壁掃除用のデッキブラシ型クリーナーをそれぞれ持っている。バスターかガイが何か冗談でも言ったのか、レアナはニコニコと笑っており、バスターとガイもデッキクリーナーでふざけあいながら笑っていた。そんな3人に共通しているのは笑顔だけでなく、撮られたことに気付いていない様子だった。
「ジツハ アノトキ アナタガタヲ ミテイマシタラ ナゼカ シャシンヲ トリタクナリマシテ……ワタシノ ナイゾウカメラデ ナニゲナク トッタノデス。スミマセン イママデ オミセシナクテ」
「そうだったんだあ……でもあやまることなんてないよ、クリエイタ。こんなすてきな写真、撮って残しておいてくれたんだもの」
 レアナは写真の中の彼女と同じように純粋な笑みを浮かべ、クリエイタの頭をよしよしと子供にそうするかのように撫でた。クリエイタは思わず「照れ」の表情をアイモニターに浮かべ、人間がそうするのと同じ動きで頭に手をやった。
「これって、地上テスト最終日だったよね? じゃあ、去年の……7月はじめごろだよね?」
「ソウデスネ。ウラメンニ ヒヅケガ キロクサレテイルハズデス」
 レアナが写真をひっくり返して裏側を見ると、確かにそこには日付がプリントされていた。
「2520年7月6日……あ、そっか。タナバタの前の日だったもんね」
 レアナは再び写真を表に戻すと、懐かしい思い出の品を眺めるように、そこに写っている1年前の自分やバスターらを見つめていた。ようやく写真から目を離すと、傍らのクリエイタと同じ目の高さにしゃがみこんだ。
「ね、クリエイタ。いまでも内蔵カメラってつかえるよね?」
「エ? ハイ モチロンデスガ……」
「じゃあ、また撮ってほしいの!」

 レアナに呼ばれ、あるいは引っ張られて艦橋に集められたバスターにガイ、それにテンガイの3人は、レアナの提案に多少面食らいながらも、拒否などは全くしなかった。
「こんな写真が残ってたのか。しかしなんだな、これじゃ俺、ガイと遊んでるようにしか見えねえなあ」
「なーに言ってんだよ! 確かお前がおどけだしたんだし、それに結構楽しそうだったぜ? この写真が動かぬ証拠だな!」
「それじゃまるで、俺がお前と同じレベルみたいじゃねえか」
「てめーなー!」
 いつもの調子で皮肉っぽく飄々と言うバスターと、それに子供のごとく突っかかるガイの間に、レアナは困った顔をして仲裁に入った。
「もう、ふたりともやめなよお? 楽しそうな写真なんだし、そんなことどうでもいいじゃない?」
 いつも自分より子供扱いしているレアナに諌められてバツが悪かったのか、バスターは咳払いをし、ガイは髪を荒っぽくかいた。そんな二人の様子にレアナはほっと安堵すると、状況を静観していたテンガイとクリエイタのほうに向き直った。
「じゃ、艦長がこの席のまんなかで、あたしたちはその横と後ろね。クリエイタ、準備いーい?」
「マカセテ クダサイ」
 4人から少し離れた場所で控えていたクリエイタは、ニコリと答えた。
「そういや、レアナが言ったとおり、このTETRAの中で写真を撮られたことなんてなかったしな。こうやって改めて記念写真ってのも、いい考えだな」
 艦長席に座ったテンガイの後ろに陣取ったバスターはそう言い、テンガイの右隣に立ったレアナを見てニッと笑った。レアナは嬉しくなり、やはり満面の笑顔をバスターに返した。
「せっかくだもの、いいことでしょお?」
「まーな、ナイスアイデアって言ってもいいんじゃねえの?」
 テンガイを挟んでレアナの反対側に位置を決めたガイも、笑って会話に入ってきた。
「ウム。悪くないことだな」
 それまで沈黙を保っていたテンガイまでもが、腕を組んだまま、決して機嫌の悪くない口調で呟いた。その言葉を聞いた3人は、視線を合わせて互いに微笑んだ。
「ソレデハ トリマスヨ」
 クリエイタがそう合図すると、被写体の4人は姿勢を正してクリエイタに注目した。
「ハイ チーズ」
 古典的な掛け声と共に、クリエイタは自身の目に内蔵されたカメラのシャッターを、音も無く切った。

 「3 / JULY / 2521」――裏面にそう記された写真を手にしたクリエイタは、改めて写真の表側を見た。そこにはテンガイを中心として、バスター、レアナ、ガイら4人のTETRAクルーが写っていた。皆、優しく笑っていて、穏やかなまなざしでこちらを見ていた。
 この写真が撮られてから間もない日――西暦2521年7月13日から紀元前10万年へ飛ばされて幾数年。クリエイタのボディがそうであったように、写真の画像も劣化して色あせていたが、その中の笑顔は何も変わりはなかった。そこにクリエイタは写ってはいなかったが、彼は別の形でこの写真に関わっていたし、その証拠もちゃんとあったから、クリエイタは自分が写っていないことを少しも寂しいとは思わなかった。

 それからまた遠い時が流れた、西暦2520年7月初旬。地球連邦軍中央司令部地下から発掘された「紀元前のロボノイド」。調査に当たった科研3部の研究員らは最後まで気付かなかったが、そのボディに設けられた小さな収納スペースの一つには、一枚のぼろぼろになった写真がそっと納められていた。4人の人間が写ったその写真の画像はすっかり退色していたけれど、裏面に刻まれた文字はまだ微かに読むことが出来た。そして、そこにはこう記されていた。

「PHOTOGRAPH BY CREATOR - ID:00104」



あとがき


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