[One Piece of Hope]


「……イジョウガ ゲンザイノ TETRAノ ショクリョウヒン オヨビ ショウモウヒンノ リストデス。コレラノジョウキョウト、TETRAニツマレタネンリョウナドヲ ハイリョスルト……コノエイセイキドウジョウデ クラセルジカンハ オヨソ イチネントイウケイサンニ ナリマス」

 TETRAの食堂に集まった、艦長のテンガイをはじめ、バスター、レアナ、ガイの3人は、クリエイタが計算して弾き出した現状報告に、黙って耳を傾けていた。
「1年か……」
 テンガイは腕組みしたまま、呟いた。同時にその表情には厳しいものがあった。
「1年間かよ……とんだオフになっちまったな」
 テンガイの向かいに座っていたバスターは、赤い髪をくしゃくしゃといじりながら、ぼやくような口調でこぼした。彼の言葉は楽天的なものが基本であったが、さすがにこの場では、その楽天主義も、いささか身を潜めているようだった。
「……親父の仇、今すぐ討ちとってやりたいってのによ……ここでそんなにも待機する羽目になるたあ……艦長! 今すぐに降下しちゃあ駄目なのかよ!? 1年待ったって、状況が変わらなかったらどうするんだよ!?」
 黙りこんでいたガイが激昂し、隣の席に座るテンガイに食ってかかった。だが、テンガイはあくまで冷静に答えた。
「今、地球に降りてどうなる? 地表にはあの得体も知れぬ敵性物体がごまんといるのだぞ? 1年あれば、あれらの一部でも解析出来て、戦略の役に立つかもしれん。それにお前は、五十嵐の言葉を忘れたのか?」
 テンガイが最後に出した名前に、ガイはうっと呻いた。彼の父親である五十嵐長官がいた地球連邦軍中央司令部。そこまでバスター、レアナ、ガイ、それにTETRAは辿り着きながら、結局は自分達が助かるだけで精一杯だった。しかも、長官がTETRAに下した命令は、思いも寄らぬものだったのだ。

『だめだ! お前達は艦に戻り、次の指令があるまで衛星軌道にて待機。これは、絶対命令だ!』
『いいか! 人類の未来はお前達にかかっているのだ。早く行け!』

 五十嵐長官の最期の命令を守るとすれば、TETRAはこの衛星軌道で1年間を過ごすことになったのだ。自分達が「人類の未来」だという謎の言葉を同時に与えられて。
 艦内という閉じられた空間で暮らした経験は、バスターもガイもそれなりにあるし、テンガイは言わずもがなである。クリエイタもロボノイド故に、人間ほどは環境の変化にストレスを感じられないように設計されている。
 とすると、この中ではレアナだけが閉鎖空間での生活に慣れていないことになる。そのことに気付いたバスターは、隣にいるレアナの顔を何気なく見つめた。レアナはクリエイタの報告を受けてから、じっと黙ったままだったが、バスターの視線に気付き、彼のほうへ顔を上げた。
「どうしたの? バスター?」
「あ、いや……いきなり密閉空間で1年間だろ。お前はそういう経験ないんじゃないかって……どうした? やっぱり不安か?」
「うん……やっぱり不安はあるけど……でも、あたしたち、1年間の猶予って言うのかな? 考える時間が出来たってことでしょう? そう思ったら、きっと1年間だって、あっという間に過ぎそうな気がするの」
 レアナは淡々とバスターに、彼女の考えを話した。バスターはレアナの落ち着き具合に、正直、驚いていた。17歳とはいえ精神年齢が低いし、女の子だし……そういったバスターの心配事は杞憂だったのだ。レアナ……お前がそんなしっかりしたことを言えるなんて……当のレアナはそんなバスターの様子に気付いているのか気付いていないのか定かではなかったが、にわかに立ち上がり、バスターのみならず、向かいに座るガイやテンガイ、それにクリエイタの顔を見渡して口を開いた。
「長官はあたしたちに人類の未来がかかってるって言ってたよね。どういう意味があるのかは、まだあたしにはわかんない……でも、あたし、思うんだけど……あたしたちがここに生き残っているってことは、あたしたちが「希望」だって思ってもいいと思うの。たとえそれが小さなかけらでも……だから、沈み込んでないで、明るい気持ちで待とうよ。あたしたちが地球に降りなきゃいけなくなる日まで。いきなり今、また地球に降りるのは……あたし、怖いし……」
 レアナはそれだけ言うと、ふうとため息をついて腰掛けた。彼女以外のクルーは皆、黙っていた。レアナが自分のもたらした沈黙に緊張していると、突然、バスターがポンとレアナの肩を叩いた。レアナがバスターのほうを向くと、バスターは笑っていた。いつもの自信たっぷりの笑みだった。
「そうだよな……ここで暗くなってても仕方ねーし。どのみち、同じ時間を過ごすなら、明るいほうがいいしな。異議なしだよな? ガイ? 艦長? クリエイタ?」
 バスターがそう言いながらクルーの面々を見回すと、それぞれ「らしい」肯定の返事が返ってきた。
「そりゃまーな……賛成だぜ、俺様は」
「うむ。最善の策だろうな」
「イギアリマセン」
 それらの言葉に、バスターのみならず、元々の発言者であるレアナは、本当に嬉しそうな笑顔を漏らした。その笑顔にほだされたように、バスターも微笑んでいた。いや、この場にいるメンバー、ガイ、テンガイ、クリエイタらも、明るい表情だった。レアナの言葉に、皆、何かが吹っ切れたのかもしれなかった。これがレアナの天真爛漫さが持っている力なんだろう、バスターはそう思いながら、レアナの笑顔を知らず知らずのうちに見つめていた。それは彼が知っている中でも、最上級のランクに入る、レアナの笑顔だった。

 そうやって、衛星軌道上でのTETRAの1年間の生活は始まった。ケンカやトラブルもあったが、クルー達は常に前向きだった。彼ら生来の性分もちろんあったであろうが、あの日のレアナの言葉の影響も多分にあったのかもしれないと、クルー達は無意識に考えていたかもしれなかった――とりわけ「小さな欠片かもしれないが、自分達が希望」だという一言に。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system