[CHANCE]


  「ねえバスター。あの石みたいな物は、どうしてあんなことしちゃったんだろうね……?」
 格納庫でバスターがシルバーガン1号機のメンテナンスを行っているとき、同じように2号機のメンテナンスにやって来たらしいレアナがぽつっと呟いた。バスターはコクピットから身軽な動作で降り、レアナが立ちすくんでいるシルバーガン2号機の手前まで近づいてきた。
「……そんなことは、俺にもわからねえよ。でも……あいつのやったことは「粛正」の一部だったのかもしれない。俺達人間に対してのな……」
 レアナは返答せず、黙ったまま2号機の開いたままのコクピットハッチの上に座った。バスターもそれに倣い、隣に腰を下ろした。10分か、それとも1時間か。それほど長く感じられる時間を経たのち、ようやくレアナが口を開いた。
「粛正……でも、人間が全部悪いわけじゃないよ?悪いことをしていた人だって、本当はいいところがあったに違いないよ。だって、人間は本当はみんないい人だもん。なのに……」
 そこまで言葉を続けると、レアナはそのまま俯いてしまった。バスターはただ黙って隣に座っていることしか出来なかった。「人間はみんないい人」、人間の汚い部分を嫌というほど見てきたバスターには、その言葉にはどうしても同意出来なかった。だが、あの「石のような物体」が行ったことにもまた、同意することは出来なかった。
「あいつは……あの「石」はエゴの塊なのかもしれねえな。まるで自分が人間を支配しているみたいな素振りを見せやがって。自分を神かなにかと思っているんじゃねえのか?」
「神様……」
 レアナは顔を上げ、バスターの言葉を反芻した。心なしか、遠い目をしているような表情だった。
「でも……もし、あれが神様だとしても……ひどすぎるよ!命に……命にいいも悪いもないのに……そうでしょう?」
 バスターの腕を掴み、懇願するような表情でレアナは訴えた。バスターは一瞬、困惑したが、ほんの少しの間をおいて、息をひとつ吐いて答えた。
「そうだな……そうだよな。いくらあの「石」がどんな超越した存在だって言っても、人間を皆殺しにするなんてないよな」
 バスターはそう答えると、自分の腕を掴むレアナの手に自分の手を重ねた。そして、優しい口調でこう述べた。
「……だから、その「神様」に俺達はいつか逆襲しに行くんだよ。あの「石」が何を考えてるのか知らねえけど、俺達にはまだあいつにリベンジするチャンスが残ってるんだ。そうだろ?」
「……うん」
 今にも泣きそうな表情のレアナだったが、バスターの言葉に心なしか落ちついたような様子だった。その様を見て、バスターは心の底から安堵していた。
「さ、だからその日に備えて、シルバーガンを万全の調子にしておこうぜ。地上に降りるのはまだ先のことになるだろうけど、備えあれば憂い無しって言うしな」
「……うん」
「それに、俺達は「神様」を気取ったエゴ野郎に正面攻撃を仕掛けられるチャンスを与えてもらったんだ。こんなこと、考え様によってはラッキーチャンスかも知れねえんだぞ?」
「……そうだよね。もしかしたらバチあたりなことかもしれないけど……でも、チャンスなんだよね。あたし、TETRAのみんなといっしょなら、バチだってこわくないよ!」
 レアナの発言に、思わずバスターは笑いをこぼした。
「バチなんて当たらねえよ。それに、もし当たったとしても、俺がお前の分まで引き受けてやるからさ。こう見えても、悪運は強いんだぜ?」
「そうなの?ガイのほうが悪運は強そうに見えるけど……でも、そんなこと言ってくれて……ありがとう」
 にこっと笑い、レアナは返答した。なぜだかバスターは照れ臭くなり、腰を上げて1号機のほうへと体を向けた。
「ま、まあ、あいつも悪運強そうだな。とにかくさ、俺達にはまだ希望が残ってるんだ。お前が今から心配するようなことじゃねえさ。大丈夫だよ」
「……うん!」
「さ、メンテナンスの続きでもやるか。お前もそのためにここに来たんだろ、レアナ?」
「あ、そうだ。忘れるとこだった。バスターの言う通り、ちゃんと整備しておかなくちゃね」
 レアナも腰を上げ、自身の機体である2号機を見上げた。そして、ふと思いついたように3号機のほうに視線を向けた。
「ガイはまだ来てないね。呼んでこようか?」
「呼ばなくたって、そのうち来るだろ。あいつ、操縦は乱暴だけどメンテナンスは俺達の中でいちばんなんだしな」
「そうだね。ちょっとした故障なら、すぐに直しちゃうぐらいだもんね」
 レアナは納得したように頷くと、2号機のコクピットに華奢な体を滑りこませた。
「ねえ、バスター?」
 不意にコクピット越しの通信で、レアナの声が1号機コクピットに飛びこんできた。面食らったものの、すぐにバスターは返事を返した。
「どした?」
「もしあたしに悪運が降りかかっても、引き受けてくれるって言ったけど……そんなことしなくていいんだからね。だって、それでバスターがどうかなっちゃったら悲しいに決まってるもの……」
 バスターはしばし沈黙したが、やがて明るい口調で返した。
「わかった。それじゃ、お前に悪運が振りかかりかけたら、それを俺が引き受けるんじゃなくて追っ払ってやるよ。なら、いいだろ?」
「……ありがと。バスターは……優しいね」
 レアナの最後の言葉に、バスターは顔を真っ赤に染めていた。そして、ここが隔離されたコクピットであることに感謝した。こんな顔は人前では、特にレアナには見せられない。
「お、俺は別に……優しくなんかねえよ。それよりほら、メンテをとっとと済ませちまおうぜ」
 通信装置からクスクスと笑い声が聞こえてきた。俺の今の心は完全にお見通しかよ……そんな思いがバスターの胸中を駆け巡った。そして、ひとつの幸運に感謝していた。
(ここにガイがいなくてよかったぜ……冷やかされるのは目に見えてるもんな)

 西暦2520年の冬も押し迫った時期。バスターにとっては災難――いや、束の間とはいえ、レアナと共に心が梳きほぐれた出来事であった。



あとがき


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