[Green, Blue, and Sky]


「バスター、はい、これ。ありがとう」
 聞き慣れた声に振り返って見ると、レアナが片手にバンダナを差し出していた。それは洗濯もしてあるうえに、折り目正しくたたんであった。
「あ? ああ、それか。別によかったんだぜ?」
 そのバンダナは、以前、ある折にレアナが泣きじゃくってしまったときに、バスターがハンカチ代わりに渡したものだった。バスターとしてはレアナにやったつもりだったのだが、どうやら彼女は借りたものだと思っていたらしい。
「え、いいの?」
「いいって。替えもあるし。お前にやるよ」
「もらっちゃっていいの? うわあ……ありがとう!……あ、でも……」
 レアナはパッと明るい表情になったが、ふと考えこむような顔つきに変わった。
「なんだ? どうかしたのか?」
 不審に思ったバスターが問いただすと、レアナはきょとんとした顔つきで答えた。
「だって、バスターからはこのバンダナ以外にも、もらったものがあるもん」
「俺が? お前に?……そんな覚え、ねえぞ……?」
 バスターは記憶を反芻したが、バンダナ以外のものを何かレアナに渡した記憶は見つからなかった。そんなバスターの様子に、レアナはやや不満げなようだった。
「覚えてないの? ほら、ずうっと昔……あたしもバスターも小さかったときのことだよ? グリーンプラントで……」
「……グリーンプラント?……ずっと昔……?」
 レアナの言葉を手がかりに再び記憶を手繰り寄せる内に、バスターは、ある「出来事」を思い出し始めていた――。


 それは、バスターがまだ10歳ぐらいの初夏――父親に本格的に反発を覚えはじめた頃のことで――まだ実家を出奔する以前のことだった。
 ある日、バスターは父親に連れられて、とあるパーティに出席していた。会場は「グリーンプラント」。品種改良を行って新たな植物を生み出したり、絶滅寸前の植物をクローン技術などの最先端科学で甦らせ、育成・研究を行っている施設だった。このグリーンプラントには研究施設の他に、温室ドームに覆われた屋内エリアや、森林や草原となっている野外エリアといった複数のエリアが存在していた。特に、その中でもクリスタルドームに覆われた屋内エリアは、様々な美しい植物が咲き乱れる場所で、ちょっとしたフォーマルなパーティ会場として使われることも珍しくない場所だった。もちろん、エリア内の植物をみだりに採取したりして荒らしたりしないという条件付きであったが。それでも、普段、多くの本物の緑に接する機会の少ない人々にとっては魅力的な場所であることには変わりなく、今日もこのパーティ会場として選ばれたのであった。

 しかし、バスターは連れられてきたものの――正直、乗り気ではなかった。このパーティの主催には政府のみならず連邦軍も関係しているらしく、政治家である彼の父親も、政治や軍関係の派閥絡みでの出席であるようだった。息子を連れてきたのは、家族との触れ合いを重んじているということでもアピールするつもりだったのかもしれないし、単なる気まぐれな「家庭サービス」のつもりとでも思ったのかもしれない。だが、当の子息であるバスターは退屈気味だった。周囲を覆う数々の植物には興味を惹かれるものがあったが、周りを見渡せば大人ばかり。それも自身の父親と同じような、バスターにとっては不信的な「人種」の人々ばかりが目に付き、彼にとっては、どうもあまり気持ちのいい場ではなかった。バスターは父親のそばからそっと離れ、屋内エリアのはずれのほうへと身を隠すように向かっていった。

 クリスタルドームのはずれ――即ち屋内エリアの出入り口付近までバスターがやって来ると、先客が居た。見知らぬ少女が座りこんでいたのだ。いや、「見知らぬ」という表現には語弊があった。バスターは先の会場で、この少女の姿をわずかながら目撃していたのだから。彼女は大人達の中に小さな体をうずもれるようにして、緊張してかしこまった様子だったように見えた。
「ドクター・クレーラー。この子が……」「はい。例の……」
 そんな会話を途切れ途切れに耳にしながら、自分以外に連れられてきた子供がいたのかというぐらいにしか、そのときのバスターは思わなかった。

 だが、今、バスターの眼前に居る少女は、先刻の印象とは全く違っていた。見てみれば、右腕の肘を押さえるようにして、今にも泣き出しそうな様子だった。
(もしかして……まずいところに出くわしちまったのかな?)
 そう思いながらも、バスターは少女を無視出来ず、結局、恐る恐る声をかけてみた。
「お、おい。どうか……したのか?」
 少女は一瞬、驚いたように反応したが、やがてゆっくりと体をバスターのほうへと向けた。少女のむき出しの右腕の赤い染みのようなものが、バスターの目に留まった。
「ケガ……してるのか?」
「……うん」
 ごしごしと目を擦りながら、ようやく少女が口を開いた。よくよく見てみると、右腕に血のにじんだかすり傷があった。先ほどバスターが目にした赤い染みは、どうやらその傷に間違いないようだった。
「そのままじゃ服に血がつくぞ。ええっと……あ、あったあった。ほら、そっちの腕、出せよ」
 バスターは礼服仕立ての半ズボンのポケットからハンカチを取り出すと、少女の右腕の傷に巻いてやった。
「これでいいかな……でも応急処置だからな。あとでちゃんと、消毒してもらえよ」
「うん。あ……ありがとう、おにいちゃん」
 少女はぺこりと頭を下げた。白い半袖のワンピースには、幸い血は付いていなかったが、ところどころがわずかづつ汚れていた。どうやら、ここで転んでケガをしたことに間違いないようだったが、少女の感謝の言葉に、バスターは思わず照れ臭くなってしまった。
「い、いいさ。それよりお前、ひょっとして迷子か? パーティ会場だったら、あっちだけど……」
「う、ううん! ちがうよ!」
 「迷子」という単語に対して、少女は慌てたようにブルブルと頭を振った。その態度はどう見ても不審にとれるものだったが、バスターは敢えて詮索はしなかった。
「そっか……じゃ、もしかして俺と同じか? パーティがつまんなくって、抜け出してきたのか?」
「……そ、そうなの! あと……」
「あと?」
「……行きたい場所があったから。先生たちに言ったら、きっとダメって言うもん……」
 先生? さっき聞いたドクターなんとかって人たちのことか? この子、俺みたいに親に連れられてきたって訳じゃないのかなあ?……そんなバスターの疑問は、少女の懇願で遮られた。
「おにいちゃん! ぜったいに先生たちを呼んだりしないで! おねがい!」
 少女の表情は必死だった。どうやら、どうしても、その「先生たち」なる保護者には知られてはいけない事情があるようだった。バスターは、ポンっと少女の頭に手を乗せた。少女はバスターと同じかやや年下なのか、ちょうど頭ひとつぶんほどバスターよりも小さかった。
「安心しろよ。そんなことしないよ」
「ほんと!?……ありがとう!……じゃあ……お礼にすごくいいもの、見せてあげるね!」
 バスターの言葉に安心しきったのか、少女は満面の笑みを浮かべた。
「いいもの?」
「こっち。あっちの丘の上なの」
「お、おい。待てよ! そんな急ぐとまた転ぶぞ!?」
 少女はバスターの手を握ると、もう片方の腕で野外エリアの、とある方向を指し示し、そのまま駆け出した。

 そこは野外エリアの丘のひとつで、様々な木が茂る中、ひときわ大きな木が天に向かって腕を伸ばしきっていた。幹先まで入れれば、ビルの2、3階ぐらいの高さはあるだろう。背丈だけでなく、幹の直径にも相当なものがあった。おそらく大人が2〜3人ほどで手を繋いで、ようやく幹を囲めるだろうというほどだった。その木のふもとに辿りつくと、少女は木を見上げながら、その上方を指差した。
「ここ」
「ここって……まさか、この木に登るってんじゃないだろうな!?」
「そうだよ」
 少女は無邪気な笑顔のままだった。どうやら、冗談などではないようだった。
「そうだよって……だって、こんな高いんだぞ!? 大丈夫なのかよ!?」
「のぼれるもん! あたし、前にも……去年、てっぺんまでのぼれたもん!」
 笑顔を一変させてムキになって反論する少女の剣幕に、バスターは思わずたじろいだ。たぶん、彼女が以前にも登ったことがある、というのは嘘ではないだろう。幹の頑丈さは言うまでもないし、その地肌も随分とゴツゴツとした手触りで、手足を引っ掛けるにはじゅうぶんなようだった。上方の幹や枝も丈夫そうで、子供どころか大人の体重がかかったとしても、折れる心配も無さそうだった。
 乗りかかった船とばかりに、バスターは覚悟を決めた。
「わかった、わかったって……でも、俺から先に登るからな?」
「どうして?」
「どうしてって……そりゃ、いくらお前が前に登ったことあるって言ったって、今は片腕、すりむいてケガしてるじゃないか。だから、俺が安全そうなとこを先に登るから、それから少しづつ登ってこいよ。そうすりゃ、上から手も伸ばして助けてやることも出来るしさ」
「……そうだね。それじゃ、そうする」
 少女は素直に頷き、再び笑顔に戻った。
「じゃ、早くのぼろうよ。おにいちゃん」

 バスターは木登りを一度もしたことが無いわけではなかった。自然がただでさえ少なくなっているこの26世紀においては、珍しい部類に入る子供だったのかもしれないが、裕福な経済環境で決して小さくはない彼の家の庭には、これほどではないが手頃な大きさの木があったのだ。だから両親や使用人の目を盗んで――もっとも、母親は幼い頃に離縁して、現在は音信不通な状態にすらなってしまったが――何度か登って遊んだことがあった。
 そのときの感覚を思い出しながら、バスターはひとつひとつ足場を選び、慎重に登っていった。もちろん、自分の後方を登ってくる少女に目を配ることも忘れなかった。時折、腕を伸ばして手を貸してやりもした。バスターは決して世話焼きな性格などではないが――だからといって他人に対して無関心なわけでもなかったし、自分の目の前で誰かがケガする姿など見たくなかった。それに、この少女は、何故だか放っておけなかった。年は自分と大して変わらないだろうに、どこか幼い印象を受けるからだろうか。それとも、少し話しただけでも伝わってくる、彼女の天真爛漫な性格のせいだろうか。何にせよ、バスターはまるで少女の保護者になったかのような気分になりながら、少しづつ巨木を上がっていった。

「やったあ! ついたよ、おにいちゃん!」
 巨木の最も上に位置する枝をよじ登ると、少女は嬉しそうに声を上げた。二人とも、多少、息が上がっていたが、バスターが考えていたほどは難関ではなかった。額の汗を拭いながら、少女の声に顔を上げたとき、バスターは思わず感嘆をもらした。
「うわあ……」
「ね? すごいでしょ! ここからだとね、この森もあそこのドームも、それに向こうの街までぜーんぶ見えるの!」
 少女の言葉通りだった。グリーンプラントの野外エリアはまるで緑の絨毯のように広がっていたし、屋内エリアを覆うクリスタルドームの屋根は日光を乱反射して宝石のようだった。そして、このプラントの周囲の街並みは、小さなおもちゃのブロックの集まりのように見えた。だが、何よりもバスターを驚嘆させたのは――頭上に広がる空の大きさだった。
「すげえや……」
「空もすごく大きく見えるでしょお? なんだかまるで、空が近くなったみたい! すごいよね!」
「そうだな……すげえなあ……」
 二人はしばし言葉もなく、空を見つめ続けていたが、不意に少女が口を開いた。
「あたし、シミュレーターでも、何度も空や宇宙を見たことはあったけど……でも、こんなにきれいで大きな空はここが初めてだったの」
「シミュレーター?」
「うん。あのね、あたし、”パイロット”になる勉強してるの。まだ本物の飛行機を動かしたことはないけど、シミュレーターなら何度も動かしたことあるよ」
(こいつ、こんな年から、もうそんな勉強や訓練してるのか? 親は何して……ひょっとして、親はいないのかな? だからさっきも「先生」とか言ってたのか……?)
 傍らの少女の横顔を、バスターは不思議そうに眺めた。だが少女はその視線に気付くこともなく、言葉を続けた。
「あたしね、去年も、ここにちょっとだけだけど、遊びに連れてきてもらったの。そのとき、この大きな木を見つけて……すごくのぼりたくなっちゃったから、こっそりのぼっちゃったの。そしたら、こんなにきれいな森や、おっきな空が見えて……だから、今日、ここにまた連れてきてもらえるって聞いたときに、ぜったいにもういっぺん、ここにのぼろうって思ってたの。でも、ころんで、ケガしちゃったりしたから、もうダメなのかなって思っちゃったんだけど……おにいちゃんのおかげだよ。ありがとう」
 少女はバスターのほうへとまっすぐに顔を向け、にっこりと笑った。思いがけず顔が赤くなったのを悟られないようにするかのように、バスターは再び顔を真上に向けた。
「お、俺はその……少し手伝ってやっただけで、大したことなんてしてないよ」
「ううん。そんなことないよ。ケガの手当てもしてくれたし、この木にのぼるときだって、いっぱい手伝ってくれたもん」
「そ……そんなことは別に……なんてことねえって。うん」
 ますますバスターの顔は赤くなっていった。少女はそれに気付いているのかどうかは定かではなかったが、視線をバスターと同じく、上方へと向けた。
「”パイロット”になれれば、こんなふうにおっきくてきれいな空が、たくさん見られるんだよね、きっと……がんばって、なりたいなあ」
「そうだな……なれると、いいな」
 二人はまた、黙ったまま空を見上げ続けた。涼やかな風が、バスターの赤毛や、少女の淡い色の髪の毛をなびかせていた。

「マリアン! ここだったのか!」
「どこに行っていたの!? 心配したのよ!」
 名残惜しみながらも木を下り(下り際は、バスターが下になって先に降りた。登るときと同じく、少女を気遣っての配慮だった)、屋内エリア入り口付近へと二人が戻ってくるなり、先ほどの「ドクター・クレーラー」と呼ばれていた人物ともうひとり、バスターの見知らぬ女性が声を掛けてきた。おそらくこの女性もドクター・クレーラーと同じく、少女の「保護者」のひとりなのだろう。声を掛けられるなり、「マリアン」と呼ばれた少女はびくりと体を震わせた。心なしか、バスターと繋いだ手に、力が更にこもったようだった。
「あ……あの……クレーラー先生、ロイヤー先生……ごめんなさ……」
「ごめんなさい。僕が退屈だったんで、この子に声をかけて一緒に遊んでたんです。ご心配おかけして、すみませんでした」
 少女は驚いて、傍らの少年のほうを見た。少年――バスターは、真面目な表情で頭まで下げていた。
「君は……?」
「ガンビーノ=ヴァスタラビッチと言います。今日は、ここのパーティに父に連れられてきたんです」
 ドクター・クレーラーはその名を聞き、ハッとした表情になった。
「ヴァスタラビッチ……? 君は、もしかしてヴァスタラビッチ上院議員の息子さんかね?」
「はい。そうです。この子のことは、先生たちに一言断っておくべきでした。申し訳ありません」
 先ほどと変わらぬ仮面のように真面目な顔と口調のまま、バスターは返答した。少女はぽかんとした表情で、バスターの横顔を見つめていた。
「い、いや。何か事故にでもあったんじゃないかと心配していたんだよ。無事なら、それでよかった。おや……? マリアン、その右肘はどうしたんだい?」
「あ、これは……ころんで、ケガしちゃったんです。でも、このおにいちゃんが手当てしてくれたんです」
 右腕に巻かれたハンカチに気付いたドクター・クレーラーに対し、少女は素直に答えた。先ほどまでの緊張は、いつの間にかほぐれていた。
「そうだったのか。ありがとう、ガンビーノくん。こちらこそ、すまなかったね。マリアンがすっかり世話になったようで」
「いえ、いいんです。僕も楽しかったですから」
 バスターは相変わらず真面目な表情のままだった。だが、「楽しかった」という言葉を口にしたときには、自然に笑みが浮かんでいた。

「おにいちゃん……ありがとう。でも、よかったの? ウソって、ついちゃいけないんでしょ?」
 少女の保護者らとの会話のあと、パーティ会場の片隅で、二人の子供はちょこんと座っていた。バスターは、飲みかけのアップルジュースのグラスから口を離した。
「ついてもいい嘘も、世の中にはあるんだよ。それに、俺も共犯者だしな」
「きょうはんしゃ?」
「一緒に、あの木に登っただろ? そういう意味」
 年に似合わない、大人びた笑みをバスターは浮かべた。少女は意味が解らなかったようで、釈然としない様子だったが、ふと自分の右腕に巻かれたものに気付いた。
「そうなんだあ……。あ、そうだ。このハンカチ、返さなきゃいけないよね」
「いいよ。やるよ」
「いいの?……ありがとう!」
 少女は嬉しそうに右腕のハンカチに触れ、ニコニコとしながら両手にもったオレンジジュースを飲み干した。
「ねえ、おにいちゃん」
「なんだ?」
「また会えるといいね」
 笑顔を浮かべたまま、少女は嬉しそうに――けれど、少し寂しそうに言葉をこぼした。その寂しさは、バスターにも伝わってきていた。多分この先、この「マリアン」という少女と出会う機会など、もうないだろうから――そんな思いに捕らわれ、片手のグラスを弄びながら、バスターはぽつりと答えた。
「うん……そうだな」
「……そうだ! おにいちゃんも”パイロット”にならない? だって、あたしも”パイロット”になる勉強してるんだもん。そうすれば、大人になってから、また会えるかもしれないよ!」
 ぱあっと名案を思いついたような顔つきで少女に顔を覗きこまれ、バスターは急にとまどった。自分の将来の具体的な夢なんて、まだ決めていない。ましてやパイロットになるだなんて、考えたことも無かった。第一、パイロットと一口に言っても、様々な所属がある。けれども、何故だか少女の考えは、案外、突拍子も無いことでもないかもなと思った。
「そっか……そうかもな」
「うん! そうしようよ! それで、また会おうね!」


「……あ、ひょっとして……レアナ、お前だったのか!? あのときの女の子って!?」
 バスターは件の出来事を思い出すと同時に、驚愕の声をあげた。目の前のレアナが、あのときの少女だったのだ。
「やっぱり! 忘れてたんだね!?」
「だって、8年も前だし、子供の頃のことだったしよ……そういや、「マリアン」って名前だったよな、お前……」 
「あたしもこの前まで忘れちゃってたから、文句言えないかもしれないけど……でも、このバンダナ洗ってるとき、ちゃんと全部思い出したんだからね。だって、バスターの本当の名前って変わってるもん」
「悪かったな、変わった名前で」
 バスターは多少ムッとしたように答えた。だが、実際、自分でもそう思っているので、それ以上の反論のしようがなかった。
「でも……本当にパイロットになって会えたんだね。すごいよねえ」
 レアナの口調と笑顔は、しみじみとした、感傷に浸るようなそれだった。思えば、不思議な巡り会わせだとバスターも感じていた。自分が結局、軍に入ってこうしてパイロットになっているのは、父親に反発して紆余曲折を得た結果であって、別にあのときの約束を覚えていたわけではなかった。しかし今、こうして、実際にお互いパイロットとなって再会しているのだから……だが急に、レアナの笑顔が消えた。
「でも……あたし、謝らなくちゃいけないことがあるの……」
「?なんでだよ?」
「あのときもらったハンカチね、大事にしてたんだけど……いつの間にか、なくしちゃっていたの……色んなところ、探したんだけど……せっかくもらったものだったのに……ごめんね」
 心底すまなそうな顔つきで、レアナはぺこりと頭を下げた。その頭に、そっと暖かい手が――まるで8年前のように――置かれた。レアナが顔を上げると、バスターは怒ってなどいなかった。それどころか、屈託無い笑顔を浮かべていた。
「そんなこと、気にしてたのか?」
「だって……」
「じゃ、今度はこのバンダナを大事にしてくれればいいさ。そうだろ?」
「……うん! ありがとう……!」
「それにさ、また転んでケガしたときは、それを使えばいいだろ?」
「うん……でも、もう、そんなに転んだりしないよ。だって、あたし、もう17歳なんだよ?」
「さあーて、それはどうだかな? お前、17歳よりも全然子供っぽいしなあ?」
「もう! ひどーい!」
 からかうような口調のバスターに対し、レアナはムキになり、軽くバスターの腕をポカポカと叩いた。

 2520年の、まだ「あの日」が訪れる以前の、穏やかなTETRA内での日常風景だった。



あとがき


BACK
inserted by FC2 system