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「……ずいぶんよごれちゃったね。ピカピカだったのに」
 レアナの声を受け、バスターも見上げるように自身の機体に目をやった。コーティングを施されていたおかげもあり、遠目には目立たなかったが、こうして近くで見てみると、確かに煤けた汚れや小さな無数の傷が目に入った。それはすぐ傍の2号機にも言えることであり、そして今は無い3号機も同様だったのだろう。
「これぐらいの傷は勲章みたいなもんだ。試作でこれだけハクがついた機体なんて、そうそう無えぞ?」
 夕陽の中で鈍く光る機体にもたれかかり、拳でコツコツと叩く。聞き慣れた軽口めいたバスターの口調ににこっと笑いながら、レアナは瓦礫の上に鎮座した1号機に手をあてた。機体に篭った熱が、グローブを通して掌へと伝わってくる。
「じゃあ、証拠になるのかな」
「証拠? 何のだ?」
「がんばってくれたっていう証拠だよ、シルバーガンも」
「……そうだな。こいつらも、働きっぱなしだったしな……」
 今日一日だけでも、そう続けようとしたものの、バスターは口をつぐんでしまった。地表へ降下して一日……いや、半日も経ってない。それなのに……今朝のことでさえ、もう遠い昔のことの様に思えてしまう……。
「バスター?」
 気遣うように自分の名を呼ぶ声と袖を引っ張られる感触に、ふと我に返る。気付けば、心配げな表情を浮かべたレアナが、見上げるようにバスターの顔を覗きこんでいた。バスターは慌てて、努めて明るい声と表情を作った。
「あ、ああ。……ま、あともうひと踏ん張りしてもらわねえとな」
「うん……」
 抱えこむように両手でバスターの腕を掴んだままレアナが答えると、それきり言葉が途切れてしまった。バスターもいつものような言葉が出ず、黙ったままレアナの手を握り返していた。先ほどまで触れていた機体の熱が残っているのか、小さな掌は少し熱かった。
 ずっとこうしてはいられない、もう間もなく行かなくてはいけない、けれど―焦るような気持ちばかりが先行していく―バスターがそんな重みに抑えこまれようとした時、再びレアナの声が響いた。
「もうひと踏ん張り……あたしたちも、だよね」
「……だよな。同じってことだ、俺達もシルバーガンも」
「がんばらなくちゃね。それで、帰ってこなくちゃ……約束だって、守れないもん」
 二人と、クリエイタとの約束。先立った仲間の眠る場所、そしてクリエイタの待つこの場所へ、必ず戻ってくるという約束―。
「バスター」
「?……なんだ?」
 バスターが傍らへ視線を落とすと、逆に自分を見上げるレアナと目が合った。
「あたしとクリエイタとの約束、破っちゃダメだよ?……バスターまでいなくなったりしたら……ダメだよ……?」
 あくまで明るい口調で、レアナは笑ってはいたが、それはいつもの屈託ない笑顔とはどこか違っていた。困ったような、泣きそうなのを堪えるような、そんな笑顔のように、バスターには見えた。こころもち屈みこむようにしてバスターは額を突き合わせると、そのままレアナの瞳を覗き込んだ。
「俺が自分で言った約束破るようなこと、する訳ねえだろ? クリエイタにいつまでも待ちぼうけ食わせる訳にはいかねえし。だいいち……」
 ほんの少しためらったものの、思い切ったようにバスターは言葉を続けた。
「お前をほっぽって、どこに行けってんだよ?」
 そう言って、バツが悪そうに視線を外す。それでも間近に顔を突き合わせていることには変わりないので、レアナにはすぐに判った。目前のバスターの顔が赤くなっていること、そしてそれが残光のせいではないことが。握っていた腕にいっそう強く力をこめ、うずめるようにバスターの肩口に顔を寄せた。
「……ありがとう……」
 それは同じ笑顔でも、つい先刻までとは違い、もう何のしがらみもなかった。安心しきった子供のような、幸せそうな笑顔だった。ひとまわり小さな肩を抱きしめるバスターにも、その安寧が伝わってくるかのように感じられた。
「……絶対、帰ってこようね。いっしょに……ここに……」

「さ、……行くか」
「うん……!」
 行ってきますってあいさつしなきゃ、そう言って小走りに駆け出したレアナの後ろ姿を見送りながら、バスターも、さほど遠くない場所に佇むクリエイタの元へ向かった。先に辿りついたレアナがクリエイタの手を取り、笑いかけているのが見えた。

「じゃあ行ってくるね、クリエイタ」



あとがき


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