[A Glimmer of Blue]


 西暦2521年7月13日。夕暮れがせまり、辺り一面が赤く染まりあがったかつての連邦軍本部周辺。
 無数の瓦礫が散乱するその中に、3つの人影が伸びていた。巡洋艦テトラ乗組員の生存者であり、人類最後の生き残りであるバスターとレアナ、そして最後のロボノイド・クリエイタが寄り添うようにそこに居た。

「クリエイタ…」
 クリエイタに髪の毛を渡したまま、バスターはそれ以上何も言えなかった。言いたいこと、託したいことは山ほどあったはずなのに。そのまま手持ち無沙汰に立ちすくんでいたバスターだったが、ふと、同様に自分の髪の毛を渡したレアナが、しゃがみこんだまま頭上を見上げていることに気付いた。
「どうかしたのか?レアナ」
「青空、もういちど見たかったなあ…」
「空…?」
 レアナの言葉を聞いたバスターは、彼女と同じように顔を上げた。だがそこに広がっているのは赤く染まった黄昏どきの空と橙色の雲であり、澄んだ青空はどこにも見えなかった。
「うん…真っ青でまぶしいくらいの空。1年前に見たような。…おぼえてる?地上テスト最終日のこと」
「ペア機動戦ノ 訓練ガ 行ワレタ日…デスネ」
 そばに佇んでいたクリエイタが静かに答えた。
「そう。バスター、ガイとの息がなかなかあわなくって、とうとう大声でケンカしちゃってたよね。”お前、クロス・ターンのタイミングも掴めないのかよっ!”とかふたりして言いあって。しかも下で待機してたあたしやクリエイタだけじゃなく、艦長にも全部聞こえちゃってるんだし。通信が筒抜けなんだもん」
「あ〜…そんなこともあったかな」
 バツが悪そうにしきりに髪を掻き揚げるバスターの様子を見たレアナの口元に、思わず笑みがこぼれた。
「だめだよ、とぼけても。その後ふたりとも艦長にすっごく怒られてたじゃない」
「あの時は1時間も艦長の説教食らっちまったな…。テトラの外装掃除なんてとんだおまけまでついてきたし。…まあ、掃除のほうはお前やクリエイタも手伝ってくれたっけな」
「すごくいいお天気で、中にいるのがもったいなかったんだもん。ねー、クリエイタ」
「雲ヒトツナイ 快晴ノ空 デシタネ」
「お掃除しながら、衛星軌道上へ行ったらしばらくはこんな空も見れないんだなあってなんとなく思ったんだけど…」
「…」
「…まさかこんなことになって…やっと地上に降りても、ながめる余裕なんてなかったし…それに…ガイも、艦長も、いなくなっちゃった…」
 レアナの明るい口調が次第に陰りを帯びはじめ、最後には堪えきれなくなったようにそのまま顔を伏せてしまった。涙が小さな顎や顔を覆う指を伝ってぼろぼろと零れ落ちて、瓦礫の上に点々と染みを作り続けていく。
 不意に自分の髪に触れる感触に気付き、レアナは顔を上げた。その暖かな手の主は確かめなくてもすぐにわかった。バスターがレアナのすぐ横にそっと腰を下ろし、なだめるように彼女の頭を撫でていた。
「レアナ」
「…?」
「これで最後じゃない、俺達は絶対に戻ってくるんだ。それで俺とお前とクリエイタと3人一緒に、またあんな青空を眺めよう。ガイや艦長が見れなかった分も含めて…それこそイヤってほどな」
 言い終えたバスターがにっと笑う。いつもの自信たっぷりなあの笑みだった。つられたようにレアナも微笑み、力強く頷いた。
「…うん…!」
「ゼヒ ソウ シマショウ」
 ふたりの様子を見守っていたクリエイタも嬉しそうな口調で答える。その目には笑顔を表すイメージが灯っていた。

「じゃあ行ってくるね、クリエイタ」
「さっさと済ませてくるぜ。留守番、よろしくな」
「ハイ 気ヲ ツケテ イッテキテ クダサイ…」
 夕暮れのなかを飛び立った2機のシルバーガンを見送ったクリエイタは、いつまでもその場所から動こうとしなかった。寂しげなその影が夕陽に照らされ、どこまでも伸びていた。

 ―それから20年― あの日飛び立った2機のシルバーガンは再び地上に戻ることはなかった。残されたクリエイタは数え切れないほど青空を見たが、そのそばには誰もいなかった。培養カプセルの中に眠るもう1組のバスターとレアナが目覚めるのはクリエイタの寿命が尽きるときであり、共に過ごすことは決してない。けれど、このまま2人と交わした約束が守られないまま終わるわけではないとクリエイタは信じている。

 何度も何度も悲劇を繰り返した果てなのか、もしくは案外近い未来なのか。いずれにしろ何時か人がこの閉じられた「環」を抜け出すことが出来た時。その時間軸の中でバスターとレアナが ―2人だけではなくガイやテンガイはもちろん、クリエイタが出会った全ての人々が― 再びここに生まれてきた時。彼らはまた同じ姿かもしれないし、もしかしたら別の姿としてこの世界に現れるのかもしれない。もちろんそれはクリエイタ自身にも言える事なのだが。けれどその形はどうであれ、また同じ時代に生まれてこれたのなら…きっともう一度逢うことが出来るだろう。その時こそ約束通り―。

「…ソノ…トキ…ガ…待チ遠シ…イ…デス…ネ…」

 培養ケースの中の目覚めぬふたりに話しかけるかのように、クリエイタはそっと呟いた。ボディこそ限界寸前のボロボロだったが、その目には20年前と同じ変わらぬ笑顔が浮かんでいた。

 間もなくクリエイタの命の灯が消えた日―その日の空も、どこまでも澄んでいた。彼が思い出の中で仲間と共に見た、あの青空のように。



あとがき


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