[真夜中の愛しき奇跡]



 連邦標準時に設定されたTETRA内の時計が午前0時を差す頃、バスターはヘッドボードに寄りかかり、イヤホンで音楽を聴いていた。ベッドサイドの明かりは最小度の照度で灯され、部屋の中はうっすらと見える程度の暗さだった。
 バスターは上も下も何も着ておらず裸のままだった。一応、最低限の行儀としてブランケットを引っ張り上げて下半身は隠しており、口には火の点いていないタバコがくわえられていた。そんな姿のままで音楽を聴きながら、バスターは自室の中をぼんやりと見つめていた。
「何を聴いてるの……?」
 愛らしい声の方向へバスターが顔を向けると、彼のすぐ横で眠っていたレアナが目をこすりながら起きあがるところだった。日付が変わる少し前、身も心も全てをさらしてバスターと愛し合った後、精根尽き果てて眠っていたレアナはいま現在、バスターのように裸でこそなかったが、その身にまとっているのはバスターのパジャマの上衣だけという警戒心のかけらもない姿だった。
 しかしそれはとりもなおさず、レアナがバスターに彼女の全てを許して委ねており、それほどまでに愛するバスターのそばにいられることにレアナが安心しきっている証拠であった。
 そのような二人だけの秘められた濃密な時間を過ごして眠りに就いても、バスターが夜中に目を覚まして起きていると、釣られるようにレアナもぼんやりとしながらも目を覚ますことが多いのは、まるでバスターとレアナ、二人の意識までもが赤い糸で繋がっているかのようにも見えた。
「起きちまったか。大昔のクラシックの曲さ。聴いてみるか?」
 バスターがそう言って片方のイヤホンをレアナに渡した。バスターから渡されたそのイヤホンを片耳に入れると、レアナはバスターの体にもたれかかって並んで座り、そっと目を閉じた。
「きれいな曲だね……」
「だろう? 目が冴えちまった時にはぴったりかと思ってな」
「うん……そうだね……」
 イヤホンから音楽を聴きながら、レアナは目を閉じたままだったが、ふと、まぶたを開くと、隣のバスターの顔を見つめた。
「どうした?」
「バスター、最近はあんまりタバコを吸わなくなったね。どうして?」
 レアナの問いかけに、バスターはくわえていたタバコを指で挟んで口から離すと、笑って答えた。
「まあ、あんまり残ってないしな。それに、いくら高性能のクリーナーもあるって言ったって、お前はタバコの臭いは嫌いだろう?」
 バスターの行為は自分のことを気遣ってのことだったのだと気づくと、レアナは片耳にはめたイヤホンを外し、申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさい……あたしのこと、考えてくれて……好きなタバコもがまんしてたなんて……」
 そんなレアナの体が急にぐいっと傾き、次の瞬間にはレアナはバスターに片腕で抱きしめられていた。バスターはもう片方の手にタバコを持ったまま、抱きしめたレアナに優しく声をかけた。
「馬鹿だな……お前とタバコと、俺にとってどっちが大切かなんて、明白だろう?」
 バスターの言葉に、レアナはかあっと顔を赤くし、それでも愛しいバスターの体にしがみつくように抱きついた。
「えっと……そんな……あの……ありがとう」
 しどろもどろになりながらもレアナが礼を言うと、バスターはタバコを箱に戻し、イヤホンを外すと、両腕で自分に抱きつくレアナを抱きしめた。
「あったかいな、お前は……」
「バスターもあったかいよ……」
 二人はしばらくの間、そんな風にお互いをいとおしみながら抱き合っていた。どれくらいの時間が過ぎた頃か、バスターはレアナの顔を片手で包み込むと、彼女の青い瞳を自身の紫色の瞳で見つめながら顔を近づけ、まぶたを閉じるとすかさずレアナの唇を奪った。今宵で何度目かの突然のくちづけにレアナは少しだけ驚いたが、特に抵抗することもなく、バスターと同じようにまぶたを閉じて素直に彼の唇を受け入れた。
 お互いの唇を夢中になって求めるだけでなく、舌をも絡め合うほどの濃厚なくちづけを長きに渡って交わした後、バスターはようやくレアナの唇を解放した。
 レアナの顔は上気して大きく青い瞳と小さな桜色の唇はどちらも潤んでおり、彼女のそのうっとりとした表情を見たバスターは、己の心臓がドクンと大きく音を立てたのを感じた。そんなバスターの心の内にレアナは気づいていないようだったが、彼と激しく求め合ったくちづけの名残を惜しむかのように、レアナはバスターのたくましい裸の上半身にさらに身を寄せて、愛しい人である彼の名前を呼んだ。
「バスター……」
「いきなりで……嫌じゃなかったか?」
 バスターの言葉に、レアナは顔を上げ、穢れない微笑みを浮かべてバスターの顔を見つめた。
「イヤなわけないじゃない……。バスターとこんな風にいられるだけで、あたし、本当に幸せだなあって思うの。それくらい、バスターのことが大好きで……こうして一緒にいられるのが、うれしくて仕方ないんだから……」
 レアナの言葉に、バスターはぽかんとしたような顔を一瞬だけ見せたが、すぐにそれはどこか不敵な、けれども彼らしい笑みに変わり、レアナを抱きしめる腕にいっそう力を込めた。
「レアナ……俺もだ……」
「バスターも同じように想ってくれてるの?……うれしい」
「ああ……これは約束と同じで絶対に破られたりしない想いだ……。これは……魂の約束だ」
「たましいの……やくそく……」
 レアナがもう一度、目を閉じてバスターにますます抱きつくと、バスターもそんなレアナを抱きしめたままベッドに倒れ込み、レアナは仰向けになってバスターに組み伏される形となった。
 そうやって彼女を抱いたまま、バスターはレアナと目を合わせると、困ったように笑ってため息をついた。
「まいったな……」
「え?」
「さっき、お前とあんなにも愛し合ったばかりなのに……俺はまだ、お前の何もかも全てを求めていて……もっと愛したくて、仕方ないんだ……」
「バスター……」
「そんな自分をどうしたって止められそうもないし、つくづく、俺は自分本位の酷い男だよな……」
「バスターは全然……ひどくなんかないよ」
 レアナの言葉に、バスターは改めて彼女の顔を見つめた。レアナは先ほどと変わらず、天使のような穏やかな笑みを浮かべていた。
「バスターの好きなようにして……バスターに愛してもらえることは……あたしにはどうしようもなくうれしいことなんだから……。さっき愛してくれたときに負けないくらい……あたしの何もかもを……もっともっと、いっぱい……愛して……」
 微笑んで自分を見つめるレアナの口から出た大胆な懇願を聞いた瞬間、バスターはまたしても己の心臓が大きく音を立てたのを感じた。しかもその鼓動は先ほど以上に大きく、バスターの愛を、それも深く激しい愛を求めるレアナの言葉が彼にとってあまりに衝撃的なものであったことを明確に物語っていた。
 そんな自身の動揺を隠すかのように、バスターはレアナのほんのりと赤く染まった頬を撫でながら、笑って言葉を返した。
「また随分と大胆だな?……朝はあんなに恥ずかしがってたお前はどこに行っちまったんだ?」
 バスターの言葉に、レアナの頬はさらに赤みを増して薔薇色に染まったものの、その表情は変わらず、柔らかな微笑みを浮かべたまま返答した。
「バスターが言ってたじゃない。昼と夜のあたしは別人みたいだって……。きっと、今のあたしは……こんな真夜中のあたしは……バスターがかけた魔法にかかってるんだと思うの……」
「だとしたら……俺は悪い魔法使いだな?」
 バスターは笑ったまま、そう返したが、レアナの笑みにはいつの間にか、彼を誘うような色香が漂っていた。それはバスターがレアナに魅了されてやまない大きな要因の一つでもある、レアナがバスターただ一人にだけ、夜にだけ見せる「女」の顔だった。
「悪い魔法使いでも……バスターならいいよ……。バスターはあたしの全部をいつだって心からたくさん愛してくれて……あたしもそんなバスターが大好きだから……。どんなに言葉を重ねても足りないくらい……愛してる人だもの」
「レアナ……」
 見慣れた昼間の子供っぽい彼女とは全く違う「女」の表情と言葉でバスターへの愛を告白して彼の愛を求めるレアナの姿に動揺しながらも、そんな真夜中のレアナもバスターが愛してやまないレアナであることには変わりなかった。現に、今のバスターは目の前のレアナのありとあらゆる全てにすっかり魅了されてしまっていた。
 バスターがまず先にレアナへの愛しさから、再び彼女を愛したいという想いに駆られたことは確かだった。だが、つややかな夜の顔でバスターにもっと愛されたいと彼に請うレアナに深く魅了された今、バスターのその想いはより一層強く彼女を求める揺るぎない激しい愛へと昇華していた。
 バスターはごくりと音を立ててつばを飲み込むと、レアナがその身にまとっているパジャマのボタンにゆっくり手を伸ばした。
 仰向けに横たわるレアナと熱っぽい瞳で見つめ合いながら、彼女のパジャマのボタンをバスターが片手で器用に一つづつ外すたびに、レアナの白い肌がむき出しになっていった。バスターの紫色の目に映るレアナの肌はなめらかで美しく、ほんの数刻前に彼女がバスターに激しく愛された証が首や胸元に赤く刻まれており、その艶めいた様はバスターの意識をいたく興奮させた。
 レアナの形の良い豊かな乳房もボタンを外されてはだけたパジャマの合わせ目から弾け出て、ツンと張りつめたピンク色の愛くるしい乳首も含めて、その様はまさに熟しきった純白の果実だった。さらにレアナには大きなサイズであるパジャマの上衣の裾も完全にはだけて、くびれた腰から続くなだらかな下腹部からは細く白い裸の足が伸びていた。
 無邪気に、そして魅惑的に微笑んで澄んだ青い目でバスターを愛しげに見つめるレアナは、もう何も身につけていないのと同然な無防備すぎる姿だった。
「バスター……はやく……来て……。うんと、たくさん……愛して……」
 愛するレアナのあまりにも露わで悩ましいが純真無垢な姿は、バスターの「男」としての本能を大きく刺激すると同時に、彼のレアナへのまごうことなき感情も熱く強く高ぶらせていた。
「レアナ……何度、この言葉を口にしても、どれだけお前の全てをこの身で愛しても、伝えきれないくらい……俺もお前を愛してる。この世の何よりも……な。お前は俺にとってたった一人の……何物とも代えられない、至上の愛そのものだ」
「バスター……うれしい……。あたしも、バスターのことが大好き……この世界でいちばん……大切な人……」
 元から何も身にまとっておらず今現在のレアナと変わらぬ姿であるバスターが、自分よりはるかに華奢なレアナに覆い被さって両腕で彼女を力強く抱きしめると、レアナも腕を伸ばしてバスターの鍛えられた体にすがりついた。
 二人はそのまま、それが当たり前の自然な行為であるように、顔を近づけると瞳を閉じて静かに、だが、とろけそうなほど熱いくちづけを交わした。もはや今夜だけで何度目のくちづけなのかということなど、バスターもレアナも忘れてしまっていたが、唇を熱く重ね合い、生まれたままの姿で深く抱き合ってお互いをひたすらに強く求めて愛し合う二人の心は、既に一つになっていた。
 遠い昔からの約束のように魂の底から愛し合う二人を阻むものは何一つとして存在せず、バスターとレアナは、一途に相手を想う純粋な愛の深い海の中に共に沈んでいった。二人にかけられた真夜中の奇跡の魔法は、少しも解ける気配はなかった――。



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