[愛という感情]



「ああ……ん! バスター!」
「レアナ……!」
 レアナの体を貫き、バスターが己の全てを彼女の中に吐き出すと、二人は共に絶頂に達した。抱き合ったまま体の力が抜け、バスターとレアナはベッドの上にぐったりとなった。それでも二人はお互いを離さなかった。レアナはバスターの首に腕を巻きつけてしがみつき、バスターはレアナの背中に腕を回して彼女の細い体を抱きしめていた。
 だが、今夜はいつもと違っていた。いつもなら、お互いの荒れた呼吸が整うと、体をほんの少し離して見つめ合い、愛情を確認するかのように口づけを交わすのが儀式のようになっていたが、呼吸が整っても、バスターはレアナを離そうとはしなかった。
「バスター……?」
 いつもと違うバスターの様子にレアナが小さな声で呼びかけると、バスターはその声に応えるように、更に強くレアナを抱きしめた。まるで今、腕を離したらレアナが消えてしまうとでも言わんばかりに。
「バスター? ねえ、バスター?……どうしたの?」
 レアナの再度の呼びかけに、ようやくバスターはレアナから体を離し、顔を上げた。それでも、その片手はレアナの片手をしっかりと握りしめていた。
「レアナ……俺を愛してくれて……ありがとう」
 思ってもいなかったバスターの言葉にレアナは驚いた表情を見せたが、すぐにバスターを気遣うような顔を見せ、空いているもう片方の手でバスターの頬に触れた。
「……どうしたの? 今日のバスター、本当にどうしちゃったの……?」
 バスターもまたもう片方の手を自分の頬を撫でるレアナの手にかぶせ、いとおしそうにその白い手を握った。
「……お前が俺をこうして愛してくれるから……俺は俺自身を認められるようになったんだ……やっと……そう気づけたんだ……」
「バスター……」
 レアナはそっと身を起こし、バスターの正面にぺたんと座り込む形で向かい合った。二人は共に何も身に着けていなかったので、部屋の中のおぼろげな光の中で二つの裸体が浮かび上がっていた。
「バスターはいつも自信たっぷりじゃない……何をやったってすごく上手だし……」
「そうか?……俺は人に弱いところを見せたくない厄介な性格だからな……だから自信があるように見えるのかもな」
「……ちがうの?」
 レアナがそう言って正面のバスターの両手を握ると、バスターもまたレアナの手を握り返した。
「俺は……父親には反感を持っていたし、母親からも捨てられたも同然だったからな。それでも一人で生きてやるって息巻いてここまで来たけど……自分自身を好きにはなれていなかった気がするんだ」
 バスターの顔を見上げながら、レアナは黙って彼の言葉を聞いていた。
「けど、この船に……TETRAに来て、ガイや艦長やクリエイタ、何よりもお前と出会ってこんな風に愛し合えて……俺は俺自身を大切にする気持ちを初めて持てた気がするんだ……」
「バスター……でも、それはちょっとちがうと思うよ」
「え?」
 レアナの言葉にバスターは驚愕したが、レアナはバスターの手を握ったまま、まっすぐに彼を見つめた。
「だって、前にお父さんが死んだことが悲しかったってバスターは言ってたじゃない……それはバスターが本当はお父さんのことを好きだったからじゃない? だったら……お父さんだって、バスターのことを大事に思ってなかったなんてことはないでしょう?」
「レアナ……」
「それに、この指輪だって、お母さんのことが大事だったからあたしにくれたんでしょう?……だったら、お母さんもきっとバスターのことを大事に思ってたと思うよ? バスターとは離ればなれになっちゃっても……それがバスターを捨てたなんてことにはならないと思うの」
 レアナが左手の薬指にはめた指輪を見せると、バスターはぽかんと口を半開きにして、目の前のレアナを見つめていた。いつもは幼い印象の彼女が、今はまるで違う大人びた女性に見えていた。
「だから……バスターはずっと前から自分のことを大切に思ってないなんてことなかったと思うの。そんな風にお父さんとお母さんに大事にしてもらった思い出があるのなら、自分のことをどうでもいいなんて思わないはず……ん……」
 バスターはレアナを抱き寄せ、彼女の唇を奪っていた。今のバスターには、それ以外に彼女への愛情を示す手段が見つからなかった。やがてレアナの唇を解放すると、バスターは笑って彼女を見つめた。それはレアナが見慣れた、いつもの自信に満ちたバスターの笑みだた。
「お前にこんなことを教えてもらうなんてな……俺は確かに、ちょっと弱気になってたかもな」
「バスター……よかった、いつものバスターに戻ってくれて」
 バスターの笑みに呼応するように、レアナも明るい笑みを浮かべていた。そのままバスターの裸の胸に寄り添うと、バスターの心音を聴くように頭をバスターの胸に密着させた。
「でも……あたしもバスターに会えて本当によかった。大好きな人がこんなに近くにいてくれることがこんなにも嬉しいことなんて……小さい頃に忘れていちゃったもの……」
「レアナ……」
 バスターはレアナの顔を両手で包み込むと、そのまま顔を近づけて、再度、口づけを交わした。レアナもバスターの首に両手を回し、二人は何度も唇を奪い合い、相手の吐息を飲み込んだ。二人の間にはもう言葉は要らなかった。ただ唇を重ね合い続ける二人の裸身のシルエットが、ブラインドを開けたままの窓から入る星の光の中に照らし出されていた。



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