[ただひとりの……]



 バスターがパチッと目を覚ますと、部屋の高くない天井が目に入った。ベッドのヘッドボードに取り付けられた時計を確かめると、まだ午前0時を回ったばかりだった。
「夢か……」
 バスターは額の汗を拳で拭いながら、先ほど夢の中で聞いた声を思い出していた。

『あなたは最高よ、ガンビーノ。誰もあなたにはかなわないわ。本当よ』

 それは今までに肉体関係を結んできた数知れぬ異性の多くが、情事の後に口にした言葉だった。だが、バスターは嬉しいと思ったことなどなかった。いつもただ聞き流していた。共に過ごす夜を数えても二桁も持続しないかりそめの関係に上っ面の言葉。それらはバスターが嫌というほど体験してきたものだった。
 バスターはふと自分の左隣に感じる暖かさと柔らかさに気づき、そっとそちらのほうを見た。そこには、レアナが穏やかな表情で眠っていた。レアナはバスターと愛を確かめあった後は大抵はぐったりしてもぞもぞとバスターのパジャマの上衣を着るか、そんな気力さえなく裸のままでか、いずれにせよ、あられもない姿でバスターのすぐ横でぐっすりと眠りに就く習慣となっていた。
 今夜も、頭から爪先まで何も身に着けぬまま、バスターのたくましい腕に細い腕を絡め、レアナはすうすうと静かな寝息を立てていた。バスターの体とレアナの体が何の障害もなく直接、肌越しに密着しているので、そこからお互いの体温が直に伝わってきた。加えて、バスターの左腕には、やはりぴったりとくっついた柔らかなレアナの乳房の感触が心地よかった。
 そんなレアナを起こさないように注意しながら体の向きを彼女のほうへ向けると、バスターは自由な右腕をレアナの体に伸ばした。
 まずは背中。すべすべしたその肌は白く、薄暗い部屋の中では輝いてさえ見えるようだった。それからくびれた腰、形のいい臀部へと右手を滑らせ、最後に右手を上へ戻すと、細い体に反して豊満な乳房をそっと撫でた。こんな華奢な体で毎夜、自分の激しい愛欲を受け入れてくれているのだと思うと、バスターの中に、熱い何かがこみ上げてきた。それはレアナを純粋に想う気持ちであり、バスターは無防備に眠るレアナがいとおしくてたまらなかった。
 バスターがレアナを心から愛していることは、愛してもいないゆきずりの相手の千の賞賛の言葉よりも、レアナが愛しげに自分の名前を――バスターという本名以上に根付いた通称を――呼んでくれるほうが嬉しくてたまらない事実からも明らかであり、そしてまた、バスターのレアナへの想いの強さを証明していた。
 自分以外の他者をこんなにも愛することが出来ることを知ったとき、愛を知らずに生きてきたバスターにとって、それはあまりにも驚異だった。同時にこの揺るぎない愛を教えてくれたレアナは、バスターにとって唯一無二の半身であり、なにものとも代え難い宝物になっていた。
 バスターは自分の中に沸いた衝動に耐えきれず、レアナの唇に唇を重ねた。それは初めは軽く、徐々に深いものとなっていた。バスターの舌がレアナの舌を絡め取り、息を交わし合う中で、レアナが小さな声をあげた。その声に気づいたバスターがレアナの唇を解放すると、レアナは眠たげにぱちぱちと目を開け、少し驚いたような表情でバスターを見つめ返した。
「……バスター? ど、どうしたの……?」
 バスターは何も答えず、もう一度、レアナの唇を深く塞いだ。レアナは声を漏らしたが、何も抵抗はしなかった。そうやって幾ばくかの時間が流れた後、やっとバスターはレアナを再び解放した。レアナは顔を赤く染め、唇を手で押さえて小さな声で反論した。
「やだ……もう……バスターったら……本当にどうしたの?」
 レアナのそんな小さな様さえ、バスターには愛しかった。レアナを両腕で抱き寄せると、バスターは彼女の耳元で大切な秘密を明かすようにささやいた。
「お前は俺のすべてなんだ、レアナ……愛してる」
 レアナをしっかりと抱き、バスターの言葉は一言一言を噛みしめるようだった。そんなバスターの突然とも言える愛の告白に対し、レアナはよりいっそう、顔を赤らめたが、自らも両腕を伸ばし、バスターの体にしがみつくように抱きついた。そのまま、レアナもまた、バスターの耳元でささやいた。
「バスター……あたしもバスターが大好き……ずっとこんな風にそばにいて……あたしと……一緒にいて……」
 そう言うと、レアナは自分からバスターの唇に口づけした。それはごく軽いもので、レアナはすぐに唇を離したが、バスターはそんなレアナを逃さなかった。次の瞬間、今夜で何度目か分からない、深い深い口づけを、バスターはレアナに与えていた。
 お互いがお互いの最高の伴侶となれる、この世でたった一人の真のパートナー。それはこの世で人として生きる者ならば、誰にでも存在している相手なのだが、巡り会うことがあまりにも稀なのだ。
 だが、二人はそのたった一人の相手に出会えた。バスターはレアナと。レアナはバスターと。
 深く口づけを交わし、相手の体温と鼓動を確かめながら、バスターとレアナはかけがえのないパートナーと巡り会い、結ばれることが出来た奇跡と運命に、心から感謝していた。
 生まれたままの姿のまま、お互いを決して離すまいと固く抱き合いながら。



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