[腕の中の魂]



「レアナ!……うああああっ!」
 叫び声と共にバスターが目を開くと、そこにはうす暗い自室の天井があり、祖に天井のほうへ伸ばされた自分の片腕があった。叫び声と共に、夢の中だけでなく現実でも片腕を伸ばしていたらしい。その伸ばした片腕を引っ込め、手のひらを見つめながら、バスターは夢の中で伸ばした片腕の先にあった光景を思い返していた。
「……どうしたの? バスター?」
 バスターの叫び声に反応したらしく、彼の隣で眠っていたレアナが目をこすりながら目覚め、心配そうにバスターに声をかけてきた。バスターがレアナのほうを向くと、彼を見つめるレアナの顔と剥き出しの肩と胸とが視界に入ってきた。毎晩、ベッドの上で愛し合った後はバスターがそうであるように、レアナも何も身に着けてはいなかった。以前は脱ぎ捨てたパジャマをおざなりとはいえ着直していたが、夜を重ねるごとにそれも面倒になって、二人はいつ頃からか、裸のまま眠りについていた。
 バスターは手を伸ばすと、まるで彼女の体温を確かめるかのように、レアナの頬に触れてきた。
「何かあったの?……きゃっ!」
 バスターはレアナの頬に触った後、伸ばした手でレアナの片腕を掴むと強引に彼女を引き寄せ、その唇を奪った。貪るようにレアナの唇を自身の唇で絡め取るバスターに、レアナは束縛されるかのように強く抱きしめられ、何の抵抗も出来なかった。ようやくバスターが唇を離すと、レアナはいつもとは違うバスターの様子に半ば怯えながら、恐る恐る口を開いた。
「……ど、どうしたの? ねえ、バスター……あっ!」
 バスターはレアナの問いに答えることはなく、彼女の裸の体を組み敷くと、乳房にかぶりついた。毎夜のバスターとの営みで激しい愛撫を受けているため、元から大きかったレアナの乳房は更に大きくなっており、その豊満さと柔らかさをバスターはむしゃぶっていた。だが、いつもと違っていたのは、その仕草があまりに乱暴なことだった。
「バ、バスター……! やめ……て……!」
 レアナの体はバスターの横暴な愛撫に反応していたが、心は突然のバスターの行動に戸惑うばかりだった。抗おうにも、レアナの両腕はバスターの両腕で抑え込まれており、レアナはただその裸体をバスターにされるがままに晒していた。
「バスター……! おね……がい……!」
 レアナは何度も懇願したが、バスターは聞く耳を持たなかった。胸に口で愛したしるしの赤い痕を幾つも刻みつけると、今度は腰へ、そして下腹部へと、バスターは愛撫しながらレアナの体を下の方へと降りていった。
 レアナの心はただ戸惑うばかりだった。バスターに愛されることはレアナにとって何よりも幸福なことであり、毎夜、彼が何度も彼女を求めてきても、それを拒否することなどなかった。バスターに抱かれているとき、レアナはいつも愛されている喜びに震えていた。
 けれど、今のレアナは喜びを感じてはいなかった。バスターの愛撫に体は反応していたが、心は戸惑い、怯えていた。こんな思いでバスターに抱かれたくはなかった。レアナの瞳からは涙がこぼれ、ぽろぽろとシーツの上に落ちて染みを作っていた。
「おねがい……バスター……やめ……て……」
 レアナは泣きながら、必死にバスターに呼びかけた。その涙が混じった声に、両足で閉じられたレアナの蜜口を襲おうとしていたバスターの動きがぴたっと止まった。バスターはゆっくりと顔を上げ、レアナを見つめた。
「レアナ……泣いてるのか?」
 バスターの言葉にレアナは答えなかった。ただバスターから顔を背けて涙をこぼし、時折しゃくりあげながら泣き続けていた。そんなレアナの様を目にしたバスターは、はっと何かに気づいたような顔をした。そして、ベッドサイドの明かりを灯すと、レアナの顔にゆっくりと手をやった。
「レアナ……」
 バスターの指が涙の粒を拭き取る感覚に、レアナがバスターのほうを向くと、バスターの表情はうす暗がりの中で見た先ほどまでのそれとはまるで違っていた。あたかも憑き物が落ちたような、そんな表情だった。
「バスター……」
 レアナはまだ涙が残る声で自分の体の上のバスターの名を呼んだ。その声を聞いたバスターは、レアナの顔を両手で包むように触ると、そのまま両手を滑らせて彼女の体を抱きしめた。そこには、力で彼女を抑え込んで乱暴にレアナの体を奪っていた時の凶暴さはもうなかった。
「レアナ……ごめん」
 レアナを抱きしめながら、バスターは彼女の耳元で呟いた。レアナがバスターの顔を見やると、バスターはさっきまでの自分の行動を深く後悔している顔をしていた。
「バスター……」
 彼女が知るいつものバスターに戻ったのだと確信すると、レアナはバスターの顔に手を伸ばし、そっと撫でた。
「ねえ……どうしたの?」
 バスターはしばらく黙ったままだったが、自分の顔に伸ばされたレアナの手に、一回り大きな手を重ねると、ようやく口を開いた。
「お前が……」
「あたしが?」
「お前が……俺の目の前で死ぬ夢を……見たんだ」
「え……?」
 バスターの言葉にレアナは驚いた表情を見せ、バスターはそんなレアナに顔を近づけて見つめた。
「シルバーガンに乗ったまま、あの正体不明の敵に襲われてお前が死んで……俺は何も出来ず、ただ見ていることしか出来なかった……そこで目が覚めて……それでもお前が本当に生きてるのか自信がなくて……ただお前の存在を自分の体で感じたくて……あんなことをしちまった……」
「バスター……」
「でも、そんなの俺の独りよがりで勝手な理由だし、お前を無理矢理に犯すような酷いことと一緒だったんだよな……怖かっただろう?……本当に……悪いことをしちまった。ごめん……って言葉だけじゃ……足りないよな」
「バスター……そんなこと……ないよ」
 レアナはそう言うと、バスターの唇に軽く唇を重ねた。まるでバスターが彼女に行ったことも、その先に行おうとしたことも、全てを許すかのように。バスターが驚いてレアナを見ると、目の前のその顔には優しい笑みが浮かんでいた。
「バスターはあたしのことを大事に思ってくれているから……そんな夢を見て、混乱しちゃったんでしょう? あたしだって……そんな夢を……バスターが死んじゃう夢を見たら、平気でなんかいられないと思うもの……」
「レアナ……」
「だから……もう自分を責めないで。さっきまでのバスターは怖かったけど……今、あたしのすぐそばにいるバスターは、いつものバスターだもん……やさしいバスターだもん……」
 バスターはレアナを見下ろしながら、彼女の温かな言葉に癒されているような感覚を覚えていた。バスターは神を信じてはいなかったが、あんな力ずくな行動で彼女を犯すも同然のことをしかけた自分を許して受けいれてくれているレアナは、バスターにはまるで天使のように見えた。
「レアナ……許してくれるのか?」
「許すも許さないも……あたしは何も怒ってないよ? それに……もう怖くもないんだから……」
「レアナ……」
「バスター……あたしはちゃんとここにいるよ。あたしが今、ここにいるっていう証に……あたしのこと……いつもみたいに感じて。いつもみたいに……愛して……」
「いい……のか……?」
 レアナの言葉にバスターが念を押すように確認すると。レアナは顔を赤らめながらも、バスターの唇を指でなぞった。
「……いいよ。バスターがあたしを感じてくれることは……あたしを愛してくれることは……あたしだってうれしいもん……」
「レアナ……!」
 バスターはレアナの名を愛しげに呼ぶと、彼女と唇を重ねた。その口づけは深かったが先刻のような力づくのものではなく、レアナの存在を慈しむように優しかった。バスターが唇を離してレアナの乳房にやはり優しく口づけを落とすと、レアナはその愛撫に、愛欲の高まりに満ちた熱っぽい声をあげた。
「あん……! バスター……!」
 レアナのその声がバスターには愛しくて仕方がなかった。バスターはいったん顔を上げると、紫色の瞳にレアナを映し、真剣な表情でささやいた。
「レアナ……愛してる……俺が愛した女は……お前だけだ……」
「バスター……うれしい……あたしもバスターのこと……大好きだよ……」
 バスターとレアナはもう一度唇を重ねてお互いの愛を確かめ合い、その後、バスターは再びレアナの白い裸の体に口づけを落とし続けた。レアナはそんなバスターに露わな体の全てを委ね、バスターは彼に何もかもを任せるレアナの体を、唇と指とで愛し尽くそうとした。バスターの息づかいとレアナの甘い声が響く部屋の中では、ベッドサイドの明かりだけが灯っていた。
 バスターはレアナを優しく、だが強く愛することで彼女は自分の腕の中に確かにいるという安堵の喜びを感じ、レアナはバスターに誰よりも深く愛されているという幸福を感じていた。ほのかに明るい部屋の中で、二人は熱い愛の歓喜に包まれていた。バスターが見た悪夢の影も、レアナが感じた恐怖の片鱗も、そんなものはもう、どこにもなかった。



BACK

inserted by FC2 system