[愛という名の劇薬]



「ん……」
 眠っていたバスターは、自分の唇に柔らかい感触を覚えた。バスターが何度か瞬きをした後に目を開けると、そこにはレアナの笑顔があった。
「バスター、おはよう」
 レアナはバスターのすぐ横、彼の腕の中からバスターに微笑みかけた。バスターの赤い髪に手を伸ばし、指先でくるくるといじっていた。
「……レアナ。なんだ、もう起きる時間か?」
「ううん。まだ6時になる前。起きるにはちょっと早いね」
 TETRA内の朝食の時刻は7時半。昼食や夕食の準備は手の空いたクルーも手伝うが、朝食の支度は基本的にクリエイタが単独で行うため、クルーはその時刻に間に合うようにめいめい起きてくるのが習慣となっていた。
「そうか……」
 バスターは仰向けになると、目をこすり、真上の天井を眺めた。その視界に、上半身を起こしたレアナが入り込んできた。レアナは何も身に着けておらず、裸のままだったが、それはバスターも同様だった。
「ごめんね。まだ、ねむたかった?」
「いや……そんなことはねえよ。ただ……」
「ただ?」
「お前のほうからキスしてくるなんて、大胆になったもんだな」
 バスターの言葉にレアナは顔を赤くしたが、必死な様子で反論した。
「だ……だって、バスター、すごく気持ちよさそうに寝てて……か、かわいかったんだもの。だから……あたし、思わず……」
「可愛い? 俺が?」
 レアナの言葉に意外そうな顔をしながらも、バスターは自分を見下ろすレアナの唇に人差し指で触れ、口の端を曲げてニヤッと笑った。
「俺からすれば、今のお前の方がずっと可愛いけどな。もっとも……お前はいつだって可愛いんだけどな。特に夜なんて……たまらねえよ」
「や……! バスターってば……!」
 レアナは更に顔を赤くしたが、バスターから顔を逸らすことはなかった。バスターはそんなレアナの顔から視線をずらし、露わなままのレアナの裸体を見た。レアナは自分の体を何も隠していなかったので、豊満な乳房もピンク色の艶っぽい乳首もよく見えた。その白い乳房やそこから伸びる首筋、そしてくびれた腰へと続く腹部には、小さな赤い跡が花びらのように幾つも残っていた。それらはゆうべ、バスターがレアナを愛した痕跡だった。
 レアナはバスターの視線に気づき、慌てて両手で胸を隠すと、顔を赤くしたままほんの少しだけ怒ったようにバスターを睨んだ。だが、そんな表情さえ、バスターには愛しかった。
「バ、バスター……! ど、どこ見てるの……!?」
「いや……お前の胸、元からでかかったけど、また少し大きくなってないか?」
 バスターが軽口めいてそう言うと、レアナは彼女自身も自覚していたのか、両手で胸をぎゅっと抑えた。
「そ、それは、バスターがいっつも……あんなことしてたら……!」
「それに……俺、昨日は特に張り切っちまったみたいだなって……」
 続けて出たバスターの言葉に、レアナは自分の体に目を向け、バスターに愛された証拠である赤い跡に気づいた。そこから、昨夜のバスターとの情事を思い出したのか、耳たぶまで赤くしてうつむいた。そして、小さな声を漏らした。
「……バスターは……毎晩、そうじゃない……ゆうべだけでも……すごかったじゃない……」
 レアナはバスターがした行為には具体的には触れなかったが、レアナを愛するバスターの行為は夜を重ねるたびに激しくなっていた。レアナという少女がバスターと結ばれることで女となったあの晩から、バスターはレアナの全てを愛し続け、今やレアナの体でバスターの指と舌が触れていない場所などないほどだった。
 バスターはうつむいたレアナの顔に手をやり、自分の方を向かせると、少しすまなそうな顔をしてレアナに語りかけた。
「お前に無理させちまったのなら、悪かった……けど、お前をもっと感じていたいから……お前と一つでいたいから、つい、お前を愛しすぎちまうんだ……それだけは、分かってくれ」
「バスター……」
 レアナは自分の顔に触れるバスターの手に自らの手を重ねると、上半身を屈め、バスターの体の上に重なる形で抱きついてきた。二人の裸の胸と胸が触れ合い、直に伝わってくるレアナの体温が、バスターにはたまらず愛おしかった。
「あたしも、バスターに愛してもらうことはイヤなんかじゃないから……あたしだって……バスターを感じていたいもの……」
 バスターはレアナの髪を撫で、彼女の背中に腕を回した。
「レアナ……お前……」
「……それこそ……あたし、どうにかなってもいいもの……」
「前に、お前にペースを考えてって言われたのに……俺、全然、考えてなかったものな」
「う、うん。ちょ、ちょっとは、考えてほしいけど……バスターが愛してくれるのなら、それがどんなにすごくても……あたしは、かまわないから……」
「レアナ……」
「……バスター、今も……また……夜みたいな……こと……したいんでしょう?」
 レアナの口から途切れ途切れに出た思いがけない言葉にバスターは驚いたが、レアナは赤い顔を上げると、腕を後方に伸ばした。
「だって……バスターの……大事なところ……こんな風に……なっちゃってるじゃない……さっきから、あたしの体に……当たってきて……」
 小さな声でそう言うと、レアナはバスターの男の証である場所にそっと触れた。口づけから始まったレアナとのやりとりの間、ゆうべ愛し合った痕跡などを目にし、レアナの肌とその体温を直に感じたりしているうち、バスターも気づかぬ間に彼の中の愛欲が目を覚ましてしまったため、バスターの男としての分身は熱く猛り、反り返っていた。男性の身に起きる朝の生理現象だけでは、これほど堂々と熱を持ってそそり立つはずはなかったから、そんな理由で片づけることも出来ず、バスターは顔を赤らめ、いきり立った自分の分身を隠すように握った。
「参ったな……俺、朝から変なこと考えちまったみたいだ……」
「だ、だから……あたしの体で……バスターの気持ちがおさまるのなら……あたしは……いいから……」
 レアナの言葉に、またもバスターは驚愕した。レアナの申し出はバスターの猛りを鎮めるためであることはバスターにも分かっていたが、同時に、レアナが自ら「愛してほしい」と言ってきたも同然だったからだった。以前にバスターが酒を飲んだときにも、レアナが似たメッセージを伝えてきたことはあったが、それでもやはり、レアナのほうからバスターを求めてくる姿には、バスターはまだ慣れていなかった。バスターはレアナを愛することで彼女を少女から女にした張本人だったが、それでもバスターの中では、少女としてのレアナのイメージのほうが大きかったのかもしれなかった。
「……そんなことして、いいのか? もう朝だし……ゆうべからこれで何回目か、分かってるか?」
 バスターの質問に、レアナは当然のことだが答えられなかった。昨晩にバスターと愛し合って共に絶頂を迎えた回数は、数えるのに片手の指を全て使い切ってしまうほどだった。だが、そんなことは恥じらいが邪魔をして、レアナに言えるわけがなかった。それでも、今の自分の気持ちだけは伝えねばという想いから、レアナは言葉を絞り出すように呟いた。
「だって……そうしないと、バスター……こまるでしょ? それに……これは、バスターに……愛してもらえること……なんだもの。だから……あたしは……」
 そこまで言って口をつぐんでしまったレアナを見つめ、バスターは彼女へのどうしようもない熱愛が沸き上がってくるのを感じた。バスターはレアナを抱きしめ、ベッドに横たわらせ、華奢な彼女を自分のたくましい体の下に組み敷くと、真剣な表情でレアナに語りかけた。
「すまない、レアナ……でも……ありがとう」
「……お礼なんて、そんな……そ、そんなことより……」
「なんだ?」
「……中途半端じゃなく、ちゃんと……愛してね?……バスター……」
 レアナの瞳と唇は潤み、その顔は既に「女」となっていた。バスターに愛されるときだけに見せる、夜の顔だった。
「ああ……もちろんだ……お前を愛せることに手を抜くなんて……出来ねえよ……!」
 バスターは顔を近づけると、レアナにそう囁いた。バスターの顔も「男」となっていた。レアナと愛し合うときに見せる、レアナだけが知る顔だった。
 バスターはレアナの唇を塞ぎ、貪るように深い口づけを交わした。もう二人の間に言葉は要らなかった。バスターはレアナの乳房に始まって彼女の白い裸体に新たな赤い花びらを散らし、蜜口を指でかき混ぜて愛撫し、バスターの愛欲に支配されたことでその胎に彼を迎え入れられる体となったレアナと、猛った己自身で以て激しく交わった。ただひたすらにレアナを求め、肌を重ねることで、バスターは自分の中で燃え盛るレアナへの愛を再確認していた。レアナもバスターに愛されることで、彼の苛烈な愛をその身と心にまた新たに刻みつけていた。
 今がもう朝だということも忘れ、バスターとレアナは気が狂いそうなほどに深く愛し合っていた。レアナを求めるバスターの切ない声と、バスターに愛されるレアナの甘い声とが部屋の中に響いていた。朝から肉欲に溺れるという背徳も、二人には関係なかった。モラルなどという言葉は、愛し合う二人の前では意味さえなかった。



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