[響きあう鼓動]



 レアナがベッドの上で目を覚ますと、バスターの裸の背中が目に入った。バスターは彼女の横で眠っていたはずだったが、レアナが眠りに落ちていた間に、いつの間にか起きていたらしい。レアナがベッド脇に備え付けられた時計を確認すると、まだ深夜と言える時間だった。
 バスターの表情はレアナからは分からなかったが、紫煙がわずかに漂っているのを目にし、彼がタバコを吸っていることは分かった。バスターが個人的に持ち込んで使用しているエアクリーナーは安くはなかったがその値段に見合った高性能なものだったので、レアナはタバコの臭いは全く感じなかった。
 それでも、レアナと一緒に眠るようになってからは彼女への影響を案じたバスターは、レアナが眠ってから彼女に背を向けて出来る限りタバコの煙がレアナのほうへ行かないように気をつけ、そっと吸うようになっていた。
 レアナは起き上がろうとしたが、自分が何も衣服を身につけていないことに気づき、すぐそばに落ちていたバスターのパジャマの上衣を手に取って羽織った。ボタンは閉めず、胸を隠すように両手でパジャマの前を合わせると、レアナはバスターの名前をそっと呼んだ。
「バスター」
 レアナの声に、バスターは少し驚いたように振り返ったが、すぐに表情を和らげた。
「ああ……どうした? 起こしちまったか?」
「ううん。たまたま起きちゃっただけ。ごめんね、せっかく吸ってるところ、じゃましちゃって」
「いや……もう吸い終わるところだったし、邪魔なんかじゃねえよ」
 その言葉通りバスターがくわえているタバコはだいぶん短くなっていた。バスターは口元からタバコを離すと、灰皿に押さえつけて火を消し、密閉式の蓋を閉じた。
 レアナはバスターの隣にぺたんと座り、自分とは比べ物にならない鍛えられた体に寄り添った。バスターの体からは微かにタバコの残り香が漂ったが、レアナは構わなかった。確かにタバコの臭いは心地よいとは言い難かったが、それも含めて、レアナはバスターの匂いが好きだった。彼に抱かれているとき、その匂いに自分の体が包まれることも嬉しかった。
「どうしたんだ?」
 バスターはそう言いながらレアナの肩に手を置き、彼女の細い体を抱き寄せていた。レアナはバスターの胸に頭を寄せて嬉しそうに微笑んでいた。
「……バスターの……」
「なんだ?」
「バスターの心臓の音って、どうしてこんなに安心できるのかな……」
「……そうか」
 バスターはフッと口元で笑うと、レアナを抱き寄せる左腕に力を込めた。それ以上は何も言わなかったが、レアナの言葉をバスターが嬉しく思っていることはその様子から明らかだった。
「多分……俺と同じ理由だからじゃないかな」
「バスターと? おなじ理由?」
「ああ」
 そう言うとバスターは両腕でレアナの体を持ち上げた。レアナを膝で立たせると、バスターは彼女の上半身を抱き寄せ、華奢な体に反して豊満で形の整った乳房の間に顔を埋めた。
「バ、バスター!?」
 バスターの思いも寄らぬ行動にレアナはびくりと体を震わせ驚いたが、目を閉じて安堵の表情を見せるバスターの様に、何も言えなくなっていた。バスターが自分を抱いてそんな表情を見せたことに、レアナはぽっと心の中に小さな火が灯ったかのような穏やかな感情を覚えていた。
 膝立ちになったときに肩からかけていたパジャマの上衣はするりと落ちていたため、レアナは一糸まとわぬ姿になっていたが、そんなことさえレアナは忘れていた。ただ、自分の胸に密着したバスターの頭にそっと手を回し、赤い髪を優しく撫で、抱きしめた。
 どれくらいの時間が流れたのかは分からなかったが、長い時間、二人はそうして抱き合ったままだった。やがてバスターは紫色の目を開くと、レアナを抱きしめたままつぶやいた。
「お前の心臓の鼓動に……俺も安心出来るんだ」
「バスター……」
「お前っていう何物にも代えられない命がこの腕の中にある……そう思えるからかな」
 その言葉に、レアナの心臓のリズムはトクトクと速くなった。だが、バスターは構わず彼女の胸に顔を埋めたまま、もう一度目を閉じてレアナの心音に耳を寄せていた。レアナもまた、バスターの赤い髪の中に顔を埋め、同じように目を閉じていた。
 また長い時間が流れた後、目を開けたレアナは膝を下ろし、バスターの前にすとんと座り込んだ。二人の身長差から、必然的にバスターの顔をレアナが見上げる形になった。自分を見下ろすバスターの顔を両手で包みながら、レアナは優しくささやいた。
「あたし……本当にしあわせだよ。バスターが……あたしの大好きな人があたしをこんなに大事に想ってくれているなんて」
「レアナ……」
 バスターは自分の顔を包むレアナの手に片手を添えると、もう片方の手で彼女の顔を引き寄せ、唇を重ねた。お互いの息を交わし合い、唇を離すと、バスターはレアナの青い瞳を正面から見つめて言葉をこぼした。
「俺もだ……こんな幸せでいいのかって……お前は俺の……全てなんだって……そう思えるんだ」
 一言一言を噛みしめるようにそれだけ言うと、バスターはもう一度レアナの唇を塞いだ。貪るような激しい口づけを交わしながら、バスターはレアナの体をベッドに横たえた。レアナは抵抗などしなかったが、バスターがようやく唇を解放すると、顔を赤らめて目前のバスターを見つめ返した。
「……あの、バスター……?」
「イヤか?」
 バスターが少しだけ意地悪そうに笑うと、レアナはますます顔を赤くしたが、ぶるぶると頭を振った。
「う、ううん……バスターがそうしたいのなら……あたしは……」
 レアナはそれだけ言うのが精一杯だった。それ以上はとても言えなかった。だが、レアナのそんな様子がバスターにはたまらなく愛しかった。そのままレアナの白く細い首筋に唇を這わせると、レアナはたまらず声を上げた。その甘い声もまた、バスターにとってはこのうえない媚薬だった。
「あ……ああん!……バス……ター……!」
「レアナ……!」
 お互いの名前を呼ぶ切ない声が仄暗い部屋の中に響いた。同時に二人がお互いを求め合う想いもまた、声とともに響きあい、二つの熱い体と魂を包み込んでいた。二人の心と体を隔てる物は何も存在しなかった。



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