[愛しき想いに]



「はあっ……はあっ……」
 バスターが大きな呼吸を繰り返すその体の下で、レアナもまた大きく荒い呼吸を続けていた。そんなレアナを気遣って、バスターはレアナの首筋に汗で張りついた髪を指先ですくい、紅潮した頬を撫でた。
「レアナ、その、痛くなかったか……?」
 二人が結ばれて二度目の夜。バスターの部屋で二人はお互いの想いを確かめ合っていたばかりだった。
「うん……ちょっとだけ痛かったけど……大丈夫だよ」
 自分の頬を撫でるバスターの手に手を重ね、レアナは呼吸を整えて笑って見せた。ほんの少し前は大人びた女性の顔を見せていたが、今はいつもの無邪気な子供っぽい笑顔に戻っていた。そのギャップも、バスターにはひどく愛しかった。
「そうか……痛くさせて悪かったな。すまなかった」
「バスターはあやまったりしなくていいよ。だって……すごくやさしかったもの」
「そ、そうか?」
 バスターは照れ隠しに髪をかきあげた後、レアナの横に寝転がった。元々シングルで使うベッドなのでそう広くはないが、二人が身を寄せて眠るには多少狭いとはいえ十分な大きさだった。
 レアナはそんなバスターの体にくっつき、バスターもそれをうっとうしいなどと思わないでレアナを抱き寄せていた。二人はしばし無言だったが、ふとバスターがレアナのほうを見ると、レアナの顔が赤くなっていることに気づいた。その様は先ほどの興奮の時とはまた違ったようだった。
「どうした……?」
 バスターがレアナの淡い色の髪を撫でると、レアナはますます顔を赤くして俯いてしまった。だがバスターは問い詰めるようなことはせず、レアナが自分から話し出すまでゆっくりとレアナの髪を撫でていた。
「あのね……あたし、まだはずかしいの」
 レアナがようやく絞り出した言葉に、バスターは今朝のやり取りを思い出した。レアナは自分がはしたないと思い込んでおり、それをバスターが優しい言葉で諭したのだった。
「……まだ自分がはしたないんじゃないかって思ってるのか?」
「うん……まだちょっと……」
 バスターの問いに、レアナはこくりと頷いた。
「でも、それだけじゃないの」
 レアナは一呼吸置くと言葉を続けた。
「……バスターとさっきみたいにしていると、えっと、その、気持ちが……」
「気持ちがいいってか?」
 バスターが悪戯めいた口調で笑ってそう言うと、レアナはますます顔を赤くした。
「バ、バスター! そんないきなり言わないで!」
「でも、合ってるんだろう?」
「……う、うん」
 バスターが笑ったままレアナの熱く赤くなった頬に触れると、レアナは下を向いてかろうじて聞こえる大きさで呟いた。やがて顔の火照りが収まって赤味も薄れた頃、レアナはバスターと改めて向き合って言葉を続け直した。
「……そ、そんな気持ちでいると……あたし、どうにかなっちゃうんじゃいかって……こわくて……」
 その言葉に、自分の腕の中にいるレアナがどんな思いだったのかにようやくバスターは気づいた。男性の自分が得るのはまず快楽であり、それは女性のレアナも初体験の痛みなどを別とすれば男性と同じなのだと考えてきた。だがそれは考慮不足であり、レアナが初めて味わう感覚に恐怖を持って怯えていることに気づけなかった自分が情けなかった。
「……大丈夫さ。どうにかなるなんて、そんなことはないんだから」
「本当……?」
「ああ、本当だとも」
 レアナはしばらくの間、目の前にいるバスターの紫色の瞳を見つめていたが、やがて口元に微かな笑みを浮かべた。
「そうだよね……バスターは、あたしのことを好きだって想ってくれているからああいうことをするんでしょう? そんな風にあたしを想ってくれている人のせいでどうにかなっちゃうなんてありっこないもんね」
 レアナのその言葉に、バスターは一瞬、ドキッとした。確かにレアナを愛しているからこそ彼女を抱いた。それは間違いない事実だった。
 今までの自分の女性関係を振り返ってみても、そのほとんどは一晩か二晩ほどの関係だったし、重度の人間不信も手伝って、相手に対して恋愛感情など持ったことはなかった。だが、ゆうべレアナを初めて抱き、そして今夜も抱いた時に感じた快楽と喜びは、それらの過去の経験とは比べ物にならない大きさだった。
 だからこそバスターは自信を持って断言出来る。レアナを心から愛していると。そう自身の気持ちを確かめ直すと、バスターは笑って答えた。
「そうさ、当り前だろ?」
 バスターは笑ったままレアナを抱き寄せ、ごろんと転がると彼女を自分の下に組み敷いた。
「バ、バスター?」
 バスターの急な行動にレアナは戸惑った表情を見せたが、その顔を隠すかのようにバスターが唇を重ねてきた。
「……ん」
 くぐもった声を一瞬だけ漏らしたものの、レアナは抵抗はしなかった。ただ、バスターの手に細く白い手を絡ませてきた。バスターは指を絡ませてその手をしっかり握った。ようやくバスターがレアナの唇を解放すると、レアナはもう今夜だけで何度目か分からないほど真っ赤な顔をしていた。
「バスター……なにするの? もう……」
「お前への気持ちの証拠さ」
 バスターはそう言うと、首筋と豊満な乳房にも口づけを落とし、赤い跡が白い肌に残った。その赤い跡はまるで、バスターのレアナへの想いから咲いた花のようだった。
 レアナは少しの間黙っていたが、不意にブランケットで胸元を隠して上体を起こすと、バスターに抱きついてきた。
「レ、レアナ?」
 レアナは何も言わず、バスターの背中に手を伸ばして抱きついていた。胸元を隠していたブランケットが滑り落ちたがレアナは気に留めなかった。そしてまた少しの時間が経った後、ぽつりと呟いた。
「バスター……あたしを離さないでね。ずっと……ずっとそばにいて……」
 レアナの言葉にバスターは感動にも似た感覚を覚えていた。レアナの体に腕を回し、しっかりとレアナを抱きしめた。こんなにも幸福な時を自分から手放すなんてあり得ない。心の底からそう思いながら、バスターは絞り出すように声を出した。
「もちろんだ……誰にも渡したりするものか……!」
 二人はそのまま、何も身にまとわず裸で抱きあったままだった。まるで互いの体温がひとつに感じられるほどだった。それはたまらなく熱く―――愛しい感覚だった。



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