[First Morning]



 目を開く前から、温かな感触を感じていた。バスターは自分の腕の中で眠るレアナに目をやった。母親の胸で眠る安心しきった赤ん坊のように、レアナは穏やかな表情で静かな寝息を立てていた。その表情を眺めながら、バスターは昨夜の出来事を思い出していた。

 レアナを初めて抱いた夜。最初はおびえるレアナの緊張が、バスターにも伝わってきた。だがバスターと口づけを幾度となく繰り返し、彼の愛撫を感じるごとに、レアナの体の緊張は解けていき、代わりに熱を帯びていった。そしてバスターと結ばれ、彼の全てをその細い体に受け止めた。そのときの官能的な「女」の表情を浮かべたレアナは、バスターが初めて見たレアナであり、バスターだけが知るレアナであった。バスターにとって、これまで以上にレアナが愛おしかった瞬間だった。

 バスターはレアナのなめらかな髪に指を通し、そっと梳いた。そしてレアナの顎に手をやると、そのまま静かに顔を持ち上げ、唇を重ねた。ゆうべと同じ、柔らかく温かな感触が感じられた。そのとき、レアナがかすかに声をあげた。
「ん……」
 バスターが少し慌てたように顔を離すと、レアナがゆっくりと目を開けた。その視線の先にバスターの紫色の瞳があり、二人は必然的に見つめあうことになった。だが、レアナは急に顔を伏せ、バスターの裸の胸にぴたりとくっついてしまった。
「おい……どうしたんだよ?」
 先ほどのようにレアナの髪に手をやりながらバスターが問いかけると、レアナは顔を伏せたまま、か細い声で答えた。小さな息遣いが、バスターの胸をくすぐった。
「だって……」
「だって?」
「はずかしいんだもの……」
「何がだよ?」
 バスターが少し意地悪く言うと、レアナはますます小さな声で言った。
「……あんなことしたのが……あたし、はしたないよ……」
「はしたなくなんかねえさ」
「うそ」
「嘘じゃねえよ。当たり前のことだ」
「……そうなの?」
 レアナは顔を少しだけ上げた。耳まで真っ赤になっており、少し瞳が涙ぐんでいた。その愛らしい姿を見たバスターは、自然とレアナを抱く腕に力を込めていた。
「ああ。それにお前……」
 一呼吸置くと、バスターはレアナの青い目をまっすぐ捉えて言った。
「本当に可愛かったぜ。もちろん、今もだけどな」
 バスターの目に捉えられたまま、レアナはこれ以上ないほど赤くなった。それでもなお、その愛らしさが失われることなどなかった。
「や……やだ、もう。なに言うの……」
「本当のことなんだから、仕方ないだろ?」
 バスターは優しく笑うと、レアナの額にキスをした。レアナは抵抗せず、バスターの胸にしがみつくように体を寄せた。二人はそうやってしばしの間、お互いの体温を感じていた。
「ずっと……」
「え?」
「ずっと……バスターとこうしていられたらいいのに……」
 レアナの呟きはバスターと同じ想いを示していた。レアナを抱き直しながら、バスターはこれまでに味わった中でも最高の部類に入る幸福感を味わっていた。
「ああ……俺もそう思うよ」
 ゆうべの姿のまま、お互いに何も身に纏っていない姿のまま、二人は抱き合っていた。このまま時間が止まればいいのに。二人は心の底からそう思っていた。
 だが、ベッドサイドに取り付けられた時計を目にしたバスターが、残念そうなため息をついた。
「もうこんな時間か……そろそろ起きないとやばいよな」
「え……そうなんだ」
「俺はいったん部屋に戻ったほうがいいだろうな……」
 名残惜しそうにレアナの額に口づけを落として体を離すと、バスターはベッドの横に落ちていた自分の衣服を身に付け始めた。レアナはその間、ブランケットとシーツにくるまって自身の裸体を隠していたが、バスターの着替えを見ているうちに恥ずかしくなったのか、ブランケットを頭から被っていた。
 そんなレアナの様子を微笑ましく思いながら、着替えを終えたバスターはレアナの頭にそっと触った。
「もういいぜ。顔出せよ」
 レアナは言われたとおり、素直に顔を見せた。
「……もう行っちゃうの?」
 レアナは瞳を潤ませて、寂しげにバスターに尋ねた。バスターは口元に笑みを浮かべると、ブランケットから出ていたレアナの手に、自分の手を重ねた。
「今夜からまたずっと一緒にいてやるから。今度は俺の部屋でな」
「バスターの部屋で?」
「そうさ。嫌か?」
 レアナはとんでもないとばかりにぶんぶんと首を振った。
「バスターと一緒にいられるのなら、あたしは……どこでも……」
 頬を朱に染めたレアナのその様があまりに可愛らしかったため、バスターは自然と屈みこむと唇を重ねていた。
「や……! バスターったら……!」
「約束だよ。指切り代わりみたいなもんだ」
 ケロっとした様子でバスターは顔を上げ、ニヤッと笑った。
「じゃあ、とりあえずまたな。まだ早いけど、寝過ごして朝メシに遅れるなよ。あ、あとそのシーツだけど……」
 バスターは一瞬、言い淀んだが、顔を赤くしながらも真面目な表情で切り出した。
「……後で俺がリネン室から新しいのを持ってくるから。それは、その……血とかついちまってるからさ。痛い思いさせて悪かったな……すまない」
 それだけ言ってレアナの頭をもう一度撫でると、バスターは部屋から出て行った。
 レアナはゆうべから先ほどにかけての色々な出来事に混乱して動けないまま、バスターが後で交換すると言ったシーツとブランケットの間にくるまってベッドに横たわっていた。確かにシーツには淡いながらも血の染みが幾つもついており、その染みを見た瞬間、レアナは昨夜覚えた初めての痛みを思い出していた。多少は和らいだとはいえ、今もまだその痛みは消えていなかった。それでも、それはレアナにとってバスターと通じ合った証である嬉しい痛みだった。だからバスターが謝る必要などないのにとレアナは思い、自然にクスッと笑みがこぼれていた。
 そんな様々の記憶を映し出しているシーツを体から剥がそうとしたとき、ふと、レアナはそのシーツから覚えのある匂いを嗅ぎ取っていた。
「……バスターのにおいがする」
 レアナにとってそれは懐かしく暖かくそして優しい、バスターそのものの匂いだった。その匂いに包まれながら、誰よりも愛しい青年の昨晩の優しさと激しさを思い出し、またも顔を赤らめながらも昨夜の記憶に浸っていた。二人がお互いの想いをそれぞれの体に刻んだ一夜。それはレアナにとってもバスターにとっても、決して忘れられないものだった。忘れられるはずがないものだった。



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