[見守るという存在]


 西暦2521年が明けて初春とも言える時期になったある夜、ガイはどうにも眠りに就けず、ベッドから身を起こした。Tシャツに短パンが彼の寝巻き代わりだったが、さすがにその格好で部屋の外へ出るのははばかられたので、ジャケットだけは羽織らずにパイロットスーツに着替え、自分の部屋を出た。艦橋にでも行ってみるか……星空を眺めるのも気分転換になるかもしれないな。そう思ったガイは、まっすぐに艦橋へと向かった。

 艦橋はオートパイロットを制御する機器類が発する電子音が時折、響くだけで、静けさに満ちていた。テンガイがこの場にいないことをいいことに、ガイは艦長席に腰を下ろした。ふうっとため息をついたそのとき、無人のはずの艦橋に声が響いた。
「だ……だれ!?」
 ガイは飛び上がらんばかりに驚いたが、艦長の椅子から立ち上がって下を見下ろすと、そこには人影があった。よくよく見れば、それはレアナで、髪を下ろし、パジャマの上にカーディガンを羽織った姿で立っていた。
「レ、レアナ!? 何してんだよ、こんな時間に!?」
「ね、眠れなくて……ガイこそどうしたの?」
「お前と同じ理由だよ。どうにも寝れなくってな。でも、まさかこんな夜中にここに人がいるとは思わなかったぜ」
「それはあたしも同じだよ。急に後ろで物音がするんだもん。びっくりしちゃった」
「悪りぃ悪りぃ」
 ガイは頭をかきながら、レアナのそばへ歩いてきた。レアナはほうっとため息をつくと、艦橋の床に直に座り込んだ。ガイもそれにならうかのように、レアナの隣に腰を下ろした。
「でもお前が眠れないなんて、めずらしいな。何かあったのか?」
「それは……その……」
「バスターと何かあったのか?」
「!……なんでわかったの、ガイ!?」
「こんな船の中でずっと一緒に生活してるんだぜ? 気付かないほうがおかしいって」
 ガイはそう言って笑った。レアナは頬を染め、釣られるように少しだけ笑ったが、すぐにその笑みは消えてしまった。
「バスターは……」
「あ?」
「バスターは、いつもやさしいし、一緒にいると楽しくてうれしいのに……どうしてたまに本当のことを言ってくれないで、はぐらかすんだろ……」
 いきなりノロケを聞かされてしまったガイは、思わず固まってしまった。レアナにしてみれば、ノロケのつもりなど一切ないのだろうが、聞かされる側にしてみれば、立派なノロケである。それでもガイは、片手でレアナの肩をポンと叩いた。
「あいつは素直じゃねえからな。お前みたいになんでも話せるような性格のほうがめずらしいんだよ」
「でも」
「でも、お前を邪険にしたことなんて、ないんだろ? だったら、少なくともお前のことを嫌ってるんなんてことじゃねえんだよ。わかんねえか?」
「そう……なのかな」
「そうだって。あいつはあいつなりにお前のことを大事にしてくれてるって。同じ男の俺様が言うんだからな。信じろよ」
「……うん」
 レアナの顔に、再び微笑みが戻ってきた。それを見て、ガイは心底ホッとした。ガイにしてみればレアナは、姉のようでもあり、妹のようでもある存在である。そのレアナに元気がないというのは、やはりガイにしてみても、どうにかしてやりたい思いだったのだから。
「さーてと……俺様はもう寝るぜ。レアナ、お前は?」
「あたしはもうちょっとここにいるよ。なんだかもう少しここにいなきゃって気がするの」
「ふーん……けど、ここで寝たりするなよ。おやすみ」
「おやすみ、ガイ」

 ガイが艦橋から自室の前まで戻ってきたとき、さっきの話題の中心だったバスターがレアナの部屋をノックしていた。無論、返事があるはずもなかった。バスターが失望したように顔を上げると、タイミングよくガイと目が合った。
「なんだ、ガイか……」
「なんだってことはねえだろ。お前こそ何だ? レアナの部屋をノックしたりして」
「いや、ちょっと……もう寝ちまったのかな……」
 ガイはバスターの様子にピンと来て、くすっと笑ってしまった。ガイの様子に気付いたバスターは、明らかに不満な表情でガイを睨んだ。
「何だ? 何がおかしいんだよ?」
「いやその……ちょっとな。レアナなら艦橋にいるぜ。謝りたいことがあるんなら、さっさと行ってやればどうだ?」
「!?……レアナと会ったのか?」
「ああ、眠れなくって行ってみたらバッタリとな。けど、お前ら、テレパシーででもつながってるのか?」
「テレパシー? 何だよいきなり?」
「まあ気にするなって。じゃあ俺様は寝るからな。ちゃんと仲直りしろよ」
 そう言い残すと、ガイは自室へ入っていった。扉を閉めると、バスターのコツコツとした慌てた足音が微かに響いて遠ざかっていった。ガイは着替えずにベッドにどさっと仰向けになると、ブーツを脱ぎながら独り呟いた。
「……ったく。世話の焼ける兄貴と姉貴だよな。今頃は仲直りしてりゃいいけどな……」
 あの二人の絆の間には入れない。けれど、見守ることは出来る。ならば自分はその役目を負おう。ブーツをベッド脇に脱ぎ捨てたガイはそんなことを考えながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。それは、大事な存在を失う哀しみを知っているガイが持つ優しさ故だったのかもしれない。



あとがき


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