[蒼い想いを抱いて]


「行かないで! あたしを置いていかないで!」

 レアナは自分の声でハッと目を覚ました。そこはTETRAの見慣れた自室で、時計を見ると、まだ真夜中。朝も夜も早いレアナには馴染みのない時間帯だった。レアナはベッドに備えつけのミニテーブルに置いてあるミネラルウォーターの瓶から水をグラスに注ぐと、一気に飲み干した。

 もう10年以上前になるというのに、あのときの悲しい記憶は未だに消えない。突然にして両親を失い、戸籍さえも抹消され、軍の実験施設に連れて行かれ、強制的に戦闘機パイロットとなった自分。施設の職員はほとんど皆、いい人ばかりだった。だが、レアナの心に空いた穴を埋めてくれる人は誰もいなかった。あの赤毛の少年――バスターに会うまでは。

 レアナは少女時代に連れて行かれたパーティで、やはりまだ少年だったバスターと出会っていた。レアナは今でこそ積極的なタイプだが、その頃はどちらかというと引っ込み思案だった。しかし、バスターと出会った時、傷の手当てをしてもらったこともあったからだろうか。たちまち気を許して、自分の秘密の場所へも案内した。だから、パーティが終わってバスターと別れることになったときは、本当に悲しかった。「二人でパイロットになろう」という口約束だけが、レアナの寂しさをほんの少しとはいえ、癒してくれた。

 だからこそ、成長したバスターと出会い、バスターがあのときの少年だと気付いたときの驚きは隠しようがなかった。バスターがレアナと同じ戦闘機パイロットになると約束したことを覚えていたのかどうかは、まだ本人には聞いていない。けれど、それでも構わないとレアナは思った。こうして再会出来たこと、それだけで嬉しいことだったのだから。

 不意に今すぐにでもバスターの顔を見たくなったが、こんな時間帯では、さすがにバスターも眠っているだろう。レアナは今宵の訪問を諦めたが、すぐに思い直した。バスターとはまた明日の朝に会える。そのとき、思いきり抱きついてしまおう。バスターは面食らうだろうし、ガイやテンガイ、クリエイタも驚くだろうが、それが今のレアナのバスターへの想いを確認する行為なのだから。

 レアナは再びベッドに横になると、間もなく穏やかな寝息を立てはじめた。最愛の人であるバスターを想うという気持ちが、悲しい記憶を和らげてくれたのかもしれない。レアナの細い指には、バスターが誕生日に贈ってくれたサファイアの指輪が光っていた。サファイアの石言葉は「慈愛」もしくは「誠実」。そこにはレアナがバスターを想うのと同様に、バスターのレアナへの想いが封じられているに違いなかった――。



あとがき


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