[クリスマス前奏曲]


「バスター! 見て見て!」
 バスターがブリーフィングルームに足を踏み入れると、椅子つきの机が隅のほうにどかされ、レアナとクリエイタが床に直接座り込んでいた。そこに入ってきたバスターに対し、レアナは緑色の円状のものを見せた。
「?……なんだ、こりゃ?……もしかして……クリスマスリースか?」
「あたり! よかった〜、リースに見えなかったらどうしようかと思ったんだもん」
 レアナがあんまり大げさにホッとしたので、バスターはふとおかしくなった。遠慮せずに笑うと、レアナが不思議そうにバスターの顔を見つめた。
「どうしたの? バスター?」
「い、いや……なんでもねえよ。よく出来てると思うぜ?」
 その言葉はお世辞などではなく、本当によく出来ていた。ツリーの芯に針金を使って、その周りにフェイクの葉や花、それにレアナが裁縫して作ったらしい小さな飾りが飾られていた。中でも目を見張ったのは、リースの中心にTETRAの精密な模型が据えられていたことだった。
「このTETRAもお前らが作ったのか?」
「まさか。昨日、ガイが作ってくれたんだよ。夜なべしてくれたみたいだから、今はお昼寝してるけどね」
 バスターはレアナの言葉に多少驚き、改めてリースを見た。ガイがそこまで懸命になってTETRAを作ったことに、ガイの意外な一面と同時に彼らしい一面を見た気がした。
「それでね、ツリーもあるんだよ。ほら、これ」
 レアナはひとつの鉢植えを持ってきた。それは「サントリナ」という種類の観葉植物で、前にバスターがレアナに名前を教えてもらった、雪を被ったように白い40cmほどの小さな木だった。前に見たときと違ったのは、今はそのサントリナには熟したナンテンの赤い実や小さな星や月をかたどったビーズやシルバー製のアクセサリが飾られており、木のてっぺんにはやはり小さな星が陣取っていた。
「へえ……綺麗なもんじゃねえか。これ、お前とクリエイタでやったのか?」
「うん。最近、バスターもガイも艦長と一緒にTETRAのメンテナンスとかで忙しかったでしょ? だからあたしがクリエイタとこっそりやってたの。ガイにはちょっと手伝ってもらっちゃったけどね」
「俺の出る幕なしか……それも寂しいなあ」
「そんなことないよ」
 レアナはツリーの鉢植えを元にあった場所に戻すと、バスターに向かって微笑んだ。
「このサントリナをツリーにしたら?っていうのはバスターのアイデアだったじゃない。忘れちゃったの?」
「そう……だったか?」
 バスターは記憶を辿るように神妙な顔になり、髪の毛をかいた。
「そうだよお? もう、バスターって、こうなんだから」
 レアナはまた笑い、クリエイタと一緒に後片付けを始めた。その様子を見たバスターは、椅子から立ち上がり、片付けを手伝いはじめた。
「あ、バスターはいいよ。疲れてるでしょ?」
「そんなことねえさ。パイロットは一に体力、二に体力なんだしな。それにガイでもちょっとは手伝ってたんだから、俺にも後片付けくらいさせてくれよ」
「そんなに言うのなら……ありがとう。お願いね」
 レアナはバスターの申し出が正直、嬉しかったのか、笑みを崩さないままでせっせと後片付けとしていた。バスターにはそんなレアナが普段よりも愛らしく映り、口元に笑みを浮かべていた。二人の様子を見ていたクリエイタは、ニッコリとアイモニタに笑顔を映していた。

 ガイお手製のTETRA模型リースと、サントリナの小さなツリーは、クリスマスが終わるまで食堂に飾られることになった。どちらもそんな大きなものではないから、場所は取らなかったし、食堂ならば皆が毎日集まる場所だったのだから。昼寝から起きてきたガイは、満足そうに笑っていた。
「やっぱり、このTETRAがアクセントだよな! うんうん!」
「自画自賛かあ? ガイ」
「何言ってんだよ、バスター! 俺様の汗の結晶だぜ?」
「そう言われると、なんか急に汗臭くなった気がするぜ」
「なんだとー!」
「ほらほら、ケンカはやめてよー。艦長にまた怒られちゃうよ?」
 人数分の紅茶を盆に載せてきたレアナが、二人をたしなめた。バスターとガイはバツの悪そうな顔をしたが、とりあえずケンカとも言えない言いあいはそこでお開きになった。紅茶の入ったティーカップをバスターとガイに差し出し、自分のぶんも手に取ると、レアナはにっこり笑って二人に告げた。
「クリスマスにはごちそうも作るからね。あんまり豪華には作れないけど……でも、艦長の許可ももらってあるからね」
「おう! クリスマス当日には腹を空けて待ってるからな!」
「ちょっとちょっと、ガイだけのぶんじゃないんだからねー? でも期待してもらえると、なんだかうれしいなあ。バスターはなにか食べたいもの、ある?」
「俺か? 俺は……別に何でもかまわねえけど……やっぱりクリスマスケーキかな。お前の料理の腕も上がったみたいだし、楽しみにしてるぜ」
 バスターに不意に料理の腕前を誉められたことが嬉しかったのか、レアナは頬を赤く染めて返した。
「う……うん! 楽しみにしててね!」
「なんだあ? レアナ、顔が赤いぜ? こりゃ、俺様はお邪魔かな?」
「な、なな、何言い出すんだよ、お前は!?」
「も、もう! そうだよ、なに言ってるの、ガイったら!」
「はいはい。分かってますって」
 ガイは口を開けて笑っていた。そんなガイの前でお互いに顔を赤くしながら、バスターとレアナはそっと目線を合わせた。ますます顔が赤くなるのがそれぞれに分かったため、慌てて目線をそらしたが、胸の鼓動が早くなっている事実は収まらなかった。

 それぞれの思いを込めたTETRAの西暦2520年のクリスマス月は、まだ始まったばかりだった。



あとがき


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