[グスコーブドリを追い続けて]


「なんだ、ガイ。まだシルバーガンの整備してたのか?」
 格納庫にふと顔を覗かせたバスターが、黄色い3号機のコクピット周りや噴出ノズルらを点検しているガイの姿を見つけた。ガイは点検の手を少し止め、バスターのほうへ向かって声を出した。
「ああ、1週間後には地上降下だろ? やっぱり興奮しちまってるっていうか……それで、こんなことやっちまってるんだよな」
 今朝の朝食後のミーティングで、TETRAは1週間後に地球に降りることが決まったとテンガイから告げられた。もちろんそれは、TETRAのクルーであるバスター、レアナ、ガイ、クリエイタらの意見も含めての決定だった。バスターらはわかっていたこととは言え、やはり定期メンテナンスはしてきたものの1年以上飛んでいない愛機が気になり、ミーティングの後、それぞれの機体を念入りに点検していた。
 バスターとレアナは昼前に引き上げたが、ガイの腕は休まるところを知らないように動いていた。昼食時には食堂に戻ってきたが、あっという間に食べ終わると、ガイはまた格納庫に戻っていった。そしてそれからまた時間が過ぎた午後2時ごろ、バスターはガイの姿をこうして発見したのだった。
「それにしても念入りすぎやしねえか?」
「俺様、機体の扱いが乱暴だろ? だから、こいつには面倒かけちまってるし……ま、気を紛らわしているわけでもあるんだけどよ」
 ガイは機械油で汚れた顔を袖で拭って、屈託なく笑った。その笑みに釣られるように、バスターもいつの間にか笑っていた。
「精密にチェックするのもいいけど、ほどほどにしておけよ。体調崩しでもしたらシャレになんねーからな」
「わーってるって。お前こそ、レアナときっちり仲良くしておけよ?」
 急にレアナの名を出されたこととその後に続いた言葉のため、バスターはカーッと赤面した。そして彼らしくもなく取り乱し、ガイに向かって反論した。
「な、なんでレアナが出てくるんだよ!?」
「わかってるくせに。素直になれって」
 ガイのあっけらかんとした返答に、バスターは黙り込んでしまった。顔は赤く染まったままだったが。そんなバスターの様子を見て、ガイが再度、声をかけてきた。
「なあ、『グスコーブドリの伝記』って話、知ってるか?」
 まさかガイの口からそんな文学作品の名が出るとは思ってもいなかったため、バスターは少し驚いたが、冷静さを取り戻し、言葉を返した。
「ああ、お前と同じ民族の有名な作家の書いた話だろ? えーっと、ミヤザワ……」
「宮沢=賢治だよ。お前の言うとおり、俺の育ったエリアじゃ知らない奴のほうが少ないってくらいの超有名古典作家だな」
「その宮沢=賢治の書いた話がどうしたんだ?」
「主人公のグスコーブドリはよ、最後に自分を犠牲にして他の奴らを助けるんだ。そして……俺がいちばん好きな文章なんだけどよ。ラストにこうあるんだ。『たくさんのブドリとネリが幸せになりました』って……うろ覚えだけどよ。あ、ネリってのはブドリの生き別れの妹の名前だぜ?」
「ふーん……なんか意外だな」
「おいおいバスター、そりゃどういう意味だ?」
「お前がそんな名作古典のこと語るなんて意外だなって。深い意味はねえよ」
 ガイは「へいへい」と返事をすると、よじ登っていた3号機の機体からバネを利かして飛び降りた。そして3号機をこつこつと拳で軽く叩くと、どこかしんみりした様子で言った。
「俺様もよ、グスコーブドリみたいになりてえんだ。初めてあの話を読んだガキのときから思ってたことでさ。たくさんのブドリとネリを幸せにしたように……ははっ、ガラでもねえな」
 ガイは頭をかくと、照れたように笑った。バスターはそんなガイに近寄ると、ポンと肩を叩いた。
「でも、お前はグスコーブドリみたいに死ぬなよ? それだけは約束してくれよな?」
 ガイがバスターの顔を見ると、その瞳は真剣そのものだった。ガイは手持ち無沙汰にしていた両の拳を合わせると、ニヤッと笑った。
「当たり前だろ。俺様が死ぬわけねえじゃねえか」
 その返答に、バスターは小さく笑った。「約束だからな?」そう言って……。

「約束したじゃねえか……グスコーブドリみたいに死んだりしねえって……ガイ……おまけに艦長まで……」
「ガイ、艦長……! 死んじゃったの……?」
 バスターとガイが格納庫で約束を交わして1週間後、ガイは「石のような物体」が作り上げたユニットに特攻して命を落とし、テンガイも「石のような物体」目掛けて突進し、「石のような物体」を宇宙へと退避させたものの、彼自身とTETRAもその命を失った。残されたバスターとレアナ、それにクリエイタはしばし呆然としていたが、バスターがキッとした声で叫んだ。
「おい、レアナ! クリエイタ! ひとまず降下して退却するぞ!」
「バ、バスター!?」
「俺達は死ぬわけにはいかねえんだ! わかるだろう!?」
 そう言い終わると、シルバーガン1号機は地上に向かって降下を始めた。その後を追うように、2号機とクリエイタも降下していった。

「グスコーブドリ……そんなこと、ガイが言ってたの……?」
 クリエイタに懇願されて髪の毛を渡したレアナは、同じく髪の毛をクリエイタに渡したバスターから、1週間前の出来事を聞かされた。
「あいつは……俺達を……グスコーブドリがそうしたように身をもって助けたんだ……けど、約束を破っちまうなんて……」
 レアナを抱き寄せてバスターは声を絞るように出した。レアナはバスターの胸に体を預けたまま、涙を拭きながら呟いた。
「……じゃあ、あたしたちは生きなきゃいけないよね……それがどんな小さな可能性でも……」
「そうだな……そうだよな……」
 バスターはレアナの言葉に深く頷き、彼女の細い体を抱きしめた。その光景を、クリエイタは夕焼け越しに見つめていた。

 この後に飛び立ったバスターとレアナもまた、地球に帰ってくることはなかった。ガイやテンガイが命を賭けて守ったバスターとレアナも、その宿命から逃れることは出来なかったのだ。

 だが、クリエイタは髪の毛からバスターとレアナを再生した。この二人にTETRAでの記憶はない。けれども、彼らはオリジナルの生まれ変わりであるとクリエイタは信じているし、「グスコーブドリ」たるガイが身を賭して救った「ブドリとネリ」なのだ。この二人のこれからが、『グスコーブドリの伝記』のラストのごとく暖かい幸せなものであらんことを――ガイがこの場にいたら、きっとそう願ったに違いない。クリエイタは懐かしい仲間のことを思い出して、静かに祈りを捧げた――。



あとがき


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