[嘘と真実とつながる想いと]


「ね、バスター。もう半年近くになるんだよね……」
 TETRA内にある、こじんまりしたパイロットたちの休憩室のソファに座ったレアナは甘めにいれたココアを一口飲むと、しんみりとこぼした。向かい側に座っていたバスターは、最初、何が「半年」なのかわからなかったが、それがあの7月の「粛清の日」のことを指していることに思い当たり、自分のカップに淹れたブラックコーヒーの表面を覗き込んだ。コーヒーの表面には鏡のようにバスターの顔が映りこんでいた。
「ああ、そうだな……」
「あたしたち、いつまでここに……衛星軌道上にいられるんだろ?」
「最後の長官命令だからな。とは言っても、いつまでもこんなところにいたんじゃ食糧もなくなっちまうし……もうここでは暮らしていけないってとき、そのときこそが俺達が地上に降りる日だろうな」
「食糧はけっこう、積んであるんだよね?」
「けど、こんなにも長期になるとは思ってもなかったからな……節約して、ギリギリ一年ってとこか?」
「一年……」
 レアナは両手にココアの入ったマグカップを包み込み、下を向いた。その表情はバスターからは良く見えなかったが、明るいものではないことは確かだった。
「どうした?……怖くなったのか?」
「う、ううん……」
 それがレアナの嘘であることは、すぐにわかった。なにせレアナときたら、嘘をつかれてもころっと騙されるし、自分でも嘘をつくことがまるで出来ないのだから。レアナが俯いたままでいると、不意に右肩に手を置かれた。レアナが驚いて顔を上げると、そこにはテーブルの向かい側に座っていたはずのバスターが立っていた。バスターはレアナの横に腰掛けると、彼女の淡い色の髪の毛に指を絡めるようにして、すっと撫でた。
「いいんだぜ、無理しなくても」
「む、無理なんかじゃないよ……」
「ほんっとに嘘が下手だな、お前は」
 バスターはレアナのしどろもどろな様子に、思わず笑みをこぼした。それを目にしたレアナはぷっと頬を膨らませたが、本気で怒っているわけではないことはバスターにはすぐにわかった。やがてレアナは再び落ち着きを取り戻すと、バスターのほうを向かず、冷えかけたココアを見つめたまま呟いた。
「あたしも……うそが上手だったらよかったな」
「なんでだ? いきなりそんなこと言い出して」
「だって……うそで本心を隠せるのなら、今みたいに、バスターに心配かけなくてもいいじゃない」
 バスターはその言葉にドキリとした。だが、すぐに笑いを作ってレアナの髪を再度撫でた。
「嘘ばっかりつかれると、それはそれで辛いもんだぜ? だから……お前はそのままでいいんだよ」
「ほんとに?」
「ああ、それがお前のいいところだろう?」
 バスターはレアナの頭にやった手を戻し、彼女の体を自分のほうに寄せた。それほど体が密着しているわけでもないのに、レアナの鼓動がとくとくと速まっているのが伝わってきた。見れば、普段は雪のように白い頬も、ほんのりだが赤く染まっていた。そんなレアナの姿にバスターは再びドキっとした。バスターの言葉に頬を染めるレアナの姿がこんなにも愛らしいものだったのか。バスターは戸惑ったが、それをレアナに悟られないように咳払いし、レアナの肩に回した手をポンポンと叩いた。
「嘘をつけないってのは、いいことではあっても悪いことじゃねえさ……俺には羨ましいくらいだぜ」
「そう……なの?」
「ガイを見てたってわかるだろ? あいつも嘘をつくのが下手だけど、あんなに気持ちのいい奴じゃねえか」
「そうだね……」
 レアナはガイの普段の様子を思い出したのか、クスリと笑った。その笑顔を見て、バスターは少しだがホッとした気分になった。
「でも……」
 レアナが更に言葉を続けた。バスターは「?」とした顔でレアナの顔を覗き込んだ。
「嘘ばっかりついてるって言うけど、バスターも、やさしいよね」
 レアナの思いがけない言葉にバスターは一瞬で赤くなったが、なんとか言葉を搾り出した。
「お、俺が? なに冗談言ってんだよ」
「冗談じゃないよ。ほんとのことだもん」
 レアナはいたって真面目に返答した。彼女が嘘をつけないことは先ほどから立証されていることだから、レアナの言葉は彼女にとっての真実そのものなのだろう。バスターは赤く染まった顔を片手で隠していたが、そのうちに、そばにいるレアナにしか聞こえないような小さな声を出した。
「……ありがとよ」
「ほんとのことじゃない……どうして?」
「こういうときはこう言うもんなんだよ」
 レアナがバスターの言葉の意味を完全に理解したかどうかは不明だが、そっと体をバスターに預けてきた。バスターはレアナの体を支えるようにソファの背にもたれかけた。冷えたココアとコーヒーが、テーブルの上に置きっぱなしだったが、二人は気にしていなかった。

「おいクリエイタ、毛布あるか?」
「ア、ハイ。モチロンデスガ」
「だったら、あの部屋の二人にかけてやってくれよ。まったく、お熱いことなんだからよ」
 ガイがそう言って笑ったので、クリエイタが毛布を抱えてガイが指差した部屋を覗くと、バスターとレアナがソファに寄りかかって眠っていた。レアナの両手は隣のバスターの左手を握っていた。クリエイタはガイの言ったことに納得し、そっと二人に毛布をかけた。
「お、クリエイタ。サンキューな」
「イエイエ、コレクライ カマイマセンヨ」
「まあったく、手までつないで寝てるんだからよ。こりゃ明日、目を覚ましたときの反応が見ものだぜ」
 ガイはクリエイタの頭をポンポンと軽く叩くと、笑って自室に戻っていった。クリエイタはさっきのバスターとレアナの様子を思い出し、なぜか心が暖かい思いに包まれた。それは、若い二人を見守る友人のような感情だったのだろうか。その答えはわからなかったが、クリエイタのアイモニターには、彼も知らず知らずのうちに「笑顔」が浮かんでいた。特別な人と人の繋がりの温かさ、クリエイタはそれを新たに学んだのかもしれない。



あとがき


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