[心の在り処]


「クリエイタって、本当に人間みたいだよね」
 夕食後、TETRAのキッチンでクリエイタの後片付けを手伝っていた当番のレアナは、しみじみとした口調で言った。
「ソウ……デスカ?」
 クリエイタはレアナのほうを振り向いた。レアナはニコニコと笑っていた。
「うん。だって、あたし達と同じ心を持ってるんでしょう? クリエイタって?」
 確かにそうだった。クリエイタは初めて「感情」を持たされたロボノイドとして開発された第1世代だった。そしてそのことは、TETRAのクルーならずとも、連邦軍に属するものならば皆が知っていた、画期的な出来事だった。
「ソウデショウカ……ワタシハ ショウジキ、ジブンノココロト ニンゲンノココロガ ドレダケ ニテイルカガ ジツハイマダニ ワカラナイノデスガ……」
「うーん……だって、ご飯のときだってクリエイタはご飯を食べられないけど、みんなが食べるのをうれしそうに見てるじゃない。それって、自分の作ったものを他の人が食べてくれることがうれしいってことでしょう? それに、クリエイタの作ってくれるご飯はおいしいもん。心がこもってなかったら、あんなにおいしく作れないよ」
 レアナは食器を片付けながら、やはり笑いながら言った。クリエイタはしばし、己の「心」に問いかけるように立ち止まったままだった。
「クリエイタ? どうかしたの?」
 はっとクリエイタが気付いて顔を上げると、目の前にレアナが心配そうに屈みこんで、クリエイタの顔を覗き込んでいた。クリエイタは首を降り、己を取り戻した。
「イエ、チョット、カンガエゴトヲシテイタモノデ……トコロデ、レアナ、ショクゴノオチャヲ ノミマスカ?」
「あ、うん。アールグレイ……はもうないんだっけ。仕方ないや。オレンジペコでガマンしとこうっと」
 そう言うと、レアナはティーカップとオレンジペコのティーバッグを取り出し、バッグをカップに放り込んで熱湯を注いだ。
「だいぶ節約したつもりだったけど、コーヒーや紅茶も残り少なくなってるんだね……」
 レアナは少し寂しそうに言うと、ティーカップを持ったまま、食堂に移動した。その後から、クリエイタがついてきた。クリエイタは食事が出来ない。しかし、先ほどレアナが言ったとおり、クルー達が食事やお茶をするのを見るのはなぜか好きだった。
 レアナが紅茶を味わっている席の向かい側に座って、レアナの様子を見ているうちに、クリエイタはある質問をレアナに聞きたくなった。
「レアナ……ちょっといいですか?」
「なに? クリエイタ?」
「ワタシニ ニンゲントオナジ「ココロ」ガアルトシテ……私には「タマシイ」もあるのでしょうか?」
 レアナはしばらくぽかんとしていたが、片手を口元にやり、うーんと考える仕草をしばしした。だが、先ほどと変わらない笑顔でこう答えた。
「当たり前じゃない! 人間でもロボノイドでも、きっとこの世界に生きてるみんなには魂があるんだよ!」
「シカシ……ワタシハ ヒトニツクラレタ ロボノイドデ……イキテイルトハ……」
「何言い出すの? クリエイタ?」
 レアナは不思議そうな顔でクリエイタに顔を見つめた。
「確かにあたしたちは有機物で出来ていて、クリエイタは無機物で出来てるよね。でも、たったそれだけの違いじゃない。きっと魂はあるよ。それで、生まれ変わることもきっと出来るんだよ」
 それが嘘でない証拠は、その言葉が天真爛漫なレアナの口から出たということだった。レアナはやさしくクリエイタを抱きしめると、目を閉じてこう言った。
「ね? だから、胸を張ってよ。自分には魂があるんだって。きっとバスターやガイや艦長だって、同じこと言うよ」
「……ハイ」
「よかった。クリエイタが自信なくすなんて、めずらしいもんね……」
 レアナはクリエイタの背中を、子供をあやすようにポンポンと叩いた。
「……あたしね、バスターとも話したことがあるの。生まれ変わっても、またバスターと一緒の時代と場所に生まれて、一緒にいたいねって……クリエイタが生まれ変わってきても、そんな風に出会いたいな……」
「バスターガ……デスカ」
 クリエイタは正直、驚いていた。およそ無神論者で宗教など信じていないバスターがレアナとそんなことを話していたとは。いや、バスターにとっての宗教は、レアナとの結びつきなのかもしれない。この純粋無垢な少女の力で、バスターは自分にとって何が大事なのかを見つけ出したのかもしれないと。
「あ……! このこと、ガイや艦長には言わないでね……恥ずかしいもん」
「ワカッテイマスヨ」
 クリエイタはニコリとアイモニターに笑顔を示した。クリエイタが約束したら、それは絶対なのだから、バスターとレアナの秘密の話は守られるだろう。
「ソロソロ ココヲデマスカ。ヨルノジユウジカンガ ナクナッテシマイマスシネ」
「あ、そうだね」
 レアナとクリエイタは、電灯を消し、食堂から出てきた。すると、ちょうどバスターが通りかかった。
「なんだ? 今まで片付けしてたのか?」
「ううん。ちょっとお話してたの」
「何の話だよ?」
「えーとね……ヒミツ!」
「なんだそりゃ。余計に気になるじゃねえか?」
 そんな二人のやりとりを目にしながら、クリエイタは微笑んでいた。ただしそれはうわべだけでなく、心からの笑みだった。クリエイタに宿った「心」と「魂」。それはレアナが言ったとおり、人間となんら変わるはずはない証拠だった。



あとがき


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