[知りたいものは……]


「ね、ガイ」
 レアナは紅茶の入ったカップで両手を暖めながら、食堂のテーブルの向かい側に座っているガイに話しかけた。ガイは飲んでいたコーヒーカップを口から離し、読んでいた雑誌から顔を上げた。
「どした?」
「前にも聞いたけど……バスターはあたしのこと、どう思ってるんだろう」
 突然の質問に、ガイは一瞬、ぽかんとなり、コーヒーカップを落としかけた。慌ててカップを持ち直してテーブルに置いた。
「なんなんだよ、いきなり」
「だって……」
「だっても何もねえよ。前にも散々言っただろ、バスターはお前に惚れてるって。そんなに心配なら、もうバスター本人に聞いちまえばいいだろ?」
「だって、バスターは本当のこと、はぐらかすことが多いもん」
 そう言って、レアナはカップの中の紅茶を見つめた。澄んだ表面に、少し元気のなさげなレアナの顔が映りこんでいた。
「まあ、そりゃそうなんだけどよ……少なくとも、お前には好意を持ってると思うぜ?」
「でもあたし、悲しいときとか、ついバスターにグチっちゃうの。そういうことされて、バスターはうっとうしいとか思ってないのかなって……そう思ったら、なんだか急に不安になっちゃって……」
 ガイはカップからコーヒーを一口飲むと、レアナのほうへじっと視線を向けた。
「けどよ、そういうとき、バスターはお前になんて言うんだ?」
「……やさしいことを言ってくれるよ。何も言わずにずっとそばにいてくれることもあるけど……でも、それがバスターの本心からなのかがわからないの。ただ……」
「ただ?」
「そうしてもらえると、なんて言うのかな……心がすごくあったかくなるの。なんでだろ……」
「そりゃお前、バスターがお前のことを本気で思ってくれてるからだろ」
 ガイは間髪いれず、あっさりと答えた。レアナは顔を上げ、ガイの顔を見つめた。
「そう……なのかな?」
「そうともよ。わかんねえか?」
「……きづかなかった」
 ガイは何か言おうとしたが、レアナの育った境遇を思い出し、口をつぐんだ。彼女の乏しすぎる人生経験では、逆に人生経験の豊富すぎるバスターとのギャップが激しすぎるのだろう。だから、傍から見たらノロケにも聞こえるようなことで悩み、自分にまで何度も相談してくるのだろうと、ガイは思った。
「まあ、お前は男と付き合ったことなんかないだろうし、そんなこと話せる女友達もいなかったんだろうけどよ……バスターは間違いなく、お前のことを本気で考えてくれてるって。だから余計な心配するなよ」
「……うん」
 レアナはこくりと頷いた。しかし、その表情はまだどこか曇っていた。
「そんな顔してると、バスターが心配するぜ?」
 そうガイが言ったのとほとんど同時に、食堂の扉がシャッと開いた。入ってきたのは他でもない、バスターだった。ガイはあまりの偶然に驚いたが、なんとか平静を装って、コーヒーを飲んだ。
「なんだ、二人ともここにいたのか……レアナ? そんな顔して、何かあったのか?」
「え……う、ううん。なんでもないよ」
 レアナは思わず、首を振って否定した。そんなレアナの額に、そっとバスターの掌があてられた。
「熱はねえから風邪じゃあなさそうだな……でも、どこか辛いのなら、早めに休めよ?」
「う、うん。ありがとう、バスター……」
 バスターはそのまま、コーヒーでも淹れるつもりか、キッチンへ入っていった。レアナがきょとんとして正面を見れば、ガイが雑誌で顔を隠し、必死に笑いをこらえている姿が目に入った。
「ガ、ガイ? 何がおかしいのお?」
 ガイは雑誌から顔を上げると、口元に笑みを浮かべたまま答えた。
「な、言ったとおりだったろ? お前のことをうっとうしいなんて思ってたら、今みたいな態度、取るか?」
「と、取らないと思う……」
 レアナは顔を赤くして、恥ずかしさからか再度、うつむいた。いくら人生経験の乏しい彼女でも、さっきのバスターの態度から、バスターが自分を心底から心配してくれていることは、さすがに分かったようだった。そこへまたちょうど、バスターがキッチンからコーヒーを片手に戻ってきた。
「なにか話してたみたいだな。レアナ? 顔が赤いぞ? やっぱり早く休んだほうが……」
「な、なんでもないよ! もう! バスターの……バカ」
 最後のほうは小声で、バスターもガイも聞き取れなかった。だが、レアナの顔がますます赤くなっていたことはバスターにもガイにも一目でわかった。
「な、なんだよ、いきなり……」
「お前がもっと素直になりゃ済む問題だよ、バスター」
 ガイが笑ってそう言うと、レアナはキッとガイを睨んだ。
「ガ、ガイも……いじわる!」
 それだけ言うと、紅茶が半分ほど残ったカップを置いたまま、レアナは出て行ってしまった。状況を把握してないバスターは混乱した様子で、ガイに助けを求めた。
「……なあ、ガイ。俺、レアナに何かしたか?」
「いやいや。仲がいいことで。仲良きことは美しきかなってやつかな?」
「ますます訳わかんねえよ」
「要するに、レアナとはもっと仲良くしろってことだよ」
「なんだよそれ。いったい……ああ、もういいさ」
 テーブルの一端に座ると、バスターはコーヒーをぐいっと飲んだ。心なしか、その顔は先のレアナほどではなかったが、赤く染まっているようにガイには見えた。
「もっと素直になれよな、バスター」
「俺はひねくれものだよ、どうせ」
「まあまあ。特にレアナが相手のときには……な?」
「……そんなこと言われなくても、わかってるに決まってるだろ……当然だ……」
 ガイは笑ってバスターに釘を刺した。バスターは顔を片手で隠して、椅子にもたれかかっていた。TETRAクルーの人間関係が円満なものであることを示すような、そんな出来事だった。



あとがき


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