[想うということ]


 TETRAの格納庫。普段はここは電力消費節約のためにも、電気は消してある。だが、ガイがふと立ち寄ってみると、無人だというのに電気がつけっぱなしになっていた。
「誰だあ? 電気は大切にって、昔から言ってるだろうが」
 そうぶつぶつ言いながらガイは電気を消した。しかし、その暗闇の中で、シルバーガン2号機のコクピットに明かりが灯っていることに気付いた。
「なんだ? レアナ? いるのか?」
 返事はなかった。再び電気を点けて2号機に近づいたガイは、コンコンとコクピットを叩いた。その音にようやく反応したのか、コクピットが鈍い音を立てて開いた。中には――2号機の主、レアナがいた。
「なんだよ、いるなら言えって……」
 ガイはそこまで言って、言葉を詰まらせた。レアナの目が赤く腫れ、涙ぐんでいたからだ。おそらく相当に泣いていたに違いない。
「ど、どうしたんだよ?」
 コクピットに足を掛けてガイがよじ登った。レアナは持っていたバンダナでこぼれてくる涙を拭いていた。そのバンダナは以前、バスターがレアナに贈ったものだった。
「ガイ……ごめんなさい」
 レアナはうつむいたまま、かろうじて言葉を出した。もちろんガイは何の意味かわからず、クエスチョンマークが彼の頭を覆っていた。
「なんだってんだよ、いったい」
 ガイがぼりぼりと頭を掻くと、レアナはまた涙を拭いた。
「だって……あたしたち……ううん、あたしは身勝手だもの」
「いきなり何だよ」
「ガイ、去年の7月14日の出来事がなかったら、あたしとバスターは一緒にいられたと思う?」
 急なレアナの質問に、ガイは答えに詰まった。恋愛ごとは彼の範疇外である。しかし、バスターとレアナ、それぞれの軍での立場くらいはわかっているつもりだ。額に手をあてて少し考えた後、顔を上げて答えた。
「そうだな。あいつは軍のエリートだし、お前は実験施設の出身だし……一緒にはいられなかったんじゃないか?」
「そう……でしょ?」
 そう返すと、レアナはまた泣き出した。ガイは根気よく、レアナが泣き止むのを待った。
「バスターがね、言ってくれたの……もしあの日が来なくても、バスターは軍を辞めてでも、あたしと一緒になってくれたって……」
「バスターが?」
「うん……あたし、本当に嬉しかった。そこまでバスターがあたしのことを想ってくれてたんだって……でも、今、そんなことをしなくてもバスターと引け目なしに一緒にいられるのは、あの日があったからなのに……罪を被るのは、あたしだけでいいのに……」
「罪?」
「あの日があったから、あたしとバスターが一緒にいられることは……死んでいった人達……長官や連邦軍の人達、一般の人達のことよりもあたしがバスターのことを想うのは、罪でしょう?」
「な、何言い出すんだよ……」
「でも、ガイはお父さんとお母さんを亡くしちゃったんだよ? それでもあたしがそのことよりもバスターのことを想っていても、何も思わないの?」
「何も思わねえ……ったら、嘘になるな」
「そうでしょう?」
「でも、もう済んじまったことなんだ。俺様はそんなくよくよする性格じゃねえしな」
 ガイは立ち上がって背伸びをすると、コクピットから飛び降りた。そして、コクピットでバンダナを握り締めているレアナのほうを向いた。
「済んじまった過去のことで悔やむより……今、お前が手にしてる幸せを大事にしろよ。そのバンダナみたいによ。何も後ろめたい思いなんてする必要ねえんだから」
「え、だけど……」
「それよりも……お前も含めて生きている者、これから生きる者のために、現在と未来を見ろ……ってな。ま、これは艦長の受け売りなんだけどよ」
「ガイ……」
「こんなとこで泣いてないで、バスターのところへ行けよ。本当はいつだって一緒にいたいんだろ?」
 レアナは顔を赤らめ、こくりと頷いた。コクピットから降りると、黙ってガイの後をついて来た。そして格納庫の出口で、ガイの制服の袖をきゅっと引っ張った。
「!?……なんだ、レアナ?」
「ガイ、ありがとう」
 自分よりどう見ても年上には見えない少女の純粋な言葉に、ガイはなぜか胸が高鳴る感覚を覚えた。だが、それは恋愛感情ではない。もっと別の、そう、照れのような思いだろう。
「いーってことよ。じゃあな」
 ガイはそう言って、わざと早足で自室に向かった。自分が通路にいてはレアナがバスターの部屋に行きにくい、そう思っての配慮だった。自室に入ってベッドに勢いよく仰向けに倒れこむと、ガイは見慣れた天井を見つめた。
「バスターもレアナも果報者だよな……お互いあんなに想いあってる奴ら、こっちが恥ずかしくなっちまう」
 ガイは一人呟くと、首から下げているペンダントを手に取り、蓋を開いた。そこには彼の幼馴染で若くして亡くなった少女のあどけない笑顔が写っていた。
「ユリ……もしもお前が生きてここにいたら、俺もあの二人みたいな想いを抱いたのかな……」
 ガイの言葉に返事があるはずもなく、部屋の中は静まり返っていた。ガイはペンダントを枕元に置くと、短く祈った。バスターとレアナが、少しでも互いを思って幸せであるようにと……。



あとがき


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