[彼が生まれた日]


 ここ2、3日、クルー達の様子がおかしい――ロボノイド・クリエイタは不思議に思いながらも、言葉には出さずにいた。どうも自分のいない場所でなにやらこそこそとやっているようなのだが――人間のように詮索しないのがロボノイド、というよりクリエイタ自身の性格であり、首を突っ込まないようにしていた。しかし、一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。

「クリエイタ、今日の夕ご飯はあたしとバスターが作るから。ゆっくり休んでて」
 クリエイタが思ってもいなかったことをレアナが口にしたため、クリエイタは驚いた。毎回の食事の準備はクリエイタがやっており、たまにレアナやバスターが手伝うこともある。ガイはと言うと――坊ちゃん育ちの彼がキッチンに入ると、甚大な被害が出ることがわかったため、一度手伝ってもらって以来、やんわりとクリエイタ達は断っていた。しかし、バスターとレアナが二人だけで夕食を作るなどと言い出したのは初めてだった。
「シカシ ショクジノヨウイハ ワタシノシゴトデスシ……」
「たまには休めよ。任しとけって」
「そうそう。そうだ、ガイにメンテナンスしてもらってきたら? ずいぶんご無沙汰してるんじゃない?」
 バスターとレアナに追い立てられるように、クリエイタはキッチンから出ていった。その様子を見送り、バスターとレアナは安堵のため息をついた。

「やっぱりメンテをさぼると、結構大変だなあ。マメに見てやれなかったこと、ごめんな、クリエイタ」
「イエ イイノデスヨ。サイワイ コショウニハイタッテマセンカラ」
 格納庫でガイのメンテナンスを受けながら、クリエイタは明るく返した。クリエイタのメンテナンスはガイかテンガイのどちらかが定期的に行っている。それが、あの西暦2520年の災厄の日が起こって今に至るまでも同じだ。ただ、テンガイは少しばかり忙しかったため、メンテナンスはガイがやる場合が多くなった。テンガイにしてみれば、面倒くさいなどということはないだろうが、機械いじりの好きなガイに趣味がてらにやらせているのかもしれなかった。
 しかし、今日のメンテナンスはいつもより丁寧だった。もちろん、いつもが手抜きであるわけではない。今日が妙に念入りなのだ。
「ガイ キョウハ イツモヨリ ジカンガカカッテマスネ。ドコカ ケッカンブイデモ ミツカリマシタカ?」
「ん? い、いや。サービスだよ、サービス。気にすんなって」
 そう言ってガイはクリエイタの背中のカバーを閉めた。クリエイタがガイと一緒に工具を片付け終わると、ガイがクリエイタの頭をポンと叩いた。
「さてと。そろそろメシの時間だし、食堂に行くか」
「エ、エエ……」
 ロボノイドである彼はもちろん食事を必要とはしない。だが、クルー達が美味しそうに食べるさまを見ていると、自分の心までもがいっぱいになる気がした。だから、先のガイの誘いも断る理由はなかった。しかし、今日はなにか違う気がする。疑問を残したまま、ガイとクリエイタは食堂へと向かった。

「あ、ガイ、クリエイタ。ちょうどよかった。ご飯できてるよ。艦長も来てるしね」
 食堂の扉から顔だけを覗かせたレアナが笑って言った。
「お、そうか。じゃあ入ろうぜ、クリエイタ」
 ガイに促されてクリエイタが食堂に入ると、そこは真っ暗だった。しかし、次の瞬間に明かりが点き、パーンというクラッカーの破裂音が響いた。
「誕生日おめでとう! クリエイタ!」
 クリエイタは一瞬、何が起こったのかわからなかった。しかし、自分の誕生日と聞いて、「?」といった様子になった。
「艦長とガイに聞いたんだよ。クリエイタが生まれたのは今日だって。背中のカバー裏に書いてあるんでしょ?」
 レアナがクラッカーを持ったまま、嬉しそうにクリエイタのそばに寄って来た。その後ろではバスターも笑っていた。クリエイタは自分の頭脳に登録されたパーソナルデータを読み取り、確かに自分が生まれた日――「頭脳」としてまず創りだされた日が今日であることを知った。
「タ、タシカニソウデス……シカシ ワタシハ ニンゲンデハナイノニ コンナリッパナコトヲ シテモラッテハ……」
「何言ってんだ、クリエイタ。俺達は仲間だろうが。人間だろうとロボノイドだろうと関係ないって」
 ガイが歯を見せて笑い、クリエイタの頭をぐりぐりと撫でた。
「ま、ガイの場合は便乗してご馳走が食えるってことも関係ありだろうな」
「おい、バスター! 俺様はそんなやましい気持ちはねーからな!?」
 テーブルの上に並んだ夕食は、そう言われてみればいつもよりも豪華だった。
「やっぱり、こういうときは奮発しなきゃね。あ、艦長、ちゃんと節約したからね?」
「まったく、クリエイタは物を食わんのにな。クリエイタ、こいつらのはしゃぎっぷり、勘弁してくれ」
 テンガイがクリエイタの背中をぽんと叩いた。だが、クリエイタは嬉しかった。
「イエイエ……ミナサンガ オイシソウニ タベルサマヲミルノハ ウレシイコトデスヨ。ドウモ アリガトウゴザイマス」
「クリエイタ! やっぱりお前はいい奴だな〜!」
 ガイが大げさなくらいに感激して、クリエイタに抱きついた。その様を見て、バスターやレアナ、テンガイは声をあげて笑った。このときの笑顔は、クリエイタの脳裏のアルバムにしっかりと刻み込まれた。

 紀元前10万年。クリエイタは夕陽が落ちるのを見届けると、バスターとレアナのクローンが眠っている部屋に戻ってきた。クローンは変わらず培養液の中で眠っており、こぽこぽという音がたまに響く以外は、しんと静まり返っていた。
「ワタシガ……モウイチド ウマレテクルトキ……ソシテ アナタタチノシソントシテ……TETRAノミンナガ ウマレテクルトキ……マタ アンナタノシイオモイデヲクダサイネ。オモイデモナシニ……イッテシマウノハ……カナシイコトデスカラ……」
 クリエイタのアイモニターからはオイルが漏れ出し、まるでクリエイタは泣いているようだった。奇しくも、その日はクリエイタの誕生日だった。寂しく切ないはずの誕生日――しかし、クリエイタは哀しみには沈まなかった。自分にはあの日の思い出があるのだからと。クリエイタの命が尽きるまであとわずかの、静かすぎる夜だった。



あとがき


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