[花火]


「お、いたいた」
 シルバーガンが鎮座している試験飛行場の格納庫の前で夕涼みをしていたバスターとレアナは、後ろから聞こえてきたガイの声に振り返った。
「探したんだぜえ。ま、見つかってよかったけどよ」
「何か用なの? ガイ」
 レアナの問いに、ガイは思い出したように片手に持った袋をかざした。
「花火だよ、花火」
「花火?……あの、火をつけるときれいに燃えるやつ?」
「そうさ。飛行試験が一段落ついたらやろうと思って、テストに入る前にわざわざ実家から持ってきたんだぜ? 一度くらいはやったことあるだろ? 花火?」
「うーんと……ごめん、おぼえてない」
「俺もだな……そういう風習を重んじる家じゃなかったからな、俺んちは」
 レアナとバスターの返答に意外というかバツの悪そうな顔をしたガイだったが、髪をばさばさとひっかくと、ニッと笑った。
「じゃあ、今夜、楽しもうぜ! 絶対に面白いからよ!」

 その夜、試験飛行場の片隅に、バスター、レアナ、ガイ、クリエイタの姿があった。もちろんテンガイの許可はもらってある。ガイたちはテンガイも誘ったのだが、テンガイはやんわりと断った。若者同士で水入らずで楽しめという配慮だったのかもしれない。
「さて、ロウソクを立ててと……しまった、火を持ってくるのを忘れちまった」
「それなら心配ないよ。バスターがライター持ってるもん」
 気まずそうな顔をしたガイをフォローするように、レアナが笑顔で答えた。
「お、そうか。じゃあこのロウソクに火つけてくれよ、バスター。不良癖も役に立つもんなんだな」
「悪かったな。どうせ俺は不良あがりだよ」
 軽口を叩きあいながら、バスターはガイが持ったロウソクに火をつけてやった。ガイはロウソクを付属のロウソク立てに立たせると、早速、持参した花火をバスター、レアナ、クリエイタに配った。
「気をつけろよ、レアナ。やけどでもしたら痛むからな」
「大丈夫だよお、バスター。あたしだって子供じゃないんだからね」
 そう言ってレアナは花火をロウソクに近づけた。しかし、一向に火がでる気配がない。
「あれえ? ねえガイ。この花火、火が出ないよ」
「なにー? 今年買ったばかりのだぞ、しけってるはずは……おい、レアナ、そりゃ逆だ」
「え、逆?」
「反対側に火つけてみろ。今度は火が出るから」
 レアナが言われたとおりに反対側にロウソクの火をつけると、たちまち鮮やかな炎が飛び出した。
「きゃあ!」
 レアナは心底びっくりしたようで、同時に怖がってもいるようだった。火のついた花火を落としそうになったので、バスターがすかさずレアナの手を握り締め、落ちないようにした。やがて噴き出る炎が止まると、レアナは少しの間、呆然としていたが、バスターが自分の手を握っていることに気付き、はっと顔をほんの少し赤らめた。
「あ……ありがとう、バスター」
「いきなり刺激の強い奴をやったんだな。ガイ、今度はもう少し大人しい奴やれよ」
「わーったって。じゃあ、この細めの奴をやれよ。ほら」
 ガイはレアナに2本目の花火を手渡した。その間に、バスターとクリエイタは1本目の花火に火をつけた。さすがにレアナほどは驚かなかったが、その鮮やかで美しい炎に、二人はしばし見とれていた。
「ハナビハ ワタシノデータベースニモアリマスガ コンナニウツクシイモノトハ シリマセンデシタ」
 1本目の花火が終わって、クリエイタは感慨深そうに言葉を漏らした。その言葉を聞いたバスターは、ぽんとクリエイタの背中を叩いた。
「じゃあ、いい経験だったな。俺も花火がこんな綺麗なもんだとは思ってなかったぜ」
「二人とも、2本目いくか?」
 ガイが燃え尽きた花火をバケツに入れて、バスターとクリエイタに尋ねた。二人の返事はもちろん決まっていた。レアナは2本目に火をつけてきゃっきゃっと歓声をあげていた。

「もう終わっちゃったの?」
 レアナはガイに残念そうに尋ねた。すっかり花火が好きになったようだった。
「いや、まだあるぜ。ちょっとばかし地味だけどよ」
 そう言うと、花火の袋の奥のほうから、ガイは小さく細い花火を取り出した。確かに今までの花火とは随分と異色だった。
「なにそれ? かわいい花火だねー」
「線香花火って言うんだぜ。昔っから花火の締めくくりはこれって決まってるんだ」
「へえー、そうなのか」
 バスターが彼には珍しく、素直に感心したように言った。
「最初は地味だけど、上手く燃やせば綺麗なもんなんだぜ? まずは俺様がお手本を見せてやるよ」
 ガイは線香花火の一本を取り出すと、ロウソクにそっと近づけて火をつけた。最初は小さな炎がシュワシュワと出ていたが、先端が丸くなるにつれ、バチバチッとした火花のような炎が出てきた。
「うわあ……きれいだねえ」
 レアナが見とれて言葉を漏らした。その線香花火も終わると、ガイは残ったちょうど4本から自分用にもう一本取り、残りの3本をバスター、レアナ、クリエイタに配った。
「さ、お手本はわかっただろ? やってみろよ」
「うん!」
 レアナは嬉しそうに返事し、一番乗りで火をつけていた。続いてバスターが、そしてクリエイタ、最後にガイが火をつけた。
「あ、出てきたよ! バチバチの火花。でも、緊張するね」
「まあ、それが線香花火の醍醐味でもあるって……って、おい! 俺様のぶん、火種が落ちちまったよ。ついてねえなあ」
「さっきは上手くいったんだから、じゅうぶんだろ? しかし確かにこの火花、一見の価値ありだな」
「だろ?」
 バスターとレアナが嬉しそうに言うのを聞いて、ガイは得意満面といった表情だった。
「あ……終わっちゃった。もっと長くできればよかったなあ」
「そういう花火なんだから、仕方ないだろ。俺も終わっちまったな……お、クリエイタのはまだ火花、出てるじゃねえか」
 3人がクリエイタのほうを見てみると、確かに彼の手のミニマニュピレーターで挟まれた線香花火は、まだバチバチと火花を出していた。そんな様子を3人と1体が見守る中、やがて火花は静かに消えた。
「消えちゃったね……でもクリエイタ、花火の才能、あるんじゃない?」
「どんな才能だよ、どんな」
 レアナの言葉にバスターが隙を入れず突っ込んだ。レアナは「えー」といった表情だった。
「じゃあ、片付けようぜ。片付けをしっかりやることって艦長に釘を刺されたからな。燃えカスでもあったら、カミナリ落とされちまう」
「違いない」
 ガイの言葉にバスターが笑い、全員で使用済みの花火やロウソクを片付けた。
「ね、バスター」
 水の入ったバケツを持ったバスターに対し、レアナが声をかけた。
「ん? なんだ?」
「宇宙でのテストが終わったら、またやりたいね、花火! ガイに頼んでおかなきゃ」
「そうだな」
 バスターは口元に肯定の笑みを浮かべた。

「……バスター、花火のこと、覚えてる?」
 西暦2521年7月13日夕刻。2機のシルバーガンの傍らで、レアナはバスターの腕に抱かれたまま、そっと呟いた。
「花火? ああ、あれか……覚えてるさ、もちろん……」
「最後に線香花火をやったとき、ガイの花火がいちばん最初に終わったでしょ? あれって……まさかガイが……それに艦長までがこんなことになることの……暗示だったのかな……」
 レアナはバスターの胸に顔をうずめて涙を流した。バスターはそんなレアナの頭と背中をなでてやり、優しい口調で言った。
「そんなわけないだろ……お前が不安なことはわかるけどよ……」
「ごめんなさい……バスターだってきっと不安なはずなのに……」
「お前が一緒なんだ。不安なんてもうどっかに失せちまった」
 バスターは嘘をつき、レアナを抱きしめた。不安でないはずがなかった。現に、さっき「俺達は……勝てねえのかな?」と、弱音を吐いてしまったばかりなのだし。だが、再びレアナに弱音を言うわけにはいかなかった。自分はレアナを守る、最後まで――そう誓ったのだから。
「帰ってこよう、必ず。それでいつか……また花火が出来たらいいな」
「……うん。そうしたいね……!」

 クリエイタは離れた場所から、二人の会話を彼の並外れた聴力でそっと聞いていた。あのとき、線香花火は自分のものがいちばん長く燃えていた。あれはレアナが言ったように、これからのそれぞれの人生を暗喩していたのかもしれない。ならば、自分はやはり一人でとり残されるのだろうか?――いや、たとえそうなっても、そのときは自分が成すべきことを負わされたのだと思えばいい。自分は使命のためにここに残されたのだと――バスターとレアナから貰った髪の毛を入れたガラスケースを見つめながら、クリエイタは心を鎮めていた。

 夏の夕刻はまだ明るく、二人の男女と一体のロボノイドを沈みかけの太陽が照らしていた。その夕日の色は橙色で、あの線香花火の火花と同じ色だった。



あとがき


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