[眠りの魔法]


 夜中、レアナはふと目を覚ました。昼間、体調が少しすぐれなくて眠ってしまったせいかもしれない。
(お昼寝、やめとけばよかったかな)
 そんなことを思いながら、枕元に置いてある時計を見た。時間は午後11時――「彼」なら、まだ起きているかもしれない。なぜそんな風に思ったのかわからない。ただ、今日は食事のとき以外、昼間にほとんど会えなかったせいもあるかもしれない。レアナはパジャマの上にカーディガンを羽織り、室内履き用のスリッパを履くと、そっと自分の部屋を出た。

 レアナの部屋の隣にあるバスターの部屋の前まで来て、レアナは少しためらった。だが、思い切って扉をノックしてみた。各部屋の防音は結構しっかりしているので、扉が閉まった状態では、中の様子はよくわからない。もう寝ちゃったのかな……レアナがそう思い、自分の部屋に戻ろうとしたとき、扉がシュッと開いた。
「レアナ……?」
 レアナと同じパジャマ姿のバスターは、夜中の訪問客に多少驚いているようだった。
「どうした? また怖い夢でも見たのか?」
 前にレアナが泣きながら夜中にやってきたことを思い出してか、バスターは心配そうに尋ねた。レアナはふるふると首を振った。
「あ、ううん……昼間に寝ちゃったせいかな。ねむれなくって……バスター、起きてるかなって……」
「そういえばお前、昼間は具合が悪かったよな。もう大丈夫なのか?」
「うん。お昼寝もしたし、夕ご飯の後は今まで寝てたし……ごめんね、心配かけて」
「大丈夫ならそれでいいさ。何か話でもするか? 入れよ」
 バスターはレアナを促した。レアナは導かれるまま、部屋の中に入っていった。

「バスターの部屋って、いつもきれいだよね」
 レアナはベッドに腰掛けると、辺りを見渡して感心するように眺めた。レアナの隣に座ったバスターは、笑いながら答えた。
「俺は結構、几帳面なんだよ」
「そうだね。シルバーガンの整備も、いつもていねいだもんね」
 レアナもくすっと笑った。その笑顔はあどけなくて愛らしく、バスターは思わずドキリとしてしまった。だが、冷静を繕い、ごほんと咳払いをした。
「どうしたの? バスター?」
「いや、なんでもない」
「風邪かなあ……? それともタバコの吸いすぎなんじゃないの?」
「タバコは限りがあるし、そんなに吸ってねえよ。大丈夫だ」
「そう……?」
 レアナは心配そうにバスターの顔を覗き込んだ。レアナの使っている洗髪料のものだろうか。わずかにいい香りがバスターの鼻先をかすめた。バスターはそのレアナの頭に手をやり、優しく撫でた。
「すまないな、心配かけて」
 レアナは身を寄せ、髪を撫でられるままになっていたが、やがてバスターの手に自分の手を重ねた。そして、笑顔でバスターの瞳を見つめた。
「バスター、今日はなんだか素直だね」
「ああ? 何言ってんだ? 俺はいつも素直だぜ」
「ウソばっかり。バスターって、いっつもあたしやガイをはぐらかしてるじゃない」
 図星を指され、バスターはうっと言葉を詰まらせてしまった。そんなバスターの様子がおかしいのか、レアナは笑顔のまま続けた。
「でも、バスターと初めて会ったころよりは、バスターの言うことがわかる気がするの」
「?……どういうことだ?」
「バスターって本当のことをなかなか言ってくれなかったんだもん。だから、あたし、なんだか不安だったの。バスターって、心の底ではあたしのことをどう思っているのかなって」
「そういうことかよ……」
「けど、今はわかるよ。バスターがあたしやガイを嫌ってないってことは」
 レアナはバスターの腕を握り、そっと顔を腕に寄せた。目を閉じたその表情は、穏やかなものだった。
「俺に言わせれば、お前もずいぶん変わったと思うぜ」
 レアナの手を握り返すと、バスターは笑って答えた。
「あたしが?」
「ああ。ずいぶん大人っていうか……年相応になってきたって言うのかな」
「それじゃ、あたしがまるで子供みたいだったって言ってるみたいじゃない」
「実際、そうだったじゃねえか?」
「もう、そうやって子供扱いするんだから」
 レアナは頬をぷっと膨らませたが、バスターからは離れなかった。彼女が本気で怒っていない何よりの証拠だった。
「TETRAに配属になって……あの日が起きて……もう半年以上も経つんだよね……早いよね」
 バスターは何も言わず、ただレアナの手を握る手に力をこめた。レアナもバスターの内心を察したかのように、手を離そうとはしなかった。
「あたしたち、どうして生き残ったんだろうね……」
「さあな……でも、こうしてここにいるってことは……何かやるべきことがあるからなのかもしれないな」
「やるべきこと?」
「ああ。それが何かはわからないけどな。けど、何の意味も考えずに過ごすより、いいだろ?」
「……そうだね」
 バスターとレアナはそのまま、しばらく身を寄せ合っていた。だが、やがて、レアナがうとうととし始めた。
「レアナ? もう寝たほうがいいんじゃねえか?」
「……あ、うん……じゃあ、あたし帰るね」
 レアナは眠気を我慢して立ち上がり、扉の前まで歩いていった。だが、扉を開ける前にくるりと振り返り、後ろからついてきたバスターの手を取った。
「お話につきあってくれて、ありがとうね、バスター」
「これくらい、なんでもねえさ。眠れなくなったら、また来いよ」
「うん……」
 レアナが踵を返そうとしたとき、バスターがレアナの肩を掴んだ。
「な、なに?」
「忘れてた。よく眠れるおまじないだ」
 そう言うと、バスターはレアナの額に、軽く触れる程度のキスをした。レアナはたちまち真っ赤になってしまった。
「や、やだ……バスターってば……ねむれなくなっちゃうじゃない……」
「大丈夫。眠れるさ」
 バスターは笑ってさらっと言ってのけた。そして扉を開けると、まだ顔を赤くしているレアナの手を引っ張り、彼女の部屋の前まで連れて行った。
「それじゃあな。ぐっすり寝ろよ」
「う、うん……バスター……」
「なんだ?」
「……いじわる」
 赤い顔で恥らいの表情を浮かべたレアナの顔は、先ほどに負けないくらい、愛らしかった。バスターは照れ隠しにポンと彼女の肩を叩いた。
「今頃気付いたのか?」
「……もう。バスターってば……おやすみなさい」
 レアナは扉を開け、自室に戻っていった。バスターも自室に戻り、ベッドに横になると、レアナの残り香がかすかに漂っているような感覚を覚えた。
「参ったな……あいつ、こんな置き土産してったんじゃあ、俺が眠れねえじゃねえか……」
 バスターはそう言ったものの、数十分後には眠りに就いていた。そして、隣の部屋のレアナも、寝息を立てて眠っていた。

「おはよう、バスター、ガイ」
 翌朝、朝食の席にレアナが笑顔でやってきた。どうやらぐっすり眠れたらしく、隈なども出来ていなかった。
「おう、おはよう」
「おはよーさん。なんだ? 今日は妙に機嫌がいいな?」
 ガイが不思議そうに尋ねると、レアナは笑顔のまま答えた。
「うん。よく眠れるおまじない、バスターに教えてもらったの」
 レアナの言葉に、バスターは飲んでいたコーヒーを思わず噴き出しそうになった。
「おまじない? なんだよそれ、バスター?」
「た、大したもんじゃねえよ」
「変な奴だなあ。どういうおまじないなんだよ、レアナ」
「えっとねー……ひ・み・つ」
「なんだあ? じらしといてそれかよ。全く、仲がいいことだなあ」
 ガイがからかうように言った。バスターは冷静を装ってコーヒーを飲み、レアナは笑みを浮かべたまま、朝食の準備をしているクリエイタのところへ手伝いに行った。

 二人の秘密をガイが知るのは、まだ先のことである。



あとがき


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