[小さな事件簿]


「よお! ガイ!」
 シルバーガンの飛行テストの合間、昼休みに昼食を摂ろうと、バスター、レアナ、ガイの3人は滑走路から建物のほうへ向かっていた。声をかけられたガイが振り返ると、ガイは懐かしそうな笑顔を浮かべた。
「リィロン! ウェンツ! エンリコ!」
 ガイに名前を呼ばれた青年3人は、どうやら彼の馴染みらしかった。ガイと同じ東洋系の青年が一人、それにバスターやレアナと同じコーカソイドの青年が二人だった。
「ガイ、おともだち?」
 レアナが素朴な疑問を口に出した。ガイはレアナのほうを振り向いて答えた。
「ああ、俺様と同期なんだ。レアナ、バスターと一緒に、先に昼飯食っててくれよ」
「うん、わかった。行こうよ、バスター」
「ああ。それじゃあな」
 バスターはレアナを連れて、そのまま歩いていった。それはいつものバスターだったが、3人の青年のレアナを見る視線には、敏感すぎるほどに気付いていた。

「懐かしいなあ。2年ぶりか?」
 ガイがリィロンと呼んだ中国系の青年の肩を叩くと、リィロンは笑って答えた。
「そうだな。あの頃は、俺たちもまだ少年兵だったっけ。お前は背丈以外は変わらないなあ」
「違いない」
「軍の有名人ってこともな」
 ウェンツとエンリコがうんうんと腕を組んで頷いた。
「なんだよ、それ! 俺様だって、今じゃ立派なテストパイロットだぜ?」
「でも、機体破壊率ナンバーワンだって? 確かにある意味、立派だけどなあ」
 ガイを除く3人はどっと笑った。ガイは観念したかのようにぼりぼりと頭を掻いた。
「お前らのいる第一空挺師団も、ここで訓練でもあるのか?」
「そうさ。まあ、いるのはせいぜい一週間くらいだけどな。ところで……さっきの女の子、マリアン=レアノワールだろ?」
 ガイはウェンツにレアナの本名を出され、一瞬、誰のことか解らなかった。しかし、数秒の後に「ああ!」という声と共に気付いた。
「レアナのことか。レアナがどうかしたのかよ?」
「お前、知らないのか? あの子、軍じゃ結構有名なんだぜ。シルバーガンみたいな高性能機のテストパイロットに女の子がいて、しかも可愛いってな」
「マジかよ? 全然知らなかったぞ」
「マジマジ。お前、そういうことにはどうも鈍感だなあ」
 エンリコにそう返されて、ガイは多少ムッときたが、相手は久方ぶりに再会した友人。すぐに機嫌を直した。 
「俺様は色恋沙汰には興味ねえんだよ」
「そういうところも変わらないな」
 リィロンが歯を見せて笑った。
「実はな……俺たち、その……レアナさんとお近づきになりたいんだ」
 ガイはほんの少しの間、ぽかんとしていた。だが、すぐにびっくりしたような声を上げた。
「お近づきって……お前ら、レアナと付き合いたいのか!? 要するに!?」
「ま、そういうことだな」
 リィロンが頬を少し赤らめて咳払いをした。ウェンツとエンリコも髪をかいたりしており、どうやら3人がレアナと付き合いたいという意思は本物のようだった。
「ふーん、そうかあ……まあ、紹介くらいはしてやるけどよ」
「本当か! ガイ!」
「恩に着るぜ!」
「すまねえな!」
 3人は口々にガイに感謝の言葉を浴びせかけた。ガイはわかったわかったという手振りをしたが、真面目な顔になって一言付け加えた。
「けど、お前らの誰かを選ぶのはレアナ本人なんだからな? 無理やりとかだったら俺様が許さねえぜ? バスターも同じだろうしな」
「バスター……さっきの赤毛の……ガンビーノ=ヴァスタラビッチか?」
 ウェンツの問いにガイは少し驚いた。
「なんだなんだ? バスターもそんなに有名なのか?」
「お前ら3人のテストパイロット、色んな意味で有名だぜ? 知らぬは本人のみってやつだな」
「へえー。まあ、とりあえずメシ食いに行こうぜ。そこでレアナに紹介してやるからさ」
 ガイの誘いに残りの3人は同意し、揃って歩き出した。

 ガイやリィロンたちがカフェテリアでバスターとレアナを探すと、ちょうど窓際のテーブルで、隣同士に座って昼食を摂っているところだった。何かバスターが冗談でも言ったのか、レアナが無邪気に笑っている様子が見えた。
「おい、ガイ……マリアン……いや、レアナちゃんって、あいつともう付き合ってるのか?」
「あ? ああ、付き合ってるかどうかは置いといて、仲がいいのは確かだな。兄妹みてえでさ」
「兄妹みたい、か……それならまだチャンスはあるよな?……よし!」
 エンリコが自分に自信をつけるかのように、ぐっと拳を握った。

「よお、バスター、レアナ」
 ガイ、リィロン、ウェンツ、エンリコの4人はトレーに昼食を載せると、バスター達のテーブルに近づいた。
「なんだ、ガイ? 何か話し込んでたのか?」
「あー、ちょっとな。ここ、いいか?」
「ああ、いいぜ」
 ガイが空いていたバスターの隣に座り、リィロン達はその向かいの席に座った。見れば、バスターとレアナはもうあらかた食事を終えており、デザートのヨーグルトやプリンを食べているところだった。
「早く食わねえと、昼食だけで昼休み終わっちまうぞ?」
 バスターがガイ達に促すと、ガイは手に持ったフォークをぶらぶらと振った。
「わーってるって。その前に、紹介しとくぜ。俺と同じ東洋系の奴がウォン=リィロン、金髪の奴がウェンツ=ヴェーバー、で、いちばんガタイのいい奴がエンリコ=ガセットだ。さっきも言ったけど、全員、俺の同期だ。今は第一空挺師団に所属してるんだ」
「どうぞよろしく」
「よろしく」
「よろしくな」
 3人は順々に挨拶をした。釣られて、レアナも手に持っていたスプーンを置いて、ぺこりと頭を下げた。
「あ、どうも……マリアン=レアノワールです。みんなにはレアナって呼ばれてます」
「知ってるよ。君、有名だからね」
 リィロンがにっこりと笑った。レアナは先ほどのガイと同じように驚いた表情をした。
「え? ど、どうしてなんですか?」
「女の子で新型機のシルバーガンをまともに動かせる腕前のパイロットは君以外にいないってね。知らなかったかい?」
「ぜんぜん知らなかったです……あ、バスター、ほら、自己紹介しなきゃ」
 デザートも食べ終えて腕を組んで黙ったままだったバスターは、レアナにパイロットスーツの袖を掴まれた。
「わかってる。俺はガンビーノ=ヴァスタラビッチ。バスターって呼ばれてる」
「レアナさんといい、凄腕のパイロットが揃ってるってわけか、TETRAには。あ、いや、ガイは違うな」
「ウェンツ! そりゃー、どういう意味だよ!?」
 ガイは口の中の食べ物を飲み物で流し込むと、抗議の声をあげた。もっとも、それが冗談だということは、ガイも充分にわかっているようだった。
「怒るなって、ガイ。ところでさ……レアナさん、今、つきあってる人っているかい?」
「おつきあい?」
 レアナはきょとんとした表情だった。どうもウェンツのいう「お付き合い」の意味がわかってないようだった。
「いや、ほらさ、一緒に映画を観に行ったり、遊びに行ったりとか……そういう人、いないかい?」
「あたし、同じ年の女の子の友達がいないから……」
 レアナガ寂しげに呟くと、ウェンツは慌てて質問を加筆修正した。
「い、いやいや。女の子じゃなくて、男だよ。どうだい?」
「え、えーと……いえ、いません……」
「それじゃあさ、俺達とグループ交際しないかい?」
「ぐるーぷこうさい?」
「ああ、俺と、リィロンと、エンリコとで。知人の女の子も紹介するよ。どうだい?」
「え、えっと……ど、どうしようか? バスター?」
 レアナの言葉に、彼女の向かいの3人は意外な表情を浮かべ、ガイもフォークの動きを止め、「何?」といった表情だった。
「……は、はあ!? 俺に聞くなよな、そんなこと」
 バスターはさっきからの会話を黙って頬杖をついて聞いていた。そして、どこかその様子は不機嫌だった。
「どうしたの、バスター? 歯でもいたいの?」
「そんなんじゃねえよ」
 心配げに声をかけてきたレアナに対しても、バスターはぶっきらぼうに答えた。レアナまでもが釣られたように不安げな顔になった。
「俺、タバコ吸ってくるから。ゆっくりしてろよ」
 そう言い残すと、バスターは自分のトレーを持って立ち上がり、去っていった。
「なんだ、ありゃあ? せっかくレアナちゃんが心配してるってのになあ」
「バ、バスターは、たまにああいうことあるんです……だから悪く言わないでください」
 レアナはまだ不安気で、しかし、きっぱりとエンリコに言った。そして、レアナもトレーを持って立ち上がった。デザートがまだ少し残っていたが、気に留めてない様子だった。
「あの、あたしも用事があるので先に行きます。じゃあね、ガイ」
 残された4人はぽつーんとテーブルに座ったままだった。
「お、おい、ガイ。やっぱりあの二人、付き合ってるんじゃねえか?」
 エンリコの問いかけに対し、ガイはあっけらかんと言った。
「だから『紹介くらい』はしてやるって言っただろ。でもあいつら、正式には付き合ってねえと思ってたけどなあ。進展があったのかねえ」
「お前なあ。俺がお付き合いの質問したときに、あの子、よりによって隣の男に相談したんだぞ? どう考えたって……俺達の敗北だあ」
 エンリコは大げさに天を仰いだ。他の二人、リィロンとウェンツも、ガックリきた様子だった。ガイはそれぞれの様子を眺めていたが、そのうちに「おい」と声をかけた。
「なんだ」
「お前ら一人、誰かこっち側に座れ」
「なんでだよ」
 ガイは臆面もなく、さらっと言った。
「俺がこっち側に1人で、そっち側に男3人がそうやって並んで座ってると、お前ら、ホモに見えるぞ」

 滑走路の片隅、適当な段差に座って、バスターはタバコをふかしていた。しかし1本を丸々吸っているわけではなく、半分くらいになると荒っぽい手つきで携帯灰皿にこすりつけて入れた。そして新しい1本をまた吸う。そんな動作をバスターが繰り返していると、レアナが手を振って走ってきた。
「バスター!」
 バスターは返事するでもなく、ただ目の前の殺風景な風景を眺めていた。レアナはバスターの傍にたどり着くと、はあっと息を切らせ、バスターの隣に座りこんだ。
「よくここだってわかったな」
「シルバーガン1号機の傍にもTETRAにもいなかったから。だから、前にタバコを吸ってた場所を思い出したの」
 レアナは呼吸を整えると、バスターと同じように目前の風景に目をやった。
「ねえバスター、さっきはどうしたの?」
「なんでもねえって」
「……なんでもなくないもん」
 バスターとレアナはそのまま黙り込んでしまった。しかし、レアナが顔を上げ、ぱちんと手を叩いた。
「あ……ねえ、いま思い出したんだけど……あたしたち、一緒に出かけたこと、何度かあったよね」
 バスターは声は出さず、ただタバコをくわえたまま、レアナのほうに顔を向けた。
「ほら、あたしが落ち込んだときに海に連れてってくれたし、それからすぐ後にも、グリーンプラントに連れてってくれたでしょ? なあんだ。あたし、もう……」
「もう?」
「バスターと「おつきあい」してたんだね」
 バスターは思わず煙にげほげほとむせた。灰皿に吸いかけのタバコを捨て、残りのタバコもしまうと、彼を心配するレアナの肩を叩いた。
「お、おい……あのな、そういうのは別に……」
「そのことをさっきあたしが忘れてたから、バスター、怒ったんでしょ? ごめんなさい」
 レアナはバスターの手をぎゅっと握り、ちょこんと頭を下げた。バスターはと言えば……レアナの言ったことは図星……と言うよりも、レアナに男が近づくことが嫌だったのだ。それがたとえガイの友人で信用のおけそうな人物でも。それに、純粋無垢な彼女を汚したくないという思いがあった。レアナには今のレアナのままで――そして自分の傍にいてほしい、そんな思いと多少の焼きもちが、あんな態度をバスターに取らせてしまったのだろう。
「俺って、こんなに独占欲が強かったのか……我ながら嫌な奴だよな……」
 バスターの呟きを聞いたレアナは不思議そうな表情をしたが、両手でバスターの一回り大きい手を握ると、こう言った。
「バスターはイヤな人なんかじゃないよ。だって、あたしはバスターのことが大好きだもん」
 バスターはさーっと自分の顔が赤くなるのを感じた。レアナの言う「大好き」が、自分がレアナに対して持っている「好き」とよく似たものであることはわかっている。ほんのわずかな隙をついてとはいえ、キスだってしたのだから。だが、わかっていても、こう面と向かって言われて、恥ずかしがらない者はいないだろう。
「どうしたの? バスター。顔が赤いよ」
「き、気のせいだろ!」

 昼休みが終わりに近づき、3機のシルバーガンが鎮座している場所にバスターとレアナが戻ってくると、ガイが3号機の傍に立っていた。
「あ、ガイ! さっきはごめんね。せっかくリィロンさんたちのこと、紹介してくれたのに」
「あいつら、そんなこと気にするような細かい神経もってねえから心配するなよ。それよりも、バスターとはもう大丈夫なのか?」
「え? 大丈夫って?」
「……どうやら大丈夫みたいだな」
 ガイはぽかんとした顔のレアナを残し、1号機の傍らに立っているバスターのほうに歩いていった。
「おい、バスター」
「なんだ……ああ、さっきは悪かったな。お前の友達にあんな態度取っちまって」
「お、めずらしく素直だねえ。まあ、あいつらのことなら、気にするなよ。それより、あいつらから伝言預かったぜ」
 ガイはバスターの耳元に向かい、片手を口元にかざして小声で言った。
「レアナさんを幸せにしてあげてください……レアナさんのことは諦める。気にするな……レアナちゃんをよろしく……だとよ」
 バスターはその言葉のひとつひとつが急におかしくなり、ぷっと吹き出した。レアナがその様を見つけ、声をあげた。
「あー、二人してないしょ話してるー。ずるいなあ」
「それを言ったらお前とバスターだってずるいぜ、レアナ?」
「なんで?」
「さあなー」
「気になるじゃないー」
「ミナサン テストカイシジカンデス」
「なんじゃ、騒がしいぞ」
 定刻ぴったりにクリエイタとテンガイがやってきて、その場はひとまず収まりがついた。

 空は青く、心地よい風が流れる午後――バスターとレアナが遭遇したちょっとした事件も、もう随分前のように感じられるような――そんな日だった。



あとがき


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