[束の間の眠りを]


 バスターがその音に気付いたのは真夜中だった。起き上がって時計を確認すると、ちょうど零時を回ったところ。もちろんバスターは眠っていたし、そう大きな音ではなかったが、バスターの聴覚が自然に反応したのだ。
 その音がした方向、即ち、入り口のほうへ向かい、扉を開けると……そこにはレアナが立っていた。パジャマの上にカーディガンを肩からかけて。「どうした」とバスターが声をかけようとしたとき……レアナは不意にバスターの胸にしがみついてきた。カーディガンがぱさりと床に落ちた。
「ど……どうしたんだ?」
 バスターがかろうじて冷静を保って尋ねると、レアナはそっと顔を上げた。見れば、泣いた後らしく、目が赤く腫れている。そして今も、その青い瞳からは涙がこぼれていた。
「バスター……」
 袖で涙を拭くと、レアナは小さな声でバスターの名を呼んだ。バスターはその瞳と切ない声に、思わずドキリとした。
「よかった……いるんだよね……ここに、いるんだよね……」
 そう呟いて、レアナは再びバスターの体に顔を寄せた。バスターは自然とレアナの背中に手を回し、彼女をそっと抱きしめていたが、落ち着いた口調で再度、尋ねた。
「な、どうしたんだよ、こんな夜中に?」
 レアナはバスターに身を任せたまま、小さな声で言った。
「バスターが……」
「俺が?」
「いなくなっちゃう夢を見たの……」
「いなくなる?」
「うん……シルバーガン1号機ごと、どこかに行っちゃうの……どんなに呼んでも戻ってきてくれなかった……目が覚めても、夢が続いてるようにしか思えなかった……だから、だから、ここへ来たの……」
 レアナは直感や感性が鋭い。そのせいもあるのだろうが、余程リアルな夢だったのだろう。そうでなければ、わざわざこんな夜中にバスターの部屋を訪れたりしないだろう。バスターはレアナの心中を察し、彼女の髪を優しく撫でた。
「そんなことで泣くなよ……俺がなんでいなくならなくちゃいけないんだよ?」
「だって、本当に怖かったんだもの。まるで……1号機に乗ったままバスターが死んじゃったみたいで……」
「じゃあ、ここにいる俺は幽霊か? 違うだろ? 俺はここにこうして生きている。でなきゃ、お前を抱きとめることも出来ないだろう?」
 バスターはレアナの背中をぽんぽんとあやすように叩いた。その言葉でレアナも多少落ち着いたらしく、俯いていた顔を上げ、バスターの目を見つめた。その瞳にはもう涙はなかった。
「そうだよね……バスター、ここにいるもんね……よかった……本当によかった……」
 レアナはバスターの胸に頭を寄せ、その絶え間なく続く心音を確認すると、涙の代わりに口元に笑みを浮かべた。バスターもレアナの心音が先ほどより落ち着いたことを感じていた。
「さ、まだ夜中なんだ。もう寝ろよ」
「……うん。それなんだけど……」
 レアナは少しためらったが、意を決したように言った。
「今日はここで寝ちゃ、ダメ?」
 予想の範疇を超えたレアナの言葉に、バスターの頭は一瞬、混乱した。ここで? ここでって言うと……俺の部屋でか!?
「お、おい。お前、自分の年、わかってるよな?」
「赤ちゃん扱いされてもいいの。今は……今夜は、バスターの傍にいたいの」
「別に赤ちゃん扱いとかじゃなくて、その……」
 バスターはどうしたものかとしどろもどろになった。年頃の男女が一緒に寝るということがどういうことに繋がるか、レアナはわかっていないのだろうか? いや、いくらレアナが幼くても、それくらいは……だが、レアナのことだから……。バスターは改めてレアナの顔を見た。そこには拒否されたらどうしようという不安げな表情が浮かんでいた。バスターは覚悟を決め、レアナの肩に手を置いた。
「わかった。でも、今夜だけだからな?」
「……うん!」
 レアナの表情が明るくなり、嬉しそうな返事が返ってきた。

 それから数十分後。レアナはバスターの腕枕で穏やかに眠っていた。バスターのパジャマの端を握り、バスターを信頼しきって安心して眠りに落ちているようだった。
 バスターはと言えば、未だ眠りに就くことが出来ずにいた。レアナが邪魔だとかそういう訳ではない。恋愛感情を持つ相手がこんな傍にいて、落ち着いて眠ることは、バスターにとっては至難の技だった。バスターは腕を動かさないようにして、そっとレアナのほうを見た。レアナはすやすやと寝息をたて、ぐっすりと眠っていた。
(こいつ……本当に俺に下心なんかないと思ってるんだな……まさかこの状況でレアナのほうから誘ってくるなんてことも考えられないし……子供だなあ……)
 そう思うと、バスターは急に悶々としていた自分がおかしくなった。小声で笑うと、首を伸ばして、レアナの頬にそっとくちづけた。すると不思議なことに、自然と眠りがバスターの上に落ちてきた。バスターはそれに抵抗せず、間もなくレアナと同じように、穏やかな眠りに就いた。

 二人が辿る行く末を思うと、レアナが見た夢は彼女の鋭い感性が見せた正夢だったのかもしれない。だが、今はまだ早すぎる夢である。バスターはレアナの傍にこうして存在しているのだから。今はただ穏やかな眠りが二人を包み込んでいた。それがたとえ束の間のことであっても――。



あとがき


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