[久遠]


 TETRA内のキッチン。明るくデザインされたその部屋のテーブルに座り、ガイがなにやらこまごまとした機械をいじっていた。そこへ、温かな湯気がほかほかと立ち上がる飲み物を、クリエイタが運んできた。
「ガイ、オツカレサマデス。コーヒーデス」
「おう、サンキュー、クリエイタ」
 ガイは手を止めると、コーヒーにミルクと砂糖を混ぜて味と香りを味わった。気の利くクリエイタが入れただけあり、ガイにはちょうどいい甘さだった。
「かー……やっぱりあったかいものを飲むと、落ち着くな」
「ソノ イイカタ マルデ カンチョウガ オサケヲ ノムトキノヨウデスヨ」
 クリエイタはアイモニターに笑顔を浮かべた。
「トコロデ ナニヲ ツクッテイルノデスカ?」
「あ、これか? 昔のアナログ時計だ。けど、直せばまだまだ動くしな」
「ソウデスカ」
 クリエイタが頷くと、ガイが逆に質問をしてきた。
「そういや、バスターとレアナは?」
「バスターハ カンチョウノテツダイニ ヨバレテマス。レアナハ シルバーガンノ セイビ ダト オモイマスヨ」
「そーかあ……レアナの奴、またこの前みたいにケガしないといいけどな。ま、そのときはバスターにまた任せるか!」
 コーヒーを飲み干したガイは、うーんと背伸びをした。ずっと作業中で前かがみになっていたから、その伸びは体が生き返るようで、気持ちよかった。
「バスターニ……デスカ?」
「ああ。クリエイタ、お前も気付いてるだろ? あの二人がその……ぶっちゃけて言えば、デキてるってことに」
「デキテル……? ソレハ……ソウシソウアイト イウモノデスカ?」
「まあ、堅苦しい言葉で言えばそうだな。わかんねえか? バスターって、レアナには優しいだろ?  あいつ、女遊びしてたような顔してるけど、本気になったのは絶対にレアナが最初だと思うぜ?」
 ガイはこの場にいないバスターをからかうように、くくっと笑った。
「ソウデスネ……ケレドモ レアナガ ハジメテダト ナゼスイリデキルノデスカ?」
「だってよ、あいつ、レアナには調子崩されっぱなしじゃねえか。それで邪険にしてるかと思うと、今度はレアナの手を握ったりしてるし。いくら俺様でも、わかるって」
「何がわかるって?」
 突然かけられた男の声に、ガイとクリエイタはびっくりしてその方向を向いた。そこには声から予想したとおり――バスターがいた。
「な、なんでもねえよ」
「なんか俺のことを言ってた気がするんだが……まあいい。クリエイタ、コーヒー頼む」
「ショウチ シマシタ」
 クリエイタが厨房へ消えていくと、バスターはガイとテーブルを挟んで反対側に座った。
「レアナはどうした? 確か、シルバーガンの整備してるんだろ?」
 ガイが何気なく聞くと、バスターは椅子にぎしっと音を立てて、揺りかかった。
「ああ、2号機の整備中だ。俺も後で手伝いに行くつもりだけどな」
「やっぱりほっとけないんだろ、レアナのこと」
 ガイがニヤッと笑うと、バスターは顔を少々赤くしたものの、じろっとガイのほうを睨んだ。そこへタイミングよくというか、クリエイタがコーヒーを運んできた。
「ハイ。ドウゾ バスター」
「ああ、すまねえな」
 バスターはクリームだけを入れると、コーヒーの熱さを感じないかのようにぐいっと飲んだ。前はブラックで飲んでいたのだが、レアナがあまりにバスターの胃の心配をするので、いつの間にかクリームを入れるようになっていたのだ。その経緯を知っているガイは、またもからかうような口調で言った。
「レアナの言うこと、ちゃんと守ってるんだな」
 バスターはコーヒーを思わず噴き出しそうになったが、すんでのところでその事態は避けられた。口元を拭いながら、バスターは半分怒ったような目でガイを見た。
「お前なあ……」
「怒るなって。図星だったんだろ?」
 バスターは黙っていた。ガイは笑っていたが、やがて急にしんみりと話し出した。
「大事にしてやれよ……」
「え?」
「お前の傍にずっとレアナがいるかどうかなんて、誰にもわからないんだ。だから、一緒にいられる間は、大事にしてやれって言ったんだよ……」
「ガイ……」
 バスターはガイの意外な一面を見た気がした。そしてそれは、前にバスターが拾ったペンダントに写真が収められていた少女と何か関係があるのではないかと直感したが、敢えてそれは口には出さず、代わりに軽口を叩いた。
「レアナを邪険にしたら、俺がバカみてじゃねえか……お前に言われるまでもないさ」
「へえ、認めているってわけだ。お前自身のレアナへの気持ちに」
「……お前にそんなこと言われる以前に自分で気付けないほど、俺は鈍感じゃねえよ」
「そうかそうか。よかったぜ」
 ガイは嬉しそうに頷いた。そして、修理し終えたアナログ時計の蓋をぱちんと閉めた。
「おい、これ、やるよ」
「なんだ……? 随分古いもんだな……って、手巻き式じゃねえか!? これ、アンティークで高いんだろ? いいのか?」
「アンティークだろうがなんだろうが、地球がああなった今じゃ意味ないだろ」
「そりゃそうだけどだな……」
「いいかあ? 電池式時計は電池が切れたらそこでおしまいだけどな、この手巻き式は手で巻く限り、どんな場所でも、半永久的にいくらでも動くんだ。お前らもそうなれよ?」
「そりゃ……どういう……あ……」
 バスターはガイが自分にこの時計を渡そうとする意図に気付いた。手巻き式時計は巻かなければ動かないが、巻けば半永久的に動く――バスターとレアナもそんな風に、つまづいたり悲しいことがあっても、ずっと一緒に歩いて添い遂げろ――そうガイは言いたかったのだ。
「そうか……ありがとうな」
「お、勘がいいねえ。さすがはバスターくんだ」
「年上に「くん」づけはやめろっての。じゃ、俺はもう行くぜ」
 バスターは時計を受け取ると、ポケットに大事そうにしまい、席を立ってキッチンから出て行こうとした。そのバスターを、ガイはまた呼び止めた。
「おい、バスター」
「なんだ?」
「本当に大切にしろよな……レアナは心底、お前を慕ってるんだからな……」
 バスターは振り向かず、一瞬立ち止まった。そして、こくりと頷いた。
「ああ、わかってる……わかってるさ……」
 バスターはそう言ってキッチンを出て行った。入れ違いに静寂が訪れた。ガイは椅子に座ったまま、修理に使った工具類を見つめていた。
「……ったく、俺様より年上だ年上だって言う割には、二人とも奥手なんだよなあ……なあ、ユリ?」
 ガイはこの数年、ほとんど口にしなかった少女の名前を口にした。バスターにとってのレアナが特別であるように、ガイにとってもユリは特別な存在だった。自分とユリは不運に見舞われてしまったが、あの二人にはそんな不幸に襲われないでほしい――それは、ガイの心からの願いだった。



あとがき


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