[Green Serenade]


 レアナはブリーフィングルームに飾られた数鉢の植物に水をやっていた。ブリーフィングルーム以外にも、TETRA内のキッチンなどに飾られている植物にはいくつかの種類があったが、パイロットしての実験体も同然だったレアナには、とんと皆目もつかないものばかりだった。もっとも、レアナに限らず、この26世紀の地球では植物は減少する一方だったから、バスターやガイもよくは知らなかったのだが。もっぱら、老齢を重ねたテンガイか、豊富な知識を持つクリエイタが、レアナの植物学についての師だった。
 じょうろの水がなくなったので、水を入れていると、バスターが入ってきた。レアナがいることにはすぐに気付いたが、「よう」と声をかけただけで、備え付けのコーヒーメーカーからコーヒーを受け取ると、ブラックのまま、そのコーヒーを飲んだ。
「なんか、緑があるっていうのは、ホッとするもんだな」
 カップを机の上に置き、バスターはレアナが水やりをする様子を見ながら呟いた。
「えへへー。いいものでしょ? バスターも見るだけじゃなくて、たまにはお水あげてよね」
「わかってるって。ところでこの植物たち、名前わかるか?」
「いつまでも子どもあつかいしないでよお。ちゃんとクリエイタや艦長に教えてもらたったもん」
「悪かったって。その……いちばん端っこにある雪を被ったような草はなんだ?」
「あ、これ? これは『サントリナ』っていうの。きれいでしょ」
「ああ、そうだな……クリスマスツリーの代わりにするっていう手もありかな?」
「あ、それ、名案かも!……でも、こんな小さいよ? 40センチくらいしかないもの」
「卓上型にすればいいんじゃねえか?」
「そっかー、そういう手があったね」
 レアナは笑い、サントリナの葉っぱをやさしく触った。
「あと……その真っ赤な草はなんなんだ? まるでお前の2号機みたいだな」
「これ? これは『ナンテン』っていうんだって。秋になると葉っぱが赤くなって、冬になると真っ赤な実がなるって。実は咳止めの薬にもなるって、艦長が言ってたよ」
「へえ……確かに今はもう11月だもんな。こんな温度も湿度も一緒の場所で紅葉するのかと思ったけど、なるもんなんだな」
「あたしやクリエイタの日ごろのお世話のおかげだよ?」
「ははっ、そうだな」
 バスターは軽く笑うと、カップに残っていたコーヒーを全て飲んだ。
「実がなるのは冬か……俺たち、いつの間にか半年近くをこのTETRAで過ごしてるんだな……」
「うん……」
 レアナはそれきり何も言わず、しんみりした空気が二人の間を覆った。だが、間もなく、レアナが顔を上げて笑って答えた。
「ね、このナンテンの持っている効果って、もうひとつあるんだけど、知ってる?」
「え……なんだ?」
「災難から身を守るんだって。だから大昔の人は、これを玄関脇に植えたらしいよ。艦長もそれを知ってて、ナンテンをこのTETRAの中で育ててるんじゃないかな?」
「災難よけ……か」
「あのとき……あたしたちだけでも助かったのは……ほんの少しはこのナンテンのおかげもあるのかもね……」
「……かもな」
 もちろん二人とも、ナンテンのおかげで助かったなどとは本気にしていない。それでも、自分達だけが生き残ったことに、クルー達は何かの意味を見出そうとしていた。その思いの一端が、先のレアナの言葉だったのかもしれない。再び訪れた沈黙を破るように、レアナがまた口を開いた。
「このTETRAの中で育てているのは常緑植物ばっかりだけど……あたしは落葉樹も好きだな」
「イチョウとかのことか?」
「うん。だって、冬になると葉っぱが散って枯れたみたいになっちゃうでしょ? でも、春には新しい命が芽吹くじゃない。なんだか……人間もいっしょみたいだなって思ったの」
「どうしてだ?」
「人間も元気のないときってあるでしょ? でも、いつかはそんな気分も晴れて、明るくなれるじゃない。そういうところとか、あと……なんだか生まれ変わるみたいなんだもの」
「生まれ変わり?」
「そう。冬に枯れた木が春にまた生き返るって、なんだか死んだ人が生まれ変わって新しい人になってまたこの世に戻ってくるみたいじゃない? だから、あたしは落葉樹も好きなの」
「輪廻転生……ってやつか」
「なに? それ?」
「お前が言ったことそのままだよ。命あるものは死んでもまた生まれ変わるってな」
「そうなんだ……」
 レアナは役目を終えたじょうろを置き、バスターの隣に座った。バスターもレアナも言葉に詰まっていたが、レアナが静かに言った。
「輪廻転生……生まれ変わり……もしもそれが本当なら……あたしはまたみんなと会える場所に会いたいな。バスターは?」
 突然の質問にバスターは面食らったが、比較的冷静に答えた。
「俺も……同じだな。今まで出会ってきた奴らとまた会えるように生まれてえよ。特に……お前にはな」
「……ええっ!?」
 レアナは顔を赤く染め、両頬に手をやった。バスターはそんなレアナの様子を見て笑ったが、すぐに真面目な表情に戻り、レアナの手に手を重ねた。
「バスター……」
「なんだ?」
「あたしも……生まれ変われたら、いちばんにバスターに会いに行きたいよ……」
「そうか……」
 バスターはレアナの髪をなで、優しく笑った。彼が滅多に――少なくともレアナ以外のクルーはほとんど見たことがない――見せない類の笑顔だった。
「常緑樹みたいにたくましく生きるのもいいかもしれねえけど、落葉樹みたいにしなやかに生きるのもいいかも……な」
「うん……」
 レアナは髪をなでられるまま、目を閉じて微笑んだ。ナンテンをはじめとした植物達は、その様子を黙って見守っているようにも見えた。あとどれぐらい生きられるかわからなくとも、時には常緑樹のように強く、また時には落葉樹のように穏やかに生きられたらと願う、この二人の想いが叶うことを祈って。



あとがき


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