[心と心、つなぐもの]


 TETRAが衛星軌道上に退避をやむなくされてから約2ヶ月。TETRA内部では地球連邦が存在していた頃と同じように、日々の業務をこなし、毎日を過ごしていた。

 その日の業務が終わり、バスターが自室でくつろいでいると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。誰だ?……もしかして……? 扉を開けてみると、バスターの予感は当たっていた。
「レアナ? どうした?」
 そこにはレアナが立っていた。パジャマ姿にひざ掛けを肩から巻いているという格好だった。
「なんだか眠れなくて……ちょっとお話していい?」
「別にいいけど……とにかく入れよ」
 バスターが促すと、レアナは室内に入り、ベッドに腰掛けた。扉を閉めたバスターがその隣に座ると、レアナは足を組んでその膝頭の上に小柄な顔を乗せた。
「ね、あたしたち……どうなっちゃうんだろうね……」
 バスターが何か言おうとしたとき、レアナがバスターに問いかけるでもなく呟いた。バスターはレアナが普段は無理をして明るく振舞っている部分があることを知っていたが、実際にこんな弱気なレアナを目の当たりにすると、何を言えばいいのかわからなかった。
「このTETRAが衛星軌道上にいられる間はここにいるしかねえだろうけど……いつかは地球に帰らないといけないだろうな」
「やっぱり……そうだよね」
 レアナは腕に巻いたひざ掛けに顔をうずめた。バスターはそんなレアナがいつもよりも小さく、か弱く見えて仕方なかった。
「あたし……こわいの」
 レアナはバスターのほうは見ずに、顔をうずめて正面を見据えたまま言った。
「そう……だろうな」
 バスターもレアナに引きずられたように、いつもの軽快な軽口が消えていた。そのまま二人は並んだまま、黙っていたが、バスターがふとレアナの片手を手に取った。
「バスター……?」
「いいから、ちょっと手を出せ」
 そう言ってレアナの掌を上にすると、バスターはベッド脇のサイドテーブルに置いてあった何かを掴んだ。そして、それをレアナの手の上に載せると、両手でレアナの手を優しく温かく包み込んだ。
「何、これ……?」
「見てみろよ」
 バスターに言われて、レアナは自分の掌の上のものを見た。それは金属製のプレートで、バスターの名前や生年月日、所属部署などが刻まれていた。
「これ……認識票じゃない?」
「ああ、そうさ」
「こんな大事なもの、どうしてあたしにくれるの?」
「大事なものったって、今じゃ意味を成さないだろ?」
 バスターは笑って答えた。確かに地球連邦軍が壊滅した今となっては、この味気ないプレートにどれほどの意味があるのだろうか。それでも生真面目なレアナは、毎日パイロットスーツのジャケットの下に、自分の認識票をぶらさげていた。
「これはな……俺の分身だって思ってくれ」
 バスターは認識票を握ったレアナの手をその上から握ると、優しく笑った。
「俺に、もし何かあったときは……この認識票は俺の形見だ」
「な、何を言うの……!?」
 レアナは脅えたように返答した。バスターを失うということは想像も出来なかったし、それは彼女にとって考えたくもない事態だった。
「もちろん、それだけじゃない。これを、お守り代わりに持ってくれていてもいいさ。俺がいつもお前の傍にいる……ってな。あと、もしお前に万が一のことが――いや、そんなことは絶対に阻止してみせるけどな、もしも、もしも、そんなことがあったら……俺はお前と死ぬときまで一緒だ。その証だ」
「バスターが……そばに……ずっと……」
 レアナは認識票を握ったまま、ぽろぽろと涙をこぼした。バスターが彼女を想ってくれる気持ちが、痛いほど伝わったからだった。バスターはレアナの背中をさすった。まるで小さな子供をなだめるようだった。
「本当に泣き虫だな、お前は」
「だって、だって……ありがとう……バスター……」
 バスターはレアナを抱き寄せた。しばらくの間、レアナはバスターの胸で泣いていたが、やがてようやく涙を拭いた。
「もう大丈夫か?」
「うん……ごめんね。こんな甘えちゃって」
「そんなこといいさ。それより……」
 バスターの顔が神妙になったので、レアナは「?」といった顔になった。
「お前、まさかガイの部屋にも、そんな格好で入ってるんじゃないだろうな?」
「ガイの部屋に?……ううん、いつもの制服でしか入ったことないけど……それがどうかしたの?」
「……あー、その、お前も年頃なんだからな。そんな無防備な格好で男の部屋に入るのはやめろ……俺と……艦長はまあいいけどよ」
「どうして?」
「どうしてって……とにかく、俺がイヤなんだよ! 頼む、約束してくれ」
 バスターの微妙な心理をレアナが完全に理解したかどうかはともかく、レアナはにっこりと笑った。
「うん。バスターとの約束だね。指きり、しようよ」
 レアナは右の小指をすっと差し出してきた。バスターも多少照れながらも小指を出し、指きりをした。そこまで約束を大事にしたのは、彼の生涯で初めてのことだった。
「どうしたの? バスター。顔が赤いよ」
「そ、そうか? き、気のせいじゃねえのか?」
「そお? 風邪とかじゃないならいいけど……」
 レアナは再び、掌に載せたバスターの認識票を見つめた。そして、それを首からぶらさげた。
「あたしとバスターの秘密だね、これ」
 レアナは認識票をつまむと、バスターのほうへ笑って見せた。顔の赤みの消えたバスターも、一緒に笑った。
「あたし、戻るね」
 レアナは立ち上がり、扉を開けようとした。ふと、その瞬間に、バスターがレアナを後ろから抱きしめた。
「バスター……?」
「レアナ、生きてくれよ……」
 それはバスターが心の底から搾り出したような声だった。レアナはバスターの腕を握り、目を閉じて答えた。
「バスターがいるんだもの……きっと生きてみせるから……だから心配しないで」
 バスターとレアナ、二人の重なり合った人影は、部屋の淡い照明の中で、ぼんやりと床に映っていた。二人の影はひとつになったまま、ずっと一緒だった。



あとがき


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