[いとおしい居場所]


「きゃあ!」
 格納庫で小さく悲鳴が響いた。それぞれの自機を整備していたバスターとガイは、コクピットから身を乗り出して、悲鳴の聞こえた方向――シルバーガン2号機のほうを見た。見れば、レアナが2号機の下の床にしりもちをついて、左の足首を押さえていた。
「あいたた……」
「レアナ! 大丈夫か!?」
 バスターが素早く1号機から飛び降りて、レアナの傍に駆け寄った。
「う、うん……くじいただけだと思うけど……」
「くじいただけでもちゃんと手当てしたほうがいいぜ?」
 バスターには遅れたものの、3号機から降りて傍に来たガイも心配そうに言った。
「ほら、早くしろ」
 バスターがレアナに背中を向け、そのまましゃがみこんだ。レアナは最初、バスターが何をしようとしているのかわからなかったが、それが「自分におぶされ」という意味だと、数秒してやっと気付いた。
「え……い、いいよ。そんな、おおげさだよお……」
「かまわないから、早くしろ」
 バスターは顔だけをレアナに向けて促した。レアナは戸惑っていたが、結局は左足を引きずるようにして立ち、バスターの背中におぶさった。
「お……重くない?」
「お前ひとりぶんくらい、どうってことねえよ」
 それはバスターが無理して言っているのではなく、本当にどうということはないようだった。更に、ガイがレアナの背中をポンと軽く叩いた。
「ここはバスターに甘えとけよ、レアナ」
「い、いいの?」
「俺がどうってことないって言ってるんだから、余計な気遣いするなよ。じゃあ医務室までひとっ走り行って来るぜ、ガイ」
 バスターはそう言うと、レアナを背中におぶって格納庫から出て行った。その様子を見送ったガイは、独り呟いた。
「……俺様が連れてってもよかったんだけどなあ。ま、ここはバスターのプライドってやつを立ててやるか」

「カルイ ネンザ デスネ。シンパイ イリマセン」
 医務室でレアナはクリエイタに手当てしてもらい、クリエイタは笑顔で答えた。
「重いケガでなくてよかったな、レアナ」
「うん……運んでくれてありがとうね、バスター」
「礼なんざいいさ。それより、今日はもう休め。部屋まで連れてってやるから」
「あ、でも、2号機は……」
「俺とガイとで見ておいてやるよ。細かい調整は、そのケガが治ってからすればいいさ。急ぐもんじゃねえしな。さ、おぶされよ」
 そう言ってバスターはまたレアナの前でしゃがんだ。
「ま、またおんぶ? いいよ、悪いもん」
「悪くなんざねえって。いいからさっさと乗れ」
 レアナはバスターの言葉に圧されて、遠慮がちに、けれどしっかりとバスターの背中におぶさった。
「それじゃあな、クリエイタ」
「診てくれてありがとうね」
「オダイジニ シテクダサイ」
 クリエイタに見送られて、バスターとレアナは医務室を後にした。

 レアナの部屋に着くと、バスターはレアナをベッドの上に降ろした。そして片手にぶらさげていたレアナの左のブーツを床に置いた。
「まだ痛いか?」
 バスターの気遣いの言葉に、レアナは首を振って笑って返事をした。
「ううん。冷やしてるし、だいぶ痛くなくなったよ」
「そうか、よかったな」
 レアナの笑顔を見て、バスターも笑って答えた。そんな風に二人で笑いあった後、レアナがぽつりと言った。
「バスターの背中って、大きいんだね」
 思いがけないレアナの言葉にバスターは少し照れて顔を赤くしたが、なるたけ平静を装って返した。
「そ、そうか? まあ、俺は男だからな。お前より体が大きくて当たり前だろ」
「そうだね。でも……それだけじゃなくて……なんだか……」
「どうしたんだよ?」
「なつかしかったの」
 レアナはまたも思いもかけないことを言ったので、バスターは多少面食らった。
「懐かしい……?」
「うん……なんだかね……おとうさんにおぶってもらったときみたいだった……あったかくて、気持ちよくて」
「そ……そうか」
 バスターは正直、複雑な心境だった。自分が好意を寄せる少女に父親と同じ背中だと言われて、それは喜ぶべきことなのだろうかと、頭の中でぐるぐると疑問が回っていた。
「でもね」
 バスターの葛藤をよそに、レアナは言葉を続けた。その顔には相変わらず笑みが浮かんでいた。
「バスターの背中からは、バスターの匂いがしたから……すごく安心できたよ。おとうさんの背中もそうだったかもしれないけど……でも、バスターの背中はおとうさんの背中の身代わりなんかじゃないよ。今のあたしにとっては……すごく居心地のいい場所かな」
 バスターはその言葉を聞き、少し躊躇したが、レアナの肩に手をやり、そっと彼女を抱きしめた。バスターにはレアナの爽やかな匂いが、レアナにはバスターの心地よい匂いが感じられ、同時に互いの体温が伝わった。
「……こんな匂い……か?」
 レアナは多少びっくりした様子だったが、目を閉じてこくりと頷いた。
「うん……」
「そうか……」
 二人はしばらくの間、そうしていたが、やがてバスターのほうからそっと身を離した。
「悪かったな、いきなりこんなことして」
「ううん、そんなことないよ!」
 すまなそうに声をかけたバスターに対し、レアナは首を振って反論した。
「……うれしかったから」
 小さな声でレアナが言うと、バスターは優しく笑い、彼女の額に口付けた。
「ゆっくり休めよ」
 バスターはその言葉と共に部屋を出て行こうとした。そんなバスターに、レアナが少し慌てて声をかけた。
「あ! 待って! バスター!」
「なんだ?」
「……ありがとう。あと整備のこと、ガイにもお礼、言っておいてね……」
「気にするなよ。じゃあな」
 バスターが笑って部屋を出て行くと、部屋の中には静寂が訪れた。レアナはバスターが口付けた場所をそっと指で触り、頬を朱に染めた。自分の体にバスターの体温と匂いの残滓が残っているような感覚もあった。ベッドに腰掛けたまま、レアナはしばらくその感覚に浸っていた。それはなぜか懐かしく、いとおしい感覚だった。



あとがき


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