[ふたつにしてひとつの命]


 TETRA内居住区、バスターの部屋。そこには二人の人影がいた。ひとりはこの部屋の主・バスター。もうひとりはレアナだった。二人は床にレアナが持ってきたクッションを敷き、ベッドにもたれかかって寄り添っていた。部屋の中はベッド脇のスタンドランプが灯っているだけで、温かく柔らかな光が部屋の中を覆っていた。そして、部屋の中に「3つのジムノペディ」が流れる中、バスターは立体セル・ブックを開いていた。その立体映像が映し出す風景は、どこかの草原や森の景色だった。水がせせらぐ音もさらさらと流れ、あたかもバスターの部屋に小さな自然が再現されたかのようだった。
「きれいな景色だね……ここ、どこなんだろう?」
 バスターの隣に座っていたレアナが、両手でココアの入ったカップを持ちながら、不思議そうな顔で尋ねた。レアナのものよりも甘味が少なめなココアをバスターが一口飲むと、目次をぱらぱらと見た。
「アルプスのあたりの景色らしい。今もこんな景色が広がっているかどうかはわからねえけどな」
「ふうん……そうなんだ」
 レアナは小さく頷き、ココアを一口飲んだ。そして、それ以上は何も言わずに、セル・ブックから広がる景色を眺めていた。

 普段――TETRA内でミーティングや業務でガイやテンガイ、クリエイタと接するときのレアナはよく喋る。例えばバスターとガイが雰囲気が悪くなったときなど、必死に彼女が仲介をしようとしたものだった。他にも食事のときにいちばんよく喋るのは、やっぱりレアナだった。

 だが、バスターとレアナが相愛の関係になり、レアナがバスターの部屋を頻繁に訪問するようになってから、バスターはようやく気付いた。レアナは、喋ることでずっと無理していたのだということに。現に今、横にいるレアナは、ほとんど喋らなかった。今はセル・ブックの風景に見とれているからかもしれないが、それ以外、バスターが普通の紙の本を読んでいるときなどは、隣に黙って座っていた。そして、大抵はいつの間にかこっくりこっくりと眠っているのだった。必然的にバスターの膝がレアナの枕になり、風邪をひかないように、ブランケットをかけてやっていた。そんな折には、バスターは本を読むのをやめて、レアナの髪を指で梳いたり、頬を優しく撫でていたりした。何よりもレアナの寝顔が愛らしく、その寝顔を見ているだけで、彼女が目を覚ますまでの2〜3時間の合間など、すぐに経ってしまうような気がした。

 レアナは単にお喋りな少女なわけではなかった。ただ、他のクルーの前では必要以上に明るく振舞うから、そう思われていただけなのだ。バスターと二人きりのときはあまりぺらぺらと喋らないのは、バスターを信頼しきって、彼のそばを何よりも安心できる場所だと思っている証拠だった。ただ、レアナはあまり喋らない代わりに、常にバスターに寄りかかるようにして、体と体を合わせていた。服ごしに、あるいは重ねた手と手から伝わってくるバスターの体温。それがレアナにとっては何よりも安心出来るものだったのだろう。そしてそれはバスターも同様だった。間接的に、あるいは直接的に伝わってくるレアナの温かさは、バスターの心を何よりも癒してくれた。

「どうしたの、バスター? あたしの顔見て……どこか、変?」
 バスターはいつの間にかレアナの顔を見つめていたことに気付き、少し顔を赤らめて、ごほんと咳をした。
「い、いや、なんでもねえよ」
「もしかして、ココアがまた甘かった? あたし、バスターのココアはあんまり甘くなくしてるつもりだけど……」
「そんなことない。美味いぜ」
「そう? それならよかった……」
 レアナは目を閉じ、バスターの左肩に寄りかかった。その表情は、彼女の寝顔を見慣れたバスターでさえ、どきりとくるものがあった。バスターは照れくさかったが、左手でレアナの右手をぎゅっと握った。レアナの体温が直に左手に伝わってきた。
「ねえ、バスター」
 レアナは目を開け、バスターの顔を見上げた。バスターはレアナの右手を握ったまま、「なんだ?」と返答した。
「ずっとこのままでいられたらいいね……そんなこと、無理だってわかってても……」
「そうだな……」
 バスターはレアナの右手を離すと、彼女の左肩に手を回し、ぐいっと抱き寄せた。レアナは逆らわず、バスターの胸に顔を近づけると、その鼓動を確かめるかのように、自分の左手をバスターの胸にそっと寄せた。トクントクンという音が、左手ごしに伝わってきた。その音に安心したかのように、レアナは口元に微笑みを浮かべた。バスターも、レアナの肩をしっかりと抱いたまま、そっと目を閉じた。

 セル・ブックは開きっぱなしだったので、森林や草原の立体映像が浮かび上がったままだった。その明るい景色と、スタンドランプの柔らかな明かりの中で、二人は抱き合ったままだった。それはお互いの存在を確かめるようで、そして、お互いの命の温かさを確かめるかのようだった――。



あとがき


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