[繋がる想い]


「レアナ、どうだ、具合は?」
 レアナの自室の扉が開くと、トレーを持ってバスターが入ってきた。
「うん……熱はさがったみたい」
「昨日、空調温度の低い格納庫で一日シルバーガンのメンテしっぱなしだったからな。そのときの寒さと疲れとがダブルパンチで来たんだろ」
「そうだと思う……あたし、元気が取りえだと思ってたのに……」
「病気知らずのガイならともかく、お前は女なんだからな。体が冷えやすいんだから、注意しなきゃな」
 バスターはそこまで言うと、ベッド脇のサイドテーブルにトレーを置いた。トレーの上の深皿からは、温かそうな湯気が立っていた。
「クリエイタが粥を作ってくれたんだ。日本風だけど、お前、嫌いじゃないよな?」
「うん。でも、こんなに食べられるかな……」
「残ったら俺が食べてやるよ」
「え……ええ!? そ、そんなことしたら、バスターに風邪がうつっちゃうよ? それに、あたしの食べ残しなんて……」
「風邪は人にうつせば治るって昔から言うだろ……ま、今のは冗談だけどな。お前の食べ残しだから汚いって言うのか? 俺はそんなこと、全然思ってねえけどな」
「そ、そう…?」
「そうだって。体、起こせるか?」
「あ、うん……」
 レアナがベッドの上で上体を起こすと、バスターは椅子にかけてあったカーディガンをレアナの肩からかけてやった。レアナは深皿の中身をこぼさないように、慎重にトレーをベッドの上に置いた。卵の美味しそうな匂いが、減退した食欲を刺激するかのようだった。スプーンで一口ぶんをすくうと、口の中を火傷しないよう、じゅうぶんに冷ましてから口に運んだ。クリエイタ特製の粥は、想像以上に美味だった。
「おいしい……」
「そうか。ならよかったな」
 ベッド脇の椅子に座ったバスターは、そう言って笑った。レアナがゆっくりと食事を摂る間、バスターは腕組みをしたまま、その様子を眺めていた。
「おいしかった……でも、もうこれ以上は食べられないよ……」
「じゃあ、食ってやるよ」
 レアナが口を出す間も与えず、バスターはスプーンが突っ込まれたままの深皿をひょいと取り上げた。そして、半分くらいの量になり、適温になった粥を一口、さっさと口に運んだ。
「本当だ。こりゃ、確かに美味いな」
「バ、バスター……ホントに食べちゃうなんて……」
「さっきも言ったろ? 残したら食べてやるって」
 そう言う間にも、バスターはせっせと粥を食べていた。やがて、空になった深皿をトレーに戻すと、同じサイドテーブルの上に置いてある水差しから水をグラスに注ぎ、トレーの脇に置いてあった錠剤と一緒にレアナに差し出した。
「ほら、薬、ちゃんと飲んでおけよ」
「あ、そうだね」
 レアナは差し出された錠剤をグラスの水と共に飲み込んだ。バスターは空になったグラスを受け取ると、レアナの額に手をあてた。
「熱はだいぶ下がったみたいだな……でも、きちんと治さないとな。もう寝ろよ」
「うん」
 レアナはバスターにかけてもらったカーディガンを掛け布団の上に置くと、そっと横になった。少し乱れた掛け布団をバスターが直してやっていると、レアナがバスターのパイロットスーツの上着を引っ張ってきた。
「ん? なんだ?」
「バスター……あたしが寝るまで、ここにいてくれる?」
 小さな声でレアナはバスターに懇願した。バスターとしては特に嫌でもなかったし、何よりもこんな寂しそうな顔をしたレアナを放っておけなかった。
「……いいぜ。どうした? 寂しいのか?」
「……そうかもしれないけど……なんだかこわいの」
「こわい? お前の部屋なのにか?」
「よくわかんない……でも、バスターにここにいてほしいの。おねがい……」
 レアナにそこまで言われて、バスターが断れるはずもなかった。椅子に座ると、バスターはレアナの左手をそっと握ってやった。熱のせいか、その一回り小さな手は少し熱かった。
「昔っから、お前の手は俺より小さいな。まあ、俺が男でお前は女なんだから、当たり前だよな」
「むかし……?」
「グリーンプラントで子供の俺たちが初めて会って、木に登ったときやその後にも、手を握っただろ?」
「あ、そういえば……バスターの手はあのころから大きかったんだね」
 レアナは懐かしそうに言い、少し微笑んだ。バスターは握ったレアナの手を改めて見た。白く、綺麗な小さな手だった。
 それから二人は何も話さなかった。ただバスターがレアナの手を握り、レアナは目を閉じていた。言葉はなくとも、それだけでお互いの心が満たされる思いだった。
 やがて、レアナがすうすうと微かな寝息を立てはじめた。バスターはその場を離れるかと思われたが、いつの間にか彼も眠りについていた。レアナの寝顔のすぐそばに顔を寄せ、彼女の手を握ったまま、眠っていた。

 二人の寝顔は穏やかだった。まるで同じひとつの静かな夢を一緒に見ているかのようだった。握られた手と手は、二人の想いはひとつだと象徴しているかのようでもあった。



あとがき


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