[ささやかなる祈りを]


「ねえ、ガイ」
 TETRA内の食堂で音楽を聴きながらくつろいでいたガイの元に、レアナがいつの間にかやってきていた。
「なんだ? バスターならシルバーガンのメンテするって言って……」
「ちがうの。今日はガイに用があるの」
 そう言ったレアナの口調は、どこか元気がなかった。ガイは音楽を止めてイヤホンを耳から外すと、自分の隣の椅子を引っ張り出し、レアナにそこに座るように促した。そして、調理室へ行くと、温かなココアを持ってきた。
「お前、ココアでいいんだよな?」
「あ、うん……ありがとう、ガイ」
 ガイからココアを受け取ると、レアナは一口ごくりと飲んだ。そのマグカップを両手で抱いたまま、レアナは口を開いた。
「バスターって……あたしのこと、本当はどう思ってるのかな」
 いきなりの思ってもいなかった台詞に、ガイは椅子から落ちそうになった。まさかレアナが恋愛相談を自分に振ってくるとは……しかし、バスターとガイの他のTETRAクルーと言えば、テンガイとクリエイタだけである。テンガイは頼もしいし、レアナも父親のように慕っているが、父親のようだと思うこそ、こういった相談は持ち込みにくいのだろう。クリエイタはといえば、人間と同じ感情を持つ頭脳の持ち主だが、さすがに恋愛感情までは知らない。レアナがガイに相談することになったのは、必然であったのだろう。
「あいつは……バスターは、確かに本音で喋らないところがあるよな。そのくせ飄々としてるし」
「うん……バスター、あたしにもたまに本当のことは言ってくれないこと、あるみたいなの」
(「たまに」ってっことは、あいつはレアナには本音で接しようとしてるってわけか? それでじゅうぶんじゃねえのか?)
 ガイはマグカップを持ったまま視線を落としているレアナの横顔を見て、そう思った。
「あー、なんだな、その……あいつだって照れくさいんだろうよ。面と向かってお前と話すなんてさ」
「どうして?」
 レアナの無邪気な質問に。ガイはますます返答に窮してしまった。
「だからなー……惚れた女に素直になれる奴と、そうなれない奴との2種類があるんだよ、男ってもんは。バスターはあいつの性格からして、素直になれないんだろうよ」
「ほ、惚れてるなんて……あたしに……?」
「間違いないぜ。それは保障する。それも思いきり本気だな」
「そう……なのかな」
 レアナは恥ずかしそうにもじもじとした。ガイは笑って言葉を続けた。
「そうそう、それは間違いないって。それにあいつの本音を探ってたって、疲れるだけだぜ。皮肉屋だしな」
「そ、そんなことないよ……!」
 レアナの意外な反応に、ガイはまたも「?」という表情を浮かべた。
「バスター、普段はやさしいもん……あたしのことも……大事にしてくれてるもん……」
「あのな、そういうのを「ノロケ」って言うんだぜ? バスターに教えてもらわなかったのかよ?」
 半ば呆れた様子のガイを尻目に、レアナは少しうろたえた様子で返答した。
「だ、だって……本当のことだもん」
「お前がバスターのことをそう思っているのなら、バスターだって本音は喋らなくたって、お前のことを憎からず思ってるだろうよ。わかんねえか?」
「バスターがやさしいのは……あたしのことを好いてくれてるってこと?」
「そうだよ。お前らがどこまで進んでるかってのも問題かもしれねえけどな」
「進んでるって? 何が?」
 ガイは頭を抱えたが、一般常識に疎いレアナらしい問いかけとも言えた。
「その、なんだ……バスターに何かされたことってねえのか?」
「?……!……そ、そんなこと……!」
 レアナもようやくガイの言わんとしていることを理解したらしく、顔を赤らめた。ガイの知っている限りでは、バスターとレアナの関係がどこまで進んでいるのかは定かではないが、二人が仲睦まじくしている様子をたまに見ると、それは恋人同士にしか見えなかった。それくらい、二人は楽しく幸せそうだったのだ。
「そのうちお前だって自然にわかるって。バスターがお前に惚れていて、お前もバスターのことが好きならな。あいつは積極的だと思うしよ」
「ガ、ガイ! そんな、はっきり言われたら恥ずかしいじゃない……」
「でも、本当のことだろ?」
 レアナは真っ赤になって冷めたココアを見つめていたが、やがて「うん」と頷いた。
「バスターは男の俺様が見たって、イヤな奴じゃあないぜ。だから小さいことなんか気にしないで頑張れって。な?」
「……うん」
 何を頑張るのかはいざ知らずだが、レアナは顔を上げて笑って答えた。まだその頬は朱に染まっていたが、何か吹っ切れたような表情だった。
「……ありがとうね、ガイ。お姉さんのあたしが、年下のガイにこんなこと聞くなんて、変だよね」
「お姉さん? お前が?……おいおい、そりゃ年齢はそうかもしれねえけどよ。はははっ」
「もうー。笑わなくたっていいじゃない」
「悪かった悪かったって」
「じゃ、あたし行くね。あ、マグカップ洗ってこなくちゃ」
 レアナはそう言うとマグカップを持って調理室のほうへ歩いていった。ガイは肘を立て、その上に顎を預けると、なんとなく複雑な気持ちになった。
(あいつら、ほんと不器用だな……けど、それだけ相手を思いやっているってことか……うまくやれよ、レアナ、バスター)

 ガイはしんみりとした気分になり、いつの間にか祈るように手を組んでいた。どうかあの二人にいっときでも幸福を。大切な友にささやかでも美しい思い出をと……。



あとがき


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