[その手を離さずに]


 ひとりぼっちで生きてきた。それが自分にとっては当たり前だった。

 ガンビーノ・ヴァスタラビッチことバスターは少年時代に家を出ていた。金の亡者である父親に嫌気がさして。自分と父親を置いて出て行ってしまった母親を憎んで。

 バスターは幼い年の割に有能であったし、この時代にはたとえ子供であっても、優秀であれば10歳以上になっていれば、仕事に就くことが出来た。仕事をして学費を貯めて改めて学校に行く者もあれば、そのまま仕事一筋に生きる者もあった。もっとも、そういった人生が当たり前であるというわけではなく、大学やハイスクールもしくはミドルスクールまでを出てから仕事に就くものも大勢いた。要するに就職や学業の選択の幅が広がったということだった。

 バスターは15歳まで職業を転々としながら貯金を貯めて、士官学校に入った。士官学校は通常は2年制だが、バスターは1年制のコースを選んだ。もちろん2年制コースよりも厳しく、卒業するのも難解であったが、バスターは見かけは楽々と、その実は陰で黙々と努力してそれらをこなし、主席に近い成績で卒業してしまった。それをねたむ者もおり、バスターの友人関係はあまり良好とは言えなかった。気の合う同級生もいたが、士官学校を卒業すると、皆、疎遠になってしまった。だが、バスターは「寂しい」とは思わなかった。子供の頃からそうであったのだから。それが当たり前だった。

 その気持ちに変化が現れたのは、TETRAにテストパイロットとして配属されてからだった。自分としてはエリートコースのほんの一端という感じで配属されたつもりだったが、TETRAで日々を過ごすうちに、いつの間にかその環境が心地よくなっていた。この配属から離れたくないとまで思うようになっていた。厳しいながらもクルーへの気遣いを忘れないテンガイ艦長、熱血漢で短気だが、本質的には実直でいい奴であるガイ、人間以上に細やかな心配りのロボノイド・クリエイタ。皆が今までバスターが接してきた人種とは違っていた。そして、TETRAでの出会いでいちばん大きかったものは、「彼女」との出会いだった。
「バスター! 何ぼーっとしてるの!?」
 基地の片隅でタバコをくわえていたバスターの背後から、レアナが抱きついてきた。あやうくタバコを落としそうになったが、間一髪でそれは免れた。バスターはタバコを指に挟むと、レアナのほうへ振り返った。
「お前なー。状況をわきまえろよな?」
「じょうきょう?……あ、タバコ吸ってたんだもんね……あぶなかったよね……ごめんなさい」
 レアナは少ししょげた様子で頭を下げた。バスターは少しきつく言いすぎてしまったかと思い、吸いかけのタバコを携帯灰皿にしまうと、レアナの肩をぽんぽんと優しく叩いた。
「そこまで謝る必要ねえよ。顔あげろよ、な?」
 バスターがそう言うと、レアナはそっと顔を上げた。それはまだどこか悲しげな顔だった。その表情に、バスターは罪悪感めいたものを感じてしまった。
「……そんな顔するなよ、俺にだって負があったんだからよ」
「でも……」
「お前が泣いたら、俺が艦長にこっぴどく叱られるし。だから、な?」
 本音ではテンガイに叱られることなどどうでもよかった。レアナがそんな悲しい顔をしていることのほうが、バスターにとってはよほど一大事だった。なのに、それを素直に言えなかったのは、バスターのひねてしまった性格のせいであった。
「わかった……ごめんね、バスター」
 バスターの本心に気付いたのかどうかはわからないが、レアナは少し寂しげではあったが、にっこりと笑った。その笑顔にバスターは胸を衝かれたような思いになった。心の奥底に訴えかけるようなものがあった。だが、かろうじて平静を装い、レアナの手を取った。
「バスター? どこ行くの?」
 バスターに手を引かれながら、レアナは不思議そうに尋ねた。バスターは振り返ると、やや照れたような様子で言った。
「カフェテラスだよ。プリンでもパフェでも、おごってやるよ」
「ええ!?……それはうれしいけど……いいの? バスター?」
「いいんだよ。俺がそうしたいんだから」
 バスターはレアナと手をつないだまま、カフェテラスのほうへ歩いていった。レアナは本当に嬉しそうだったし、バスターもいつの間にか笑みを浮かべていた。

 昔はひとりぼっちが当たり前だった。でも今は違う。かけがえのない仲間がいて、自分よりも大事な存在さえいる。あの頃の自分に教えてやりたい。今はひとりぼっちだけど、いつか仲間が出来ることを。気軽に手を握れる相手も出来るから、楽しみにしてろよと……。



あとがき


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