[恋した匂い]


 無人のTETRA格納庫。省電力のため、そこは昼でも夜でも、明かりをつけなければ薄暗い空間である。その格納庫の明かりのスイッチが、不意にパチリと切り替えられた。次々と照明が点灯していく。格納庫の中には、バスターの青いシルバーガン1号機、レアナの赤いシルバーガン2号機、ガイの黄色いシルバーガン3号機の他に、練習用の白く塗装されたシルバーガンが鎮座していた。

 レアナは自分の2号機に近づくのかと思われたが、2号機の前を通り過ぎ、バスターの1号機の前で足を止めた。ハッチから1号機のコクピットに入ると、ハッチを完全に閉め、シルバーガンを稼動させた。稼動させたと言っても、中の照明は赤い非常用のもので、大した電力は食っていなかった。レアナは、彼女には少し大きめなコクピットの背もたれにもたれかかり、静かに目を閉じた。

 レアナは夢を見ていた。誰かと手をつなぎ、誰かと共に抱き合いながら立ちすくんでいた。その「誰か」は顔は見えなかったが、誰よりも懐かしい匂いがした。レアナにはわかっていた。その赤毛の青年が、バスターだということに。

 いつの間にかうとうととと眠っていたレアナはハッと起き上がると、ぶるっと肩を震わせた。この格納庫の空調は低めに設定されている。コクピットの中にいれば適温に調節されるが、普段のパイロットスーツのように気温の上下に耐性のあるものではない、パジャマに肩掛けを掛けただけの服装では、少し寒いなと感じた。それでも、この場所から離れようとはしなかった。ここにはバスターの匂いが――大好きな人の匂いがあるのだから。少し汗臭くて、レアナがあまり好きでないタバコの臭いもほんのりするけど、それでも大好きなバスターの匂い――。レアナはその匂いも何もかも含めて、バスターが大好きだった。口が悪いけどそこには根っからの悪意はないし、本当はクルーのことをいちばん心配している人。レアナにたまに嘘をついてからかうのが玉に瑕だが、レアナはバスターが彼女のことを嫌っているのではないということを確信していたから、そんなことは些細なことだった。そう、本当に些細なこと……。

 レアナがそんな物思いにふけっていると、格納庫の入り口から声がした。
「ダレカ イルノデスカ?」
 その独特の声で声の主はすぐにわかった。クリエイタだった。レアナは1号機のハッチを開け、クリエイタに向かって手を振った。
「クリエイタ、こっちこっち。あたしがいるの」
「レアナ?……ナゼ1号機ニ ノッテイルノデスカ?」
 レアナはその質問にはすぐに答えず、ハッチを軽いステップで降りた。そして、クリエイタの傍に行くと、クリエイタの丸みを帯びた体を抱きしめた。
「レアナ?」
「ねえ、クリエイタは匂いがわかるんだよね?」
「エ、エエ……アナタガタ ニンゲンガ カンジテイルモノトハ チガウトオモイマス。デモ ニオイノリュウシヲ ハンベツスルコトハ カノウデス」
「あたしの匂い、わかる?」
「アナタハ……ナンダカ ハナノニオイガ シマスネ。デモ、ソノホカニモ ナニカチガウニオイガ……」
「バスターの匂いだよ、それ、きっと」
 レアナはしゃがみこんでクリエイタにもたれかかり、目を閉じてうっとりとした様子で言った。
「あたしね、男の人の匂いってあんまり好きじゃなかったの。でも、バスターと出会ってから、バスターのことは何もかも好きになっちゃったの……ちょっとひねくれた性格も、口調も、匂いも……特に匂いはね、なつかしいの。あたしたち、子供のころに出会ってるからかな。それとも、あたしたちはどこかでつながっているのかな……」
 クリエイタは黙ってレアナをもたれかけさせていた。が、やがて、静かに口を開いた。
「ナゼ バスターノトコロヘ イカズニ ココニ イルノデスカ?」
「あ、それ?……バスター、寝ちゃったみたいだから……本当はあたしだって、バスターに直接会いたかったよ。でも、バスターってときどき大胆で……あたしのこと、その、抱きしめたりするから……あ、でも、それがイヤっていうわけじゃないんだよ? ただ、頭の中が真っ白になっちゃうの……」
 レアナの告白を聞き終え、クリエイタはしばし黙っていたが、再度、言葉をかけた。
「レアナハ ホントウニ バスターガ スキナノデスネ。モチロン バスターモ アナタノコトヲ」
 自分でバスターが好きだと告白しておきながら、それを他者に言われるのはやはり恥ずかしいらしい。レアナはうっすらと頬を赤らめた。
「や、やだな、クリエイタ。そんなこと、大っぴらに言うなんて……」
「ココニハ アナタトワタシシカ イマセンヨ。シュヒギムハ マモリマス。アンシンシテ クダサイ」
 クリエイタはにっこりと微笑み、レアナを見た。レアナはまだ顔は赤かったが、どこか安心したかのようだった。
「サテ ソロソロ ネタホウガ イイノデハナイデスカ? バスターノトコロニ モグリコミマスカ?」
 クリエイタの冗談に、レアナの顔はさきほどに輪をかけて赤くなった。
「もう、クリエイタ! どこでそんな冗談覚えてくるの!?」
「イッパンジョウシキ デスカラ」
 クリエイタはしれっと答えた。レアナは「もう」と言いながら格納庫の入り口にクリエイタと共に歩んでいった。
「ね、クリエイタ。今日話したことは、みんなには言わないでね。バスターにもね?」
「ワカッテイマス。サキホドモ イイマシタガ ロボノイドデアル ワタシニハ シュヒギムガ アルノデスカラ」
「ありがとう、クリエイタ」
 格納庫を出ると、レアナは自分の部屋のあるほうへまっすぐ歩いていった。その途中で、一度だけ振り返り、クリエイタに小さく手を振った。クリエイタも無骨なアームを振り返し、微笑みをアイモニターに浮かべていた。
(バスター……レアナ……セメテイマダケデモ シアワセデアッテクダサイ。ロボノイドノ ワタシガ 「カミ」トヨバレルソンザイニイノルノモ コッケイナハナシカモデスガ……ドウカ……ドウカ……)。
 クリエイタは通路の真ん中で祈り続けていた。時間が止まったかのように、ずっと、ずっと――。



あとがき


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