[想いの辿り着く場所]


 いつからだろうか。西暦2521年が明けて、暦の上では初夏に差し掛かる頃から、レアナはバスターの傍にいることが多くなった。もちろん、レアナは人当たりのよい娘だから、バスター以外、ガイやクリエイタ、テンガイとも今まで通りに仲は良く、彼らとの関係に変わりはなかった。だが、いつの間にか、レアナはバスターの隣によくいるようになった。何をするでもなく、紅茶を飲んだり、本を読んだり、時には疲れたのかバスターに寄りかかって眠っていることが多くなった。
 バスター自身はというと、それを不快に感じたことは一度もない。もともと、レアナに好意を抱いたのは、バスターのほうからだった。だからレアナが傍にいることが嬉しいことではあれ、嫌なはずがない。その想いが伝わったのか、バスターにとってレアナがそうであったように、レアナもバスターという一人の人間に生まれて初めて特別に惹かれたのだろう、二人は常に一緒にいることが当たり前のようになっていた。
「よう、バスター。眠り姫のお守りか?」
 TETRAの休憩室と化しているブリーフィングルームでバスターにもたれかかって眠るレアナの様子を見て、ガイはけらけらと笑いながら茶化した。バスターはというと、少しムッときたが、すぐに冷静ないつもの彼に戻っていた。
「疲れてるんだろう。ちょっかい出して起こすなよな」
「へいへい。わかってますって。ま、上手くやれよな」
 意味深な言葉を残してガイは去っていったが、バスターとしては、熟睡状態のレアナの寝顔を見て、なんとも不思議な気持ちになった。穏やかな寝息と寝顔。その主であるレアナの体温が服越しに伝わってくるようで、なんともいえない気持ちになった。
(こういうのを「いとおしい」って言うんだろうか?……まるでレアナの全てが伝わってくるみたいだ……)
 バスターは知らず知らずのうちにレアナの顎に手をかけ、その唇に触れようとした。が、そのとき、レアナがそっと目を覚ました。思いも寄らぬレアナの反応に、バスターはあたふたと慌てふためいたが、それを知ってか知らずか、レアナは目をごしごしとこすって眠りから目覚めた。
「ふわ……あ、あたし、またこんなとこで寝ちゃったんだね……ごめんね、バスター」
「そんなこと気にするなよ。俺は別に迷惑だ何て思ってないんだからよ」
 迷惑どころか至福のときだ、そうバスターは思ったが、もちろんそれは口には出さなかった。
「バスター」
「なんだ?」
「さっき、あたしの顔に手をかけてたよね。どうかしたの?」
 バスターはぎくりと動きを止めた。背中を冷や汗が走っていた。キスしようとしたなんて、正直なことはもちろんいえるはずがない。バスターは咄嗟に嘘をついた。
「いや、その……お前の目を見たら、目やにがついてたからさ、それを取ってやろうと思って……」
「ええ!? そうなの? やだなあ、恥ずかしいなあ」
「そんな恥ずかしがることねえよ。もう取れたしな」
 嘘を重ねるたびにレアナはバスターの本心に近づくのではないかとびくびくしていたが、レアナの素直な性格のおかげか、嘘はばれなかった。バスターはレアナの純真さにホッとした思いだった。それと同時に、自分の想いを少しでも伝えたいという願いが、バスターの中ではじけていた。
「レアナ」
「なあに?」
 バスターの声にレアナが振り向くと、バスターはレアナを抱き寄せ、そっと額にキスをした。レアナの額にキスをするのは、これが初めてではない。以前、脳震盪を起こして休んでいたレアナの額に、気付かれぬようにバスターが口付けたことはある。更に言えば、唇に文字通りくちづけしたこともある。だが、突然の出来事に、レアナは呆然としていた。
「バ、バスター……?」
 バスターは真っ赤になって照れくささを隠すためか顔を背けていたが、やがて、振り絞るような声を出した。
「その……それが俺からお前への気持ちみたいなもんだよ。ああ……だから! それが俺の本心なんだよ!」
 それだけまくしたてると、バスターは部屋を出て行った。残されたレアナは呆然と立っていたが、バスターと同じくらい、彼女も顔が真っ赤になっていることには本人も気付いていなかった。しかし、他の者がその様子を見たら、トマトケチャップでも被ったのかと思ったことだろう。それくらい、レアナは顔を赤らめていたのだった。

 次の日。朝食を終えて、後片付けをしているとき、テーブルを拭いていたバスターの傍に、レアナがとことことやってきた。
「あの……バスター」
「な、なんだ?」
「ゆうべのこと、すごくうれしかった……だから、今度は額じゃなくってもいいよ……? また……くちびるでも……」
「!?……そ、それって……」
 そこまで口にして、バスターはガイやテンガイ、クリエイタといった聴衆の存在に気付いた。慌ててレアナの手を取って通路に出ると、レアナの頬に手を当て、そっとレアナだけに聞こえるような囁き声を漏らした。
「……いつか、額じゃない場所に……俺はキスするぞ? それでもいいのか?」
「うん……バスターなら、いいよ……」
 レアナも蚊の鳴くような小さな声で返答した。お互い、顔がこれ以上ないくらい赤くなっていた。それは傍から見て、少し滑稽だったけれど、何よりも微笑ましい光景だった。

 互いが互いをこの世でいちばん好きであるという小さな奇跡。人類がほぼ全滅した後でも、その奇跡はこうして存在していた。いや、その事実が存在している以上、それは奇跡ではないのかもしれない。それでも、この巡り合わせには、何かしらの力が――互いを求め合う力が――働いていたのかもしれない。想いが重なり合って、ひとつの愛が生まれたのだから――。



あとがき


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