[触れ合って、溶けてゆくときまで]


 西暦2521年、深夜のTETRA艦内。バスターらクルーもすっかり眠りについており、艦内は静寂に包まれていた。バスターも深い眠りに落ちていたが、自分の部屋のインターフォンを鳴らす音にすぐに反応し、がばっと飛び起きた。軍人としての訓練の賜物なのだ。有事のない際にはすぐに眠り、非常時にはぱっと起きるというのは。寝巻き姿のまま起きると、そのままドアのほうへと歩いていき、インターフォンに向かって返事をした。
「俺だ。誰だ? なんか用か?」
 少々ぶっきらぼうな口調になってしまったせいか、向こうが少し脅えているような印象が伝わってきた。それでも、扉越しの相手はおそるおそる声を出した。
「あの……バスター、起こしてごめんね。でも、どうしてもがまんできなったの……」
 声の主は間違うはずもない、レアナだった。バスターが慌てて扉を開けると、そこには寝巻き姿のレアナが自分の枕を持ち、肩掛けにくるまって立っていた。その表情は元気がなく、いつもの昼間のレアナとは明らかに違っていた。勘の鋭いバスターはすぐに何かあったのかと気付き、レアナを招き入れた。

「どうしたんだよ、こんな夜中に」
 レアナをベッドに座らせると、自分もその横に座ったバスターは、彼女を責める様子でもなく、むしろ気遣う様子で話しかけた。レアナは肩掛けの前を合わせ、しばらくの間は黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「あのね……夢を見たの」
「夢? 怖い夢でも見たのか?」
「ううん、違う」
 レアナを気遣うバスターの言葉に対し、レアナはゆっくりと首を振った。そして、言葉を続けた。
「小さな男の子がね、ひとりぼっちで泣いてるの。あたしがどんなにあやそうとしても、その子は全然泣きやんでくれないの。でも、あたしはイヤだなんて思わなかった。その子がどうしてか気になって……それで、男の子の顔を見て、どうしてそんな風に思ったのかって、その子が顔を上げたときにやっとわかったの。その子……バスターだったんだよ」
 全く思ってもいなかったレアナの言葉に、バスターは軽いショックを受けた。そのバスターの様子に気付いたのか気付かなかったのかはわからないが、レアナは更に話を続けた。
「あたしがその子を……小さいバスターを抱きしめたら、バスターはやっと泣き止んでくれたの。でも。次の瞬間には、その子は今の大人のバスターになってたの。泣いてはいなかったよ。でもすごく苦しそうだった……そこであたし、目が覚めたの。でも、バスターのことが心配になっちゃって、こんな時間に来ちゃったの。ごめんね」
 バスターは心の底をこの少女に見透かされたような思いだった。自分が幼少時代から今まで生きてきた間に、受けた心の傷は数え切れない。その痛みにレアナは気付いていたというのだ。彼女の直感というか、自分への愛情がそうさせたのだろうか。気がつくと、バスターはレアナをきつく抱きしめていた。
「バ、バスター……?」
「すまないな……レアナ」
 レアナは嫌がるでもなく、バスターの胸にそっと自分の体を預けた。二人の鼓動がシンクロして、まるで心はひとつの生命体のようにも見えた。
「ね、バスター」
 レアナが抱きしめられたままバスターに問いかけた。
「なんだ?」
「今日、ここで……寝てもいい?」
 レアナが枕を持ってきたときから想像していたことだが、いざとなるとバスターはどぎまぎしてしまった。それでも、バスターはレアナの願いを無下には出来なかった。
「あ、ああ……けど一人用だから狭いぞ。それでもいいのか?」
「だったら、椅子で寝てもいいよ」
「いや、そんなとこで寝たら、疲れが取れねえぞ……しょうがない、一緒に寝るか」
「ホント?……バスター、ありがとう」
 レアナは花がパッと咲いたように笑った。バスターはこの笑顔にはどうにも敵わないと自覚していた。

 一人用寝台に二人が眠るわけだから、確かに狭いことは狭い。それでも、二人は不便だとは思わなかった。数十分もすると、レアナの寝息が伝わってきた。まだ起きていたバスターは、そのレアナの寝顔に、健全な青少年としてあらぬ思いを抱いてしまっていた。だが、ここでレアナの想いをはっきりと確かめずに一線を越えることは、レアナを傷つけることになる――そんな風に考えたバスターは、黙ってレアナの寝顔を眺めていた。
 レアナは不思議な少女だ。自身の出自だって不幸であるのに、人のことを思い、人間不信気味だったバスターの心をも溶かしはじめているのだから。バスターは眠るレアナの髪を手ぐしで梳きながら、そっと呟いた。
「俺にとって、お前は本当に不思議だよ……けど、だからこそ、俺はお前をこんなにも意識しちまうんだろうな。まったく……」

 そのうちにバスターにも睡魔が降りてきて、彼も眠りに落ちていった。身を寄せて眠るバスターとレアナ。その様子は、ひとつの完璧なペアだった。



あとがき


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