[めぐる絆]


「おはよう、バスター」
 バスターが振り向くと、ちょうどパイロットスーツに着替えたレアナが彼女の部屋から出てきたところだった。
「ああ、おはよう」
 バスターはいつもの習慣で返事をしたが、その日は少し違った。レアナに近寄り、髪を梳くように指を絡ませ、頭を撫でて彼女を気遣った。
「頭、もう大丈夫か? 痛くないか?」
「うん、だいじょうぶ。心配しないで」
 レアナは笑って答えたが、バスターの心配も無理はない。レアナは前日、作業中に足場から転落して脳震盪を起こしたばかりなのだから。おまけにレアナがバスターのことを『懐かしい』と謎めいて言ったことも絡めて、ゆうべのバスターは、多少、寝不足気味だった。パッと寝てパッと起きられるのが、優秀な軍人としての習慣であり、もちろんエリートコースを歩いてきたバスターの生活習慣もそれに準じていた。その習慣を崩すほど寝不足に陥ったのだから、いかに彼がレアナのことを心配していたかがわかるだろう。
「バスターは? ちゃんと眠れて……ないみたいだよ……ね? 目の下にクマが出来てるし……何かあったの? もしかして、あたしのせい?」
 レアナは心底心配そうな表情になり、バスターの顔を改めて見上げた。バスターは慌てて目の辺りを隠したが、それは気休め程度でしかなかった。
「そ、そうか? そんなことえねえよ」
「そう……ねえ、バスターの部屋にちょっと行っていい? こんな通路じゃ話しにくいし」
 レアナは無邪気な様子でバスターに尋ねた。バスターの脳裏ではすさまじい速さで色々な思いが錯綜していたが、今の自分が今のレアナをどうこうする気などない……多分……。そう思い、レアナの提案に合意した。
「わかった。じゃあ、入れよ」
 バスターは自分の部屋の扉をあけ、レアナを招き入れた。

 バスターの部屋がきちんと片付いているのは、前にも彼の部屋に入ったことのあるレアナにしてみれば、普段のバスターらしくないと一瞬思ったが、すぐに彼の本質に気付いて納得した。一見楽天家、実は努力家で堅実で几帳面。仲間への意識の強さも、あの敵性大型ユニット・通称「KOTETSU」とのやりとりでも明らかだった。仲間を失うことは、実戦を知るバスターにとっては既に経験済みであることかもしれなかったが、だからこそ、あのとき、バスターは身を張ってでもガイを救ったのだろう。

 バスターとレアナはともに隣同士にベッドに座り、少しの間黙っていた。やがて、レアナが明るい口調で話を切り出した。
「ねえ、バスター。あたしとバスターって、生まれる前に約束したかもしれないんだよね?」
 バスターは膝の上で組んでいた両手から自分の顎を落しそうになった。
「な、ななな、なんでそれをお前が……!?」
「今朝早くにクリエイタが様子を見に来てくれたの。そのとき、聞いたんだよ。あたしとバスターは生まれる前から出会うことを約束していたから、こんなにも『なつかしい』んだって、ガイが言ってたって……ガイ、ロマンチックなところがあったんだねえ」
 昨夜のバスターと同じ反応を返し、レアナはにっこりと笑った。バスターは顔を赤くし、顔を片手で覆った。
「ガイもクリエイタもお節介だな……口止めはしっかりしておかねえと……」
「バスター?」
 バスターの様子にレアナは不審げに問いかけた。慌ててバスターはとりつくろい、レアナに笑って答えた。
「あ、いや、なんでもない。あいつら、それだけか?」
「え?……うーん、そうだね、それくらいだね。あ、でも、クリエイタが今朝来てくれたとき、『バスターハ アナタヲ イチバン シンパイ シテマスヨ』って……ありがとうね、バスター」
 レアナはほんのりと頬を染め、隣に座るバスターにもたれかかって、彼の手にそっと触った。バスターはその手を拒まず、握り返した。力強い手だったが、そこには確かに優しさが存在していた。
「ね、バスター……生まれ変わって会えるのだとしたら……あたしとバスターだけじゃなくて、ガイやクリエイタ、艦長たちと会えたことも、生まれる前になにかがつながっていたのかもしれないね。だから、あたしたちはみんなとここにこうしているのかなって……そう思うの。そう思わない……?」
「……かもな」
 バスターはレアナの手を握り、もう片方の腕で彼女の肩を抱いていた。レアナの言葉は魔術のようだとたまに思う。スレた自分からすれば、甘々なところもある。しかし、それでいてなお、彼女に惹かれることは止められなかった。握った手と組んだ肩越しに、レアナのぬくもりが伝わってくるようだった。


「バスター……あのこと、覚えてる?」
「あのこと?」
 時は進み、数ヵ月後の西暦2521年7月13日夕刻。瓦礫の山の中に不時着したシルバーガンにもたれかかりながら、この世界でいちばん愛しい相手を忘れないように、二人が互いの体温を少しでも強く感じあうように身を寄せていたとき、レアナは不意に尋ねた。
「『生まれ変わり』があるとしたら……ガイや艦長や……ううん、長官や、何も知らないで死んじゃった人たちもみんな、生まれなおしてくるんだよね?」
「ああ、そういうことに……なるな」
「だったら……ガイや艦長がやったことは、ムダなんかじゃないよね? まだここにいるあたしたちが生きていれば、いつかガイたちはまたここに戻ってくるかもしれないんだもの。そうでしょう?」
 レアナは真剣なまなざしでバスターを捉えた。バスターは彼女の瞳から目を離せなかった。数秒の沈黙の後、バスターはレアナを両手で強く抱いていた。
「……そうだろ。でなけりゃ、どうして俺達がここにいるんだよ? だから、安心しろ……シルバーガンに乗っても、俺はいつもお前の傍にいるから……ひとりぼっちには、させないからな……」
「バスター……」
 それは有史以来何度も何度も繰り返されてきた儀式のようでもあった。そして、バスターとレアナという常に結ばれているひとつのペアが永遠に誓って織り成す、切なくも美しい絆の情景だった。



あとがき


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