[輪廻する想い]


 レアナを彼女の部屋に送り届けてから、バスターはガイたちがまだいるであろう格納庫へ戻ってきた。予想通り、ガイ、テンガイ、クリエイタらがそこにはいた。手近な場所に腰を下ろしていたガイはバスターに気付き、声をかけた。
「レアナ、大丈夫そうだったか?」
「ああ。クリエイタが言ったとおり、脳震盪だろうな。でも、頭痛もほとんどないみたいだし、今はもう寝てるはずだ」
「ご苦労だったな、バスター。整備も済んでるようなら、今日はお前ももう休んでいいぞ」
 テンガイがレアナを抱えていったバスターに、ねぎらいの言葉をかけた。しかし、バスターは首を振って答えた。
「いや、まだあと少しだけ作業が残ってるんだ。それが済んだら、休ませてもらうよ。ガイ、お前もだろ?」
「おう、そうだったな。さっきの騒ぎですっかり忘れちまってた」
 ガイは腰を上げて背を伸ばした。そんなバスターとガイの様子に対し、テンガイは再度声をかけた。
「そうか。なら、二人とも、作業は終わらせておけ。今日やれることは今日のうちにやっておかんとな」
「わーってるって! さて、やるか」
 テンガイに対して笑ってガイが答えた。その言葉を受けて、テンガイは去っていったが、テンガイの横にいたクリエイタが声をかけてきた。
「ナニカ オテツダイ シマショウカ?」
「いや、俺様はもうほとんど終わりかけだし、別にいいさ。バスター、お前は?」
「俺も別に……あ、レアナの2号機を一応チェックしてくれるか? あいつのことだからしっかりメンテしてあると思うけど、念のためにさ」
「ワカリマシタ」
 クリエイタはニッコリとした目をして返答した。バスターも笑い、さっきのガイのようにうーんと声をあげて背伸びをした。
「さーてと……やるか!」

 シルバーガン1号機のメンテナンス作業の続きを行いながら、バスターはさっきのレアナの言葉を思い返していた。

『あのね、あたし、さっき……すごくなつかしかったの』

 『なつかしかった』というレアナの言葉。それには、なぜかひっかかるものがあった。
(『懐かしい』か……あいつも何言い出すんだか……でも、そういえば、俺も……)
 バスターはコンソールをいじる手馴れた手つきは止めなかったが、頭の片隅でレアナの言葉を考えていた。
(あいつと……レアナといると、心がなぜか休まる……一人で眠っているときよりも……あいつの無邪気さのせいなのか? いや、それだけじゃない……どうしてなんだ……)
 バスターはさっきそっとくちづけたレアナの額の感触を思い出し、かあっと赤面した。どうしてあんなことをしたのか。答えはバスター本人がいちばんわかっていた。それは、レアナへの好意からだということに。それも、今まで彼が交際してきた幾人もの女性へ抱いたような、どこか遊び半分な気持ちは欠片もない。レアナがそばにいるとき、手を握ったとき、そして彼女を抱きしめたとき、それら全ての状況でレアナをいとおしいと思った気持ちは、バスターが初めて抱いた純粋な想いだった。けれど、その想いの根幹には、既視感のようなものもあった。それはレアナが言った『懐かしい』という言葉とぴったり合わさるように思えた。
(わかんねえな……一体、なんだってんだ……)
 全ての機器のチェックを終えても、バスターは座席に座り込んだままだった。両手の指を組み、アイマスクのように目を覆った。
「バスター? 終わったんじゃねえのか?」
 ガイが3号機から身を乗り出し、不意にバスターの意識を現実に戻した。バスターは慌てて身を起こすと、何事もなかったかのように言った。
「あ、ああ。お前もだろ? ガイ?」
「もちろんだって。こういうのは地味な作業だけど、俺様は嫌いじゃねしな。クリエイタ、2号機も大丈夫か?」
「モンダイ アリマセン。レアナノ メンテナンスハ カンペキデス」
「へえ、やっぱりなあ。レアナってのんびりしてるくせに、こういうのは俺様も舌を巻いちまうぜ」
 ガイはそう言って笑ったが、バスターが何も言ってこないことを不思議に思った。こういう発言をガイがすると、いつもは必ず何か言ってくるのがバスターの常なのに。ガイは3号機を降りると、1号機のそばまで歩いていった。コクピットの中を下から覗いてみると、バスターが組んだ手に顎を預けて、何か物思いにふけっているような様が見て取れた。
「バスター? おい、バスターって」
「?……! な、なんだ? いつの間にそんなとこにいたんだよ?」
「今さっきだぜ。お前、なんか変だぜ?……ふーん、さては……レアナとなんかあったのか?」
 事件の真相を物語る探偵のような口調で、ガイはニヤッと笑った。それがまさに図星だったため、バスターは彼としてはめずらしいほどあたふたとしてしまった。
「な、な、なんでもねえよ! 変な詮索はやめろよな!」
「へー、そうかそうか。安心しろって。俺様は馬に蹴られるような目には遭いたくねえからな」
 『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んでしまえ』、その言葉がガイの脳裏に浮かんだのだろう。バスターもガイが言わんとするところの意味がすぐにわかったので、ますます顔を赤くして反論しようとした。
「な、何言って……おい! クリエイタ! お前もなんかフォローしてくれよ!」
「フォロー……デスカ? シカシ ワタシノ ケイケンヤチシキノ ハンチュウデハ ナイコトデスシ……」
 ガイばかりかクリエイタにまでそんなことを言われてしまい、バスターは完全に降参した。小さくため息をつくと、観念した犯人のような表情で口を開いた。
「……レアナがな、俺のこと、『懐かしい』って言ったんだよ」
「懐かしい? お前ら、昔から知り合いだったのか?」
「知り合いってほどじゃ……子供の頃に会ったことはあるんだけどな。でも、それとは違うみたいなんだよな、レアナも、俺も」
「なんでだよ?」
「……子供の頃のレアナじゃなくて、今のレアナを知っていたような感覚が、たまにあるんだ。レアナもはっきりとは言わなかったけど、多分、俺と同じように思ってるんじゃねえかな」
「なんだ? それ? あ、けどよ、そういうことを言う言葉があったよな? なんだっけ、えーっと……」
「『デジャ・ビュ』デスカ?」
 クリエイタの回答に、ガイはパチンと手を叩いた。
「そうそう、それ! お前やレアナが言ってるのって、それじゃねえのか?」
「それは俺も考えたさ……もしかしたらそうかもしれねえけど、なんか違うような気もするんだよな……」
「ややこしいなあ、お前も。それなら、うーん……そうだ! 『運命の相手』ってやつか?」
 ガイの突拍子もない言葉に、バスターはコクピットから滑り落ちそうになった。
「う、運命って……何言い出すんだよ!? 大体、だったらなんで『懐かしい』なんて思うんだよ!?」
「そりゃお前、約束したんだろうが」
「いつだよ?」
「生まれる前だろ」
「……お前、そんなロマンチストな奴だったのか」
 ケロッとして答えるガイの意外すぎる一面を垣間見たバスターは、姿勢を正して呟いた。けれど、ガイは涼しい顔で続けた。
「そうか? 『生まれ変わり』とか、あるかもしれねえだろ?」
「生まれ変わりって……お前、信じてるのか?」
「信じてるって言うかよ……ガキの頃、飼ってた犬が死んだんだ」
「……?」
「俺様、そのとき、わんわん泣いたんだよ。そのときに親父とお袋が言ってくれたんだ。この犬はまたこの世界に生まれてくるんだ、命は輪みたいになって巡っているんだって……俺様をなぐさめるためにそう言ってくれたんだろうけどさ。それ以来、俺様はそういう風に考えるようにしてるぜ」
「そうなのか……そんなことが……」
 ガイのまたもや意外な哲学を知り、バスターは神妙な顔つきになった。あの長官らしいとも同時に思っていた。
「クリエイタは? どう思う?」
 バスターはクリエイタのほうを向いて尋ねた。クリエイタはしばし考えたような仕草をし、その後に顔を上げた。
「ソウデスネ……ウマレカワリトイウノハ イマノカガクデモ カクジツニハ ショウメイサレテイマセンガ……カンゼンニヒテイスルコトハ デキナイトオモイマス」
 ロボノイドであるクリエイタまでもが生まれ変わりを否定はしない――その事実が、バスターに決定的な衝撃を与えた。バスターは黙って考え込んでいたが、やがてその沈黙を自ら破った。
「そう……か。生まれ変わる前……か」
「きっとそうだって。他に理由がわかんねえし。俺様が保障するぜ」
「お前の保障じゃ、当てにならねえな」
「なんだとお?」
 バスターは少しばかり皮肉っぽく言った。ガイも少し怒ったように返したが、本気ではないことは明らかだった。その証拠に、すぐに笑ってこう言った。
「……ま、それは置いといて。だからレアナにはもっと素直になってやれよな? 運命の相手なんだからよ」
「ま、また、それを……ああ、わかってるさ」
 バスターは何度目かわからないくらい、またも顔を赤くしたが、ちゃんと返答はした。そんなバスターの様子に、ガイはうんうんと頷いた。
「よしよし、素直でよろしい、バスターくん」
「おい、俺はお前より年上なんだからな? 『くん』はねえだろ?」
「たった2歳違いじゃねえか。細かいこと、気にすんなって」
 それはいつものバスターとガイの軽口の叩きあいだった。
「バスター、レアナヲ タノミマシタヨ」
「く、クリエイタ! お前まで恥ずかしいこと言うなよな!?」
「ハズカシイコトジャ ナイデスヨ」
 クリエイタはニコリと笑顔の表情を映していた。そして、心中でこう考えていた。
(ウマレカワリ……ホントウニアルノナラ ワタシモ イツカ ウマレカワルノデショウカ……ソノトキモ……アナタタチノソバニ ウマレテキタイモノデスネ……)

 クリエイタの思いは、彼にとって遠い過去でもある未来にも引き継がれることとなる。だが、今はクリエイタも彼以外の誰も、そんなことはわからなかった。ただ、バスターとレアナの幸福が少しでも続くことや、バスターとガイがこうして軽口を叩き合える余裕も持てることなどを、クリエイタは心から願っていた――。



あとがき


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