[黄昏]


「よお、バスター。あがりか?」
 地球連邦軍空軍基地。その日のシルバーガンのテスト飛行を終えたバスターは、夕食を摂ろうと基地内のカフェテリアに向かっていた。
 ちなみにガイは機体の一部をまた壊してしまい、その修理の真っ最中である。
「いつものことだ。ほっとけばいいさ」
 バスターはそう言ってレアナを誘い、連れ立って歩いていた……とは言っているものの、後でバスターはガイを手伝うんだろうなとレアナは思っていた。口が悪くても本当は仲間思いであることに、レアナはバスターと接するうちに、彼が隠している優しさに気付いていた。その二人に、不意に背後から声がかけられたのである。
 バスターとレアナが振り返ると、彼らと同じ連邦軍の制服を着た2、3人の若者が立っていた。レアナは全く知らない顔だったが、バスターは知った顔らしく、特に表情も変えずに返答した。
「ああ。お前らもか?」
「まあな。お前ほど難しい任務じゃあないから、とっくに夕飯も食っちまったけどな。ところで……そっちの彼女、新しい女か?」
 そう言うと、若者たちはレアナを値踏みするようにじろじろと見た。こんな状況に慣れていないレアナは戸惑い、バスターの腕をぎゅっと握った。すると、バスターはレアナをかばうように前に出て、若者を睨みつけた。
「下品なからかいはよせ。レアナはそんなんじゃない」
「へえ、レアナって言うのか。かわいいな。お前の女じゃないんなら、紹介してくれよ」
 軽薄そうなどこか意地の悪い笑みを浮かべ、若者の一人が返した。他の若者もにやにやと笑っていた。レアナはどうすればいいのかわからず、バスターの後ろに隠れるように身をひそめた。当のバスターは、不機嫌な口調で反論した。
「あいにくだが、お断りだ。見ろ、レアナが怖がってるだろ」
「おやおや。妙にかばうんだな。やっぱりその子に気があるんじゃないか? 『ヴァスタラビッチ』くんよお」
「なんだと……」
 レアナがそっとバスターの顔を見てみると、明らかにそこには怒りが表れていた。どうしていいのか、もうわからなかった。レアナはバスターの制服の袖を引っ張り、小声でささやいた。
「ね、ねえ、バスター……もう行こうよ……」
「お前は黙ってろ、レアナ」
 バスターが激昂寸前なのは明らかだった。レアナはそんなバスターが急に怖くなった。気付くと、瞳に涙がたまっていた。なんとか我慢しようとしたが、結局はぽろぽろと涙がこぼれてしまった。
「おいおい、泣いちまったぜ、レアナちゃん。お前が女泣かすとはなあ」
 若者たちはますます意地悪く笑った。その様子に我慢出来なくなったバスターは、拳をぐっと握った。
「この……てめえら……」
 まさに一触即発の状況に陥りかけたとき、それを遮る声があがった。
「やめて! もうやめて……行こうよ、ねえ、バスター……」
 レアナはバスターの腕にしがみつき、必死で懇願した。バスターは惑いの表情を見せたが、諦めたように上げた拳を下ろした。
「わかった……行こう、レアナ」
 バスターはレアナの手を引き、黙ったままその場から離れた。残された若者たちは今にも掴みかかってそうな勢いだったバスターがあっさりと引いたことに意外そうな表情を浮かべ、去っていく二人を眺めていた。

「落ち着いたか?」
 泣きじゃくるレアナを連れてカフェテリアに入るわけにもいかず、やむなくバスターは自販機でソフトドリンクを買うと、彼女をカフェテリアの入っている建物の屋上に連れてきた。屋上はちょっとした休憩場のようになっており、あちこちに点在するベンチのひとつに二人は並んで座った。時間帯が夕暮れ時であることもあり、他に人影もなかった。
「……うん」
 レアナは袖でごしごしと目をこすり、涙をふき取った。バスターが二つ買ったドリンクのひとつを差し出すと、レアナは黙って受け取った。それを一口こくんと飲むと、レアナは小さな声で尋ねてきた。
「さっきの人たち……バスターのお友達なの?」
「友達なんかじゃねえよ」
 バスターもドリンクの封を開け、ごくごくと音を立てて飲んだ。
「士官学校の同級生だった連中だ。ただ同期ってだけで、そんな親しいわけでもねえ」
「でも、どうしてあんなこと言ってきたんだろ……?」
「……俺が『ヴァスタラビッチ』だからだろ。親の金や権威で士官学校に入ったって思ってやがるんだ」
「そんな……そんなずるいこと、バスターがするわけないのに……」
 レアナはバスターが怒ったわけに、やっと気付いた。バスターにとって、彼の父親のことは触れてほしくない部分だということを、レアナは前に知っていた。だから彼らが『ヴァスタラビッチ』とわざと名字で呼んだことが、彼の心を逆なでしたのだろう……両手で持ったドリンクに目を落とし、レアナはようやく納得した。しかし、彼女にはもうひとつ気になることがあった。
「ねえ、バスター……」
「なんだ?」
「バスターって、彼女いっぱいいたの?」
 思ってもいない質問に、ドリンクを飲もうとしたバスターはむせかえった。げほげほと咳をしながら、バスターは口元を手で拭いた。
「な、何言い出すんだよ!?」
「だって……あの人たち、あたしのことも言ってたから……」
「……そりゃ、女と付き合ったことがないって言ったら嘘になるさ。でも、今はそんなのいねえよ。お前には不快な思いさせちまったな」
「あたしは不快なんかじゃないよ」
 レアナの言葉にバスターは顔を上げた。レアナはバスターをまっすぐに見つめていた。
「バスター、かばってくれたでしょ?……うれしかったよ」
 レアナはにこっと笑い、バスターにもたれかかった。バスターはそんなレアナの肩を自然と抱き寄せていた。夕日は間もなく沈みかけていた。
「でも……」
 レアナがぽつりともらした。バスターが「どうした?」と声をかけると、レアナは腹を手でおさえた。
「あたし……おなか、空いちゃった」
 全く予想していなかったレアナの言葉に、バスターはベンチからずり落ちそうになった。だが、それも当然。二人は夕食も摂らずにドリンクを飲んだだけだったのだから――バスターは気を取り直すと、ベンチから立ち上がった。
「じゃあ、夕メシ食べに行くか? まだ開いてる時間のはずだしな」
「うん!」
 レアナも笑顔を浮かべ、元気よく立ち上がった。
「遅い時間だからガイもいるかもね。そしたら、食べ終わったら修理手伝ってあげようよ」
「ああ、そうだな」
 二人は並んで歩き、屋上を後にした。二つの影が沈む夕日に照らし出され、長く伸びていた。



あとがき


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