[螺旋の命]


「艦長、ちょっといい?」
 艦橋に座っていたテンガイが振り向くと、レアナが立っていた。レアナは両手を前で組み合わせ、どこかぽつんと寂しげだった。
「うむ、今は特に用事もないが……どうした?」
 テンガイが返事すると、レアナは少し顔を上げた。そして少しためらった後、言葉を発した。
「あのね……死んだ人は、どこへ行くの?」
 全く予期しなかった質問に、テンガイは面食らった。だがレアナの様子を見る限りでは、冗談などではなく、大真面目なようだった。ゴーグルをかけ直しながら、テンガイはレアナに尋ねた。
「どうした、急にそんなことを聞くなんぞ……」
「……だって、あんなにたくさんいた人が、みんないなくなっちゃったんだよ? ここにいないのなら……どこに行っちゃうんだろうって……それに……」
「それに?」
「こんなこと、艦長にしか聞けないもの。バスターやガイには……聞けないよ」
 テンガイはすぐに納得した。ガイは先の災厄で両親を失っているし、バスターにも関係は良好ではなかったとはいえ、少なくとも父親がいたはずだ。レアナが二人にこの質問を出来なかった理由は、明白だった。
「そうか……そうだな」
 テンガイは腕を組み、ひとり頷いた。
「難しい問題だな。死んだものでなければその先などわからんし、様々な宗教の教えにしたって、結局は生きている人間の推測に過ぎん。それでも、ワシの考えでいいなら話すが……どうだ?」
「それでもいいよ。艦長はあたしよりもずっと長く生きてるし、たくさん物も知ってるもの」
 テンガイはレアナのほうへ椅子ごと向き直すと、腕を組み直した。
「まずは彼岸だな」
「ヒガン?」
「あの世のことだ。人は死んだらいったんはそこへ行くのかもしれん。だが、ずっとそこに留まる訳ではないとワシは思う」
「あの世から……どこへ行くの?」
「戻ってくるのではないかな、この世界にな」
「もどる……生まれ変わるってこと?」
「そうだな。命は絶えず循環しているものではないのか?……ワシはそう思う」
「やっぱり、また人間に生まれてくるの? こんな世界になっても?」
 レアナはこころもち身を乗り出して尋ねてきた。
「どうだろうな。人間かもしれんし、鳥や魚、獣かもしれん。しかし、お前が言うとおり、こんな状況だからな。命は人間だけで終わるとは限らんのかもしれんな」
「ふうん……そうなんだ」
 レアナは再び両手を組み、何か考えるようにうつむいた。しばらくそうしていたが、また口を開いた。
「大好きな人とは……願えば同じところに生まれ変われるのかなあ?」
 テンガイは多少とまどいながらも、それにも静かに答えた。
「……どうかな。縁ある者は生まれ変わっても、また縁につながって生まれてくると聞くが……それはさっきも言ったように、人間ではないのかもしれんぞ? それでもいいのか?」
「うん。いいよ」
 テンガイの問いに、レアナはさらっと答えた。
「だって、もしあたしが人間に生まれ変わっても、大好きな人が魚に生まれ変わってたら、いっしょには生きられないでしょ? だったら、あたしも同じ魚に生まれ変わるほうがいいよ。そうすればいっしょにいられるもの。もし別の生き物でも同じこと。その人が鳥なら鳥に。そうやって同じ場所に同じように生まれて、いっしょに生きることが出来ればいいな……って思うの」
 テンガイはレアナの言葉を黙って聞いていたが、やがてしみじみとした口調で口を開いた。
「そうか……お前もやはり年頃の娘だったのだな……そういう相手が居るということはな」
 テンガイの言葉に、レアナは顔を赤くして頬をおさえた。
「か、艦長!? そ、そんな人なんて……えっと……」
「別に咎めたりなんぞしとらん。むしろお前も成長しているのだなと思えば、ワシにとっては嬉しいことだぞ?」
 ……少々、寂しい気もするがな、テンガイはその言葉は続けることなく胸にしまいこんだ。レアナの「大好きな人」が誰なのかは、テンガイにはすぐに見当がついていた。このTETRAのクルーのひとりである、あの赤毛の若者――バスターのことだろう。レアナはもう一人のクルー、ガイとも仲が良かったが、それはあくまで姉弟的で、バスターとの関係とは違うものだとテンガイは気付いていた。バスターとレアナは一見、正反対のペアに見えたが、その実は人間関係で不器用なところなど、どこか似ている一面もあった。そんな二人が近づきあい、特にバスターの人間不信的な一面を、レアナの純粋な心が溶かしているのかもしれない――テンガイは二人を見ていてずっとそう感じていた。
 当のレアナは顔を赤くしたまま、そんなテンガイへの言い訳めいた様子で、あやふやな口調で答えた。
「あたしは、TETRAのみんなが全部大好きだよ。艦長も、ガイも、クリエイタも……バスターも」
 やはりこの娘は嘘がつけんな、テンガイは内心で苦笑しながらレアナの弁解を聞いていた。だがこれ以上、レアナを追い込む気はテンガイにはさらさらなかった。レアナの肩をぽんぽんと叩くと、笑って声をかけた。
「もういい。ワシもこれ以上は聞かんから。それにそういうことはこんな年寄りに話すことではないしな」
「え、えっと……うん……わかった」
 レアナの顔の紅潮が多少引き、口調も落ち着いたものになっていた。
「あたし、もう行くね」
 レアナはぺこりと頭を下げると、艦橋から出て行こうとした。しかし、一瞬、足を止め、テンガイに釘を刺すように話しかけた。
「……艦長。このこと、絶対にバスターやガイには話さないでね? 約束して?」
「安心せい。そんな無粋なことはワシは好まん。そういうことは本人同士の問題だしな」
「え、う、うん、そうなんだろうけど……そうなんだよね」
 レアナは再び顔を赤くしてうつむいた。だが、少し顔を上げると、小さな声だったがはっきりとこう言った。
「……言うの忘れてた……ありがとう、艦長」
 テンガイは表情を変えず、落ち着いた声で答えた。
「礼なんぞいい。それより、自分にはもっと素直になっていいと思うぞ、レアナ」
「もう……! 艦長ってば……!」
 レアナはそう言って振り返ると、パタパタと足音を鳴らして去っていった。艦橋に残されたテンガイはひとり、腕を組んでギシリと背もたれに寄りかかった。
「五十嵐……お前や柔さんも、今はまだ彼岸にいるのだろうか? それとも……もうこの地球の一部としてどこかに生まれているのか? どちらにせよ、そこでお前の息子やワシらを……見守ってくれているのだろうか?」
 テンガイはそっと目を閉じた。そうすることで、戦友の声が返ってくるような気がした。艦橋は変わらぬ静寂に包まれていた。



あとがき


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